意味を成さない謀略
「ッ……!?カルミア!!なぜ得体の知れない混血の卑しい孤児の女をこの場所に招き入れたの…!?」
カンナは、被っていたフード付きのコートを脱ぎ捨てると、カルミアを睨みつけながら遠回しに私を罵ってきた。
「……私はただ、一人の女の子が血を吐いて倒れたから放っておけなかっただけよ」
「ふざけないで!!私の主人だけじゃなく国王を誑かした悪魔なんか助ける価値ないわよ!!」
私のことだけでなく、私に乗っ取られる前のミーシャ・グレイス自身のことも悪く思っていたのか。私はともかく、善良で優しいミーシャ・グレイスのことまで悪魔呼ばわりするのは到底許せない。
この女の方が、余程人の心のない悪魔だというのに。
「……貴女の主人を壊したと恨んでいたのは、この子のことだったのね」
「ッ………!?」
カルミアの言葉を聞いて、私はあの時のことを思い出す。フードを被った人を追いかけた日のことを。
カンナが言っていたことと、記憶が戻る前の私の話は全部共通している。
そのカンナは、大事な主人であるトニーを精神的にも肉体的にも壊された恨みで、私を蝕む毒薬をカルミアから買っていた。フードを被り、正体を知られないように。
「まさか……ワインに細工していたのって……」
私がそう呟いた途端、カンナがニヤリと笑った。
「ふふふ…っ…ふふふふッ…!!あはははははははははッ…!!!そうよ!!私は愛するトニー様を奪ったお前を苦しめてやりたかったのよ!!!」
狂気的に私への恨みを叫ぶカンナは、悪魔より恐ろしい。一度タカが外れたら止まらないとばかりに、カンナは次々と暴露をし始めた。
「お前が悪魔に取り憑かれたと言われた時はチャンスだと思った…!人間扱いからかけ離れた薬草まみれの食事をさせて…死にたくても死ねない毎日を送らせて心を壊すつもりだったのに…トニー様もそれで私の方を見てくれると思っていたのにっ…!!国王がっ…!アレキサンドラが邪魔さえしなければ!!!!」
カンナの叫びに、私は心底ぞっとした。
アレキサンドラが助けに来てくれなかったら、私はカンナやトニーによって心を壊されたかもしれない。ミーシャ・グレイス本人又は"ミーシャ"が対象だったと思うと、カンナという女のしたことは外道以外の何者でもない。
「だから私は…トニー様に逃していただいたご恩に報いるためにお前を殺すことにした。トニー様のご友人の紹介で宮廷の使用人になり、その身分をとことん利用させてもらったわ。宴で出されるワインにカルミアの調合した薬を混ぜて、それを飲んだら死んでおしまいになるようにね!!!」
「っ………もしかして宮廷の人達も巻き込むつもりで……?」
「安心してお嬢さん、その薬はある条件を満たしていなければ何も起きないわ。でも、貴女が薬の入った葡萄酒を飲んだら……ね」
「ッ…………!!」
カルミアからを恐ろしさを含ませながらした話を聞いて、私はあることを思い出す。
トニーの元にいた頃にされた酷い仕打ちのうち、"ミーシャ"の心が壊れかける寸前にされたことを。
「ふふふ…私がお前に散々食べさせてきたでしょ…?」
カンナに無理やり食べさせられた、悪魔みたいな料理。
サラやグレイに心配かけさせないためだと思い、死にたいと思いながら"ミーシャ"は我慢してそれを食べてしまっていた。
「っ……あの薬草…!?」
「ふふふふ!そうよ!!あっはははははははッ!!!!薬草が入ったパンやスープを貪るお前のあの姿…今思うと笑いが止まらないぐらい愉快だったわ!!!生きるためにしたことが自ら首を絞めることになるなんてねぇ!!!!」
あんなクソみたいな奴のために、何故私がこのイかれた悪魔女に苦しめられなければならないのか。
もう我慢の限界だ。
「やっと……っ…やっとお前を殺せる!!!我が愛しのトニー様を誑かして壊した報いよミーシャ・グレイス!!!あの世で一人寂しく泣き続けるが良いわ!!」
カンナの恍惚混じりの高笑いがカルミアの家の中で響き渡る。
その瞬間、私の中で何かが切れた。
「ッ〜〜〜〜!!!なんであんなクズ野郎のために私が苦しまなきゃいけないんだよ!!激イタヒステリックババアが!!!」
もう私が大人しかった"ミーシャ"じゃないと知らないカンナは、私の怒号に一瞬だけ怯んだ。
「ッ……!?な…何なの…!?混血のお前ごときが私にそんな口を聞くなんて生意気なのよ!!!!」
「そんなん知るかッ!!!そっちこそ使用人の分際で偉そうにしてんじゃねぇよ!!大体、お前ら混血混血っていちいちうるせぇんだよ!!!さも自分は血統書付きの人間みたいに思ってるんだろうけど、血が異なる人間同士から生まれてる時点で既に混血みたいなもんだろ!!ていうか雑種だろうが!!そんなお前らが混血についてごちゃごちゃ言う権利なんか一つもねぇよ!!!」
宮廷でミーシャ・グレイスに混血だという訳の分からない悪口を言ってきた女達への鬱憤も含めて、カンナを捲し立てた。勢いよく捲し立てられたカンナはしばらく呆気に取られていたが、怒りを取り戻して再び私を罵り始めた。
「は……っ……はぁあっ!?お前みたいな得体の知れない東洋人の血が入った女はもっと気持ち悪いのよ!!!そのくせトニー様だけでなくこの国の王までも誘惑するなんて…!!本当に心が卑しいったらありゃしないわ!!!そういうところがディアナ王国の国民を誑かしてお前を産んだ母親にそっくりね!!」
「少なくともトニーのことは誘惑なんかしてねぇよ!!こっちは何もしてないのに気持ち悪い虫みたいにホイホイやって来たのはお前んとこのクソご主人様だろうが!!生きるために必死だった親のことをそうやって貶める時点でそっちの心の方が卑しいんだよ!!!
「私のトニー様を虫ですってぇえ!?!?お前はどこまでトニー様を侮辱すれば気が済むのよ!!!!」
「気持ち悪いは否定しねぇのかよ!ていうかそんなにトニー様のことが好きなら意地でも一緒に投獄されて死ぬまで仲良く暮らせば良かったじゃん!素直に逃がされてる時点でご主人様への愛はその程度だったってことでしょ!?愛する人と苦楽を共にする覚悟もない奴に私を殺せるわけないんだよ!!アンタには一生無理だねざまあみろ!!!!」
「はぁぁああああああッ!?!?!?ふざけるなっ!!!ふざけるなこの淫売女がァッ!!!!お前なんか…お前みたいな穢らわしい混血の孤児はあの時さっさと死ねば良かったのよ!!!!!」
ダンッ!!!!!
テーブルを叩く音が、突如部屋中に鳴り響いた。
「…………はぇ…」
振り向くと、カルミアが金色の瞳を細めてにっこり笑いながら、ギャーギャー騒ぎまくっていた私達を見る。
その笑顔があまりに怖くて、私もカンナも一気に静まり返った。
「野犬みたいに騒ぐのなら外でやって。特にカンナ、貴女みたいなどうしようもない性悪女は今すぐ出禁にするわよ?」
一瞬で見据えられて、背筋がゾクッとした。私はすぐに謝罪の姿勢を取ったが、カンナは懲りずに舌打ちをしていた。
「す、すみません……」
「くっ……まあ良いわ!どうせこの女は細工された葡萄酒を飲み続けたおかげでもうすぐ死ぬんだから…!!」
「…………あの、その細工された葡萄酒は七月の中旬から宮廷で出てたやつですか?それなら少なくともグラス一杯しか飲んでないんですが…その一週間後には結局陛下に止められて、グランディエ様から個人的に頂いたものを飲んでました…私はそれ以来、どこの場所でも一回も飲んでないです」
今思うと、アレキサンドラがグランディエのことで嫉妬してワインを禁止していなかったら、私は多分こんな所を歩いてられない。死にかけでもおかしくなかった。
いつから葡萄酒に細工されていたかは知らないが、宮廷で出されていたものは一回きりしか飲めていないため、カンナの望むような結果には簡単にならないはずだ。
「…………まさかあの時葡萄酒に細工してる最中グランディエ様らしき人を見かけた気がするけど…まさかあの男が気づいていたと言うの……!?」
カンナの反応からして、細工したワインを仕込んだのは初めてワインを飲んだ日だったようだ。しかし、二杯目に行こうとした際にグランディエに止められ、飲むことは叶わなかった。
あの時のグランディエは、カンナを知らずに怪しみ、私に今以上の害が及ばないようにしてくれたのかもしれない。
「まあ…仮にグランディエ様が飲むのを止めなかったとしても、私が貴女に渡したものはただのブランデーよ。だから少なくともこの子が死ぬことはないわ。私だって犯罪に加担したくないもの」
「なっ…なんですって!?」
さっきまで余裕の表情だったカンナは、私とカルミアの話を聞いた途端に、じわじわと焦りを見せ、冷や汗までかいてしまっている。
「………もしかしたら、無駄に買い続けていたかもしれませんね」
「私としては貴女が高額で何度も薬用酒を買ってくれたおかげで本当に助かったわ。しばらく家計に困らずに済むから…うふふ」
「あ…あぁ…ああぁあっ…!!!そんなっ…そんなことって……!!」
私が冷静に、カルミアが満足そうにそう言い放つと、カンナが絶望したように膝から崩れ落ちた。
(カンナもわざわざそんなことしなくても、細工された葡萄酒飲み続けるよりも先に死ぬかも知れない……なんて言えるわけないか)
私はもう死に近づいてきている。だからカンナの行動は、本当に薬草に連動させて効果を発揮する薬をもってしても、最初から意味のないことだ。
ミカエラの言っていた死の条件がどのように満たされるのか。その時がいつなのかも、まだ完全に分かりきっていない。
それでも、私はカンナの謀略には何の意味がないことだけは理解していた。
カンナは勿論ですが、美加理も相当口悪いです。
本当ならアメリとマティルダにも同じようにキレたかったものの、中身年齢だけは一応年下かつ貴族ということもあって、なんとか口調だけは丁寧にしたという感じです。




