恋心に終止符を
「ミーシャ、医者はなんと…?」
「特別病気というわけではないらしいですが、できるだけ咳が出ないようにと咳止めの薬を貰いました…」
「………まさか…まだ二十歳にもならないうちに原因不明の病気にかかるなんて…」
本気で心配してくれているライヤを見ていると、胸が少し痛む。
医者には、自分が転生する前のミーシャが今と似たような病気にかかっていたことを伝えてはいた。だが、その病気に関しては完治していて再発していないらしい。万が一のために、宮廷医に定期的に通けるよう伝えられ、その際には吐血と咳を同時に治せる薬を処方し続けると言ってはいた。
だが、その薬を飲んだところで、効果が出ることは絶対にないと、何となくだが予感している。
「すぐにでも休んだ方が良い。これ以上病状を悪化させないためにも…」
「………あの、ライヤ様。その前に少しだけ付き合ってもらえますか?」
「……?あ、あぁ…分かった」
部屋に戻る前に、私にはやらなければならないことがある。
「………ッ…!!ミーシャ…!?」
その目的の対象が、丁度通りかかった。私を見るなら逃げようとするので、それを呼び止める。
「ッ……!!グランディエ様、今一度お話だけよろしいでしょうか?」
「え…!?俺には近づくなと言っていたのではないのか…!?」
私に近づかないことを誓わされたことを、律儀に守っていたのだろう。その相手からいきなり話をしようと言われたら、流石に混乱するに決まってる。
「虫の良いことを申しているのは十分承知しております。ですが今日だけはどうしてもグランディエ様にお聞きしたいことがございますので…人が来ない場所でその話をさせていただけますか?」
「…………分かった。余程大事なことなんだな」
グランディエはまだ警戒するような目をしているものの、了承は得られた。
万が一のためにライヤを護衛につけつつ、私とグランディエは人気のない場所へ向かった。
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誰も来ない場所、前にグランディエと酒を飲んだ時の空き部屋に辿り着いた。
「……ライヤ様、見張りの方をよろしくお願いします」
「分かった。だが出来るだけ早く終わらせた方が良い。病状が悪化するとまずいだろうから…」
「はい、なるべく早めに終わらせますので」
誰かが入ってくると面倒なことになりそうだから、ライヤに見張ってもらうことにした。
「…それで、俺に話したいこととはなんだ?」
グランディエは私にこっ酷く拒絶されたこともあり、まだ警戒が解けないまま本題を促した。
「……グランディエ様は知っていたんですか?新たに宮廷の使用人となった長い金髪の女…カンナがワインに何か細工をしていたのを…」
「ッ…!あ、ああ…その女が一人で怪しく笑いながらワインに何らかの液体を入れているのを見かけて…よくよく聞いてみれば、『これであの混血の小娘はおしまいだ』などと恐ろしいことを言っていた。それがミーシャのことだと分かったから、二杯目のワインを口にしてしまう前に止めようと思っていたんだが…本当は一杯目の時点でもっと早く警戒されようとすぐにでも止めるべきだったかもしれないな…」
当時は単純に愛妾にしたいという下心で声をかけられたと思っていたが、決して全てがそうではなかったようだ。
あの場で話しかけられなければ、私は二杯目を普通に飲んでいた。血を吐くのとは別の理由で、今頃はここにいなかったかもしれない。
「……貴方があの時止めてくれなければ、私は今ここにはいませんよ。カンナは私にしか効かない毒薬を入れるつもりだったらしいので…」
「毒薬っ!?」
カンナが入れていたものの正体を知ったグランディエは、驚愕の表情を浮かべる。
「それなら今すぐあの使用人を処罰しなければ…!」
「そんなことしなくても大丈夫です…もうあの女は色々あって宮廷に戻れる状態ではないでしょうから」
私を陥れるためにしてきたことがほとんど無駄なことだったと知ったカンナは、ショックのあまり気が狂っていた。そんな状態であれ以上手を出そうと考えるのは、到底無理だろうと確信している。
「それともう一つ聞きたいのですが、陛下が私にだけワイン出すのを禁止したのも…グランディエ様がカンナのことを言わなければそうはならなかったんですよね?」
あの時、一番おかしいと思っていたこと。
よく考えたら、あのアレキサンドラが、私とグランディエが話すきっかけになったっというだけでワインを出すのを禁止するという、心の狭いことをするような人ではない。
ちゃんと理由があってのことなのに、私は勝手に嫉妬と決めつけてしまっていた。
「それについては正直言うと…兄さんがあそこまで厳しくするとは思っていなかったんだ。けれど、兄さんがそれほどまでに君を愛しているからそのようにしたんだと俺は思うよ」
アレキサンドラが私をそこまで想って行動していたとは、全然知らなかった。危険な目に遭わせないためなら、たとえ恨まれようと心を鬼にきてワインを飲ませないと決めるほどに。
それなのに、私はアレキサンドラに酷いことを言ってまで、勢いだけで愛妾をやめてしまった。
今になって私は、そのことに後悔の念を覚える。だからと言って、もう取り返しはつかないのも分かっている。
(今更愛妾に戻るなんて言わないから…せめて謝らないと…私はまたアレキサンドラを傷つけて………ん?また…?前にも………似たようなことが……)
何かを思い出しかけていると、私の意思はまた掻き消されていく。
私の中にある、もう一人の強い意思によって。
『……私はもう…あの人を…傷つけたくない…っ…』
「……?ミーシャ?」
『貴方は…アレンの弟…?』
「その呼び方って…!もしかして君は記憶が戻る前の……?」
『はい、私は…ずっとこの身体の中で眠っていました…アレンに救われた日の夜、前世の私の人格にこの身体を託したから…』
私は、自分の心が弱かったせいでミカエラの口車に乗せられ、永遠に身体の中で眠るはずだった。しかし、最近は眠っていてもすぐに目を覚ましてしまうことが多い。
美加理は、前世で真佑に裏切られたことで、アレンに惹かれていることを簡単に認められない。ただ、認めまいとするのも限界を迎え始めている。
そのせいで、恐らく『天音美加理』の魂が壊れ始めて、私は永遠に眠ることが出来なくなったのだろう。
『でも…そのせいでもう二度とアレンのことを傷つけたくない…いつかあの人に捨てられる可能性があっても、私の気持ちが変わることなんてなかった…私は…っ』
"何があっても、アレンを愛している"
そう言おうとした途端、突然眠気が襲ってきた。眠気に逆らえなくて、誘われるがままに目を瞑ってしまう。
「ッ……!?美加理…!?大丈夫か!?美加理!!」
(美加理……人格が壊れてしまう前に…早く気づいて…………)
「美加理…!!起きろ!!具合でも悪いのか…!?」
名前を呼ばれて、目を開ける。
目の前に、心配して焦っている顔のグランディエがいる。
ああ、私はまた倒れたのだ。
血を吐いたせいなのだろうか。しかし、その感じは一切ない。むしろ、グランディエに呼ばれるまでただ眠っていた気分だ。
「グランディエ…様…?」
「ッ……!!良かった…!急に倒れたからびっくりしたんだぞ…!それに…いきなり俺が知ってる"ミーシャ"みたいになってたし…」
「え…?そんなことが…?」
さっきまでワインを禁止されたことについて話していたのは覚えているが、その後の記憶はほとんどない。
それでも、アレキサンドラに謝らないといけないと考えたことだけは、はっきりと覚えていた。
「…………まさか何も覚えていないのか?」
また、今日柚莉奈に庭園に連れ出された時と同じようなことが起きたらしい。ただ、あの時と違うのは、自分の意思が掻き消され、その何者かの意思がどう感じていたかは、少しだけ分かることだ。
先程のことを改めて思い出そうとすると、何故か涙が出てきた。
「あ…れ…?なんで…っ…泣いて……?」
「っ……!!美加理…ッ…」
涙を拭おうとする手を掴まれたかと思えば、ゆっくりとグランディエに顔を近づけられる。
唇が触れそうになった瞬間に、ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒した。
「どさくさに紛れてキスしようとしてんじゃねぇええええ!!!」
唇同士が本当に触れてしまう前に、急いで顔を両手で押さえつけた。助けてもらった恩もあるから、流石に平手打ちはやめておいた。
「ぐぇッ!?わ、悪い…!!ついしたくなって…!!あっ…じゃなくて…っ…その…」
「つい…?今のこと、ルイーズ様に言いつけますよ?」
「本当に悪いと思ってるから言わないでくれ!!」
「……言いませんよ。貴方には助けてもらった恩があるんで。二人きりにならなくて公的なことであれば、話しかけるなと言ったことは撤回いたします。まあ、アリスにしたことは絶対許さないですけど」
以前であれば今すぐにでもルイーズにチクるか、本当に平手打ちを一発お見舞いしている所だ。
だが、グランディエがいなかったら、今日を迎える前に本当に死んでいたかもしれないのは間違いない。間接的な形でも、私を助けてくれた人だ。
口では公的な場のみとは言ったが、今後はそれ以外でも少しぐらいなら態度を改めようと思う。
グランディエへの恩に報いるには、これが丁度良いだろう。
「……グランディエ様、陛下がお呼びです」
扉の向こうから、ライヤの声が聞こえてきた。結構騒いでしまったから、見張りについては面倒をかけてしまったかもしれない。
「あ、ああ…ライヤか。分かったよ今行く。美加理、今日は早く帰って休め。また気を失うことがあると危ないからな」
「そうですね、確かに今日は少し危なかったですし…早く帰って寝ます」
「はは、ぐっすり寝とけよ。……もし君がまた倒れて取り返しが付かなくなったら、俺よりも兄さんの方が悲しむだろうからな」
「え?なんか言いました?」
「い、いやなんでもない!!本当にちゃんと寝るんだぞ!」
念押しするように休めと言い残し、部屋を出て行く。別れる前に、グランディエは最後に何かぼそっと言っていた気がする。だが、わざわざ聞きに行くのも野暮なので、何も聞こえないことにしておく。
グランディエの足音が聞こえなくなるまで待った後、ドアを開けてライヤに見張りの礼を言いに行こうとした。
「……ライヤ様、お待たせして本当に申し訳ございません」
「………いや、大丈夫だ。俺は…命令を全うしただけだ」
そう言うライヤは、目も合わせてくれない。騒ぎすぎたせいで、通りかかった人に怪しまれてしまったのだろうか。
「あの…結構騒いでしまったので何か怪しまれてしまいましたか?迷惑をかけて本当に申し訳………えっ…!?」
謝ろうと頭を下げようとすると、ライヤがいきなり近づいてきて、腕を掴むなり壁に押し付けられた。あの冷静なライヤでさえ怒ってしまうレベルで、グランディエと喋り過ぎてしまったかもしれない。
「え、えぇ…!?ライヤ…様…?あの…やっぱり怒ってますよね…?」
そう問いかけても、ライヤは何も答えない。確かに今日は何度も迷惑をかけてしまった。だが、私の不注意で迷子になって探していた時は、全然怒ってもいなかった。あの迷惑のことを考えれば、ライヤが見張りで苦労させられてイライラするとは到底思えない。
なんだか、ライヤの様子が変だ。
そう戸惑いながら思っていると、ライヤが静かに口を開いた。
「……………"美加理"、なのか……?」
ライヤの口から出たその一言は、単純に宮廷で噂の転生者だと知った時の反応なんかではなかった。
何故、ライヤが私の本当の名前を知っているの
か。仮にアレキサンドラから事前に聞いていたとしても、いきなりその名前で呼ぶには繋がりが不自然だ。
「っ……!?え…な、なん……え、ライヤ様…?」
言葉に迷ってしまう。
そんな私を見て全てを確信されたらしく、目の前いるライヤは、ライヤらしからぬ言葉遣いで喋り始めた。
「やっぱり…!まさか美加理がアレキサンドラだけじゃなくて、グランディエにまで好かれてるなんて思わなかったよ…家で『花園の天使』をプレイしてた頃はアレキサンドラは推しとしては好きだけど実際に付き合うのは嫌だって言ってたのに」
私が前世でプレイしていた『花園の天使』の詳細を知ってるのは、現代から転生してきた人に限られる。
それに、アレキサンドラに対する私の感想と想いを知っているのは、柚莉奈以外ではあの人しかいない。
「…………まさか…"真佑"……!?」
今ここにいて欲しくない人間の名を呼んだと同時に、ライヤの普段の表情からは想像できない笑顔になっていくのが、なぜか恐ろしく感じた。
「ッ……!!やっと会えて嬉しいよ…美加理!!」
第4章.end
当て馬のグランディエが退場し、ライヤとアレキサンドラの対決になる…と思いきや、まさかの元彼登場です。しかもライヤの身体を乗っ取る形で。
ここで第4章は終了で、次回から第5章という名の最終章に突入します。美加理の物語も終幕に向かいつつあるので、最後まで見守ってください!




