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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
第4章
57/85

かつて望んだ亀裂

※吐血描写あり

ユリアナ・アイリス改め、柚莉奈にはライヤを選んだ方が良いと言われた次の日から、私はライヤがどういう人間なのかを確かめつつも、この先どうするべきか悩む日々が続いた。


ライヤ・ラズライトは、冷酷の騎士などと呼ばれているが、悪人に剣を向けるだけで、決して誰であろうと容赦なく斬り捨てるわけではない。親の七光りと嫉妬されていた騎士候補時代とは違い、騎士団に所属してからは実力を認められたということで仲間から信頼を得ている。また、アレキサンドラは、将来はフェリシアの護衛候補にもするほどライヤへの信頼が厚い。

そして、お姉さんが男にだらしないこともあって、滅多に女性に好意を抱くこともない。観察してきて分かったことだが、ライヤは本当にゲーム通りの良い人だった。

しかし、最近宮廷に出入りし始めている割には宴に参加していること自体少ないから、フェリシアちゃんの遊び相手をした一週間前の時以来、ほとんど会えていない。

宴を抜け出すのを見かけては追いかけても、向こうの足が速すぎて毎回見失うばかりだった。


決意する以前に結局会えてないまま、現在に至っている。


(はぁ…あの人こういうパリピが好きそうなやつ好きじゃなさそうだもんな…私も大嫌いだけど)


「ミーシャ、あの人は見つかったの?」

悩んでいる良いタイミングで、柚理奈が来てくれた。

「ッ……!!柚莉っ……ぐぇえッ…!!」

「この場では転生前の名前で呼ばないで…!!知ってるでしょ…!?それに私はまだあんたみたいに公に明かしてないんだから…!!」

柚莉奈って呼ぼうとしたら、思いっきり首からホールドされ、小声で怒られてしまった。

忘れていた。柚莉奈はまだクロードにさえ自分の名前を明かしていないから、こういう場ではユリアナと呼ばなければならないことを。

「うぇえ…しゅみましぇんユリアナしゃま……!」

やっと解放してもらえたけど、マジで死ぬかと思った。

「まあ良いわ…で、結局ライヤ様は?」

「いつも通りいなかったよ…」

「はぁ……予想通りね…美加理があの王様に堕とされる前にライヤ・ラズライトには頑張って貰わないといけないのに…」

「ユリアナさん…表現が怖いよ」

柚莉奈に推し進められているような気もするけど、前に比べると躊躇いは収まってきている。

ライヤはライヤで凄く良い人で、根は誠実な人だからこそ、アレキサンドラと関係を考え直した上でちゃんと向き合わなければならないと思う。



《…………本当にそれで良いの?》


頭の中で、また私がよく知ってる声が聞こえてきた。

「え…?」

今の私とは、まるで口調が違う。だが、この声が私と別人には思えない。

《後悔しない…?私は…貴女が無理しているようにしか思えない…》

そう問いかける声は、なんだか悲しげで、泣き出しそうだ。

「ッ……!?な、何言って……別に無理なんてしてない…っ…」

《……想いを消して…身体を貴女に託しても…この気持ちは消えてくれなかった…やっぱり私は…》

「ぅ………っ…」


頭の中に、何かが映った。


目の前に、いつもの悪魔みたいな格好をしたミカエラがいる。

何か言っているミカエラに対して、私は目から涙が溢れて止まらないのだ。具体的なやり取りは分からないが、私はなんで自分が泣いているのかが分かる。



(私は、()()()ミカエラと………)




「ミーシャ…!!ミーシャ!!!」

「ッ…………!!!はぁっ…はぁ…」


息が何故か荒れてしまっている。それだけなく、胸が締め付けられるほど苦しい。


「急に変なこと喋り出したからびっくりしたんだけど…!大丈夫…!?」

「え……何か言ってた…?」

私がそう返事をしたら、柚莉奈の表情が固まった。

「……………美加理、最近なんかおかしいよ…この前も記憶が戻ったって言う前の…"ミーシャ"みたいになったりするし…」

「えっ……?私…そんなふうになってたの?それに……記憶が戻る前の私ってどんな感じだったの…?」

さっき勝手に喋っていたことは、一切覚えていない。記憶喪失中の自分がどういう気持ちだったのかも、同じくだ。

しかし、一瞬だけ自分の意思を誰かに塗り潰された感覚や、それすら分からず眠ったような感覚を覚えたことは、以前何度かあった。


その状態の私が、記憶喪失中の私…言い換えれば"ミーシャ"なのだろうか。


「もしかして…その時のこと覚えてないの…?」

「……………覚えてない…なんで愛妾になったのかも…全然…」

「アレキサンドラはそのことを知ってるの?」

「ううん、知らないよ…未だに私が愛妾であることを恥ずかしがってるだけだって…思ってるみたい…」

改めてその事実を口にすると、自分でも分からないぐらい胸が痛くなる。まだ愛妾になったばかりの頃はそんなこと気にしなかったはずだ。今では、私はアレキサンドラを騙しているんだという罪悪感が芽生えてしまっている。

「…………美加理、アレキサンドラに今すぐ本当のことを言って。まずはあの人に真実を言わないと、突然ライヤを選んだりしたら変な誤解をされるよ。そうなるとライヤも美加理も傷つくことになる。だから…」

たしかに、柚莉奈の言う通りだ。どっちを選ぶにしても、私がこのまま本当のことを黙っていることで、アレキサンドラもライヤも傷つけることになりかねない。


「………………っ……分かっ……た…」



     ーーーーーーーーーー


私が何を言わんとしているかも知らずに、今日もアレキサンドラは平然と部屋に来た。

現代っ子みたいにベッドで寝転がって呑気に本を読むか、持ってきたおやつを食っている。

「ってそのお菓子私の分も残して下さいよ!!」

「なら美加理も早くこっちに来れば良いだろう?何故そんなところで立ち尽くしているんだ?」

私が伝えなきゃいけないことがあるなんてことに一切気付きもしない様子に、今抱きたくない罪悪感を感じてしまう。

「ここの所元気がないようだが、何かあったのか?」

「っ………その…最近話してたライヤ・ラズライト様のことなんですけど…」

「あぁ…あの青年か。冷酷の騎士などと呼ばれているが、実際は私が言っていた通りの、冷静でありながら正義感のある若者だっただろう?」

「は、はい…クローズ伯爵の友人に絡まれていた時にも助けていただきました」

「……助けてもらった?この前ライヤの話をした時にはそんなこと聞かなかったんだが…」

「あっ……えっと…言い忘れてたんです!はい………」

だめだ。こういう時に限って会話が続かない。

『貴方を愛した記憶はないのにそのまま一緒にいるのは申し訳ないので、今後はライヤと付き合えるよう頑張ります』

と言えば、全部丸く収まるのは分かっている。

だが、アレキサンドラが黙ったまま何故か全然答えてくれないのもあって、余計に言葉が出てこなくなる。


沈黙が、長々と続いてしまう。


「あの……?」

「…………美加理」


しばらく黙っていたアレキサンドラが、やっと口を開いた。


「まさか…あの男に惚れたとは言わないだろうな?」

「ッ………」


言え。

愛した記憶がない申し訳なさがあるから、私とは別れて下さいと。


今が良い機会なのに、口が動いてくれない。


グランディエの時とは違って、妬かれて喜べるような状況では決してないのに。


「………ライヤ様は私を助けてくれた…素敵な人だから……ひっ…!?ぅ…!」

好きになったと言う前に、アレキサンドラに腕を強く掴まれ、ベッドに引きずり込まれた。

「あんな若造に助けてもらったくらいで惚れるなど…達観した振る舞いをしている割には、恋に恋をする乙女と大差ないな」

「はぁ……!?別に達観してるつもりは…それに…本当にライヤ様は…ぅっ…」

グランディエの時より腕を掴む力が一層強くなっていて、折れてしまいそうだ。本性を明かす前のように大事に扱っていたとは思えないぐらい、アレキサンドラは強引に迫ってくる。

「言ってくれただろう…?俺をずっと愛し続けると。今更他の男のものになるなど絶対に許さない…っ」

「え……?」


アレキサンドラをずっと愛する?


私はそんなことを言った覚えはない。


アレキサンドラを愛していた頃の記憶が全部抜け落ちているからこそ、突然強い独占欲を向けられて困惑している。


「……俺から逃げようとした罰を与えてやる。どうしても会いたいのなら…俺に抱かれたばかりの身体であの若造にでも会ってくれば良い」


アレキサンドラは私の服を脱がしながら、覆い被さって首筋に口づけをし始める。

強引でない時なら何度もされたことはあるため、今更逃げることはしない。しかし、今はそれを前みたいになんだかんだ受け入れる気も起きない。


もうこんなことは終わらせるべきだ。


そう思い、私はアレキサンドラの腕を強引に引き剥がした。


「ッ………そういう所だよっ…!!私はっ…貴方がそうやって独占欲混じりの愛情を向けてくる所が…ずっと嫌だった!!!」

「ッ……!?み、美加理…?」

いきなり私に拒絶されたアレキサンドラは、予想だにしていなかったとばかりに驚いて目を見開く。

「私は…転生したと思ったら記憶喪失のまま国王の愛妾になってたって知ったんです…それなのに…なんでそうなったのかすらも覚えてなかった…」

「……俺を愛していると言ったことを全く覚えてないのか……?」

「私は…っ…!!記憶が戻ってからの私は…貴方を愛したことなんて一回もない!!!」


胸が痛い。


今の私がアレキサンドラを愛したことがないのは、本当のことなのに。


「私は…貴方を本気で好きになったら不幸な結末を迎えるって知ってしまってるんです!!貴方が私に飽きて捨てた途端…カルミアっていう女が来て、ユリアナやみんながおかしくなるっていう最悪の結末が!!」

それだけが理由ではない。記憶がなかった頃には好きだと言っていたアレキサンドラに捨てられるのが嫌だったから、死んででも愛妾を辞めようとした。

しかし、今やっと死ななくても良いどころか幸せに生きられる方法を見つけられた。

アレキサンドラに捨てられる恐怖が大きくなり始めていた時に、ライヤ・ラズライトが目の前に現れてくれたおかげで。

「その点、ライヤ様は他の人に浮ついた気持ちを向けたり、たとえ飽きても捨てるなんて絶対しない誠実な人です…もう前世みたいに苦しみたくない私にとっては…運命的な人なんです…っ…」

ライヤは前世の真佑みたいに浮気して裏切ったり、アレキサンドラみたいに、裏切りの未来が見え隠れすることもない。

「………今日はユリアナかサラの家に泊まります。でも明日からは…ただの情けでクローズ家から救い出した哀れな女として接して下さい…!」

そう言い残して、私はアレキサンドラが何か言おうとするのも聞かずに部屋を出た。


ユリアナの元に、足早に向かう。


「………っ……泣くな………やっと愛妾も辞められて………あの人からも…死ぬことについて考えることからも解放されるんだから……」


ついムキになって酷い言い方にはなったが、私はやっとアレキサンドラの愛妾を辞められた。

ずっと望んでいたはずなのに、何故か涙が止まらない。


「ぅ……!!げほっ…!ぅええッ…げほっ…!!ぅうッ…!また…か……」


咳が前より激しく出る。指をわざわざ突っ込まなくても、手のひらが真っ赤に染まっている。本格的に血を吐いてしまったようだ。


「…………本当にこれってなんなんだ?こんなに血を吐くなんて………………ん?」


向こうに人影が見える。長いコートを着ており、フードを深く被っていて、顔がよく見えない。


「……誰だろ……」


その人影は、私に見られたことに気づいたのか、さっきよりも早く歩き出した。


(追いかけ……るか…?丁度ユリアナの家に向かう方向みたいだし…)


怪しい人物を、向こうにこれ以上気づかれないようにゆっくりと追いかける。そうしているうちに、宮廷を出て行くことになった。


(もしかして…街に出るのか…?)


街に入って行った人は、明らかに怪しげな店に入っていく。


「……またいつものを買いに?」


可愛らしくも色気を含んだ声と共にその店から出てきたのは、長い黒髪を一つの三つ編みにし、金色の瞳を持つ、今の私と同い年ぐらいの女性だった。

コートの人は、問いかけに対して黙って頷いている。


(あれって…バッドエンドで皆がおかしくなる原因のカルミア!?まさかこんなところで見るなんて…フード被ってる人の声は全然聞こえないな…というか喋れない…?)


「……私の調合する薬をそんなに褒めていただけで光栄ね。ある条件を満たした者だけをじわじわと蝕んでいく特殊なものでとっても難しいものなの。効果がちゃんと出ているのなら安心したわ」

見てはいけないものを見てしまった気分だ。毒薬の取引を目の当たりにするなんて、運が悪すぎる。

「それにしても、貴女は余程その子に恨みを持っているのね。何も知らずにアレを飲んでいるうちに突然倒れておしまいになってしまうなんて、その子も気の毒ね。……そう、その子は貴方の大事なご主人を壊したから復讐ってこと?女の嫉妬は本当に恐ろしいことだわ…ふふっ」

フードの人が女性だと判明したことより、復讐で毒薬を飲ませてじわじわ殺しにいこうと考えるほどの恨みを持っていることに恐怖を感じた。

毒薬を買いに来たフードの女性は、どうやら使用人の身分のようだ。ずっと慕っていた主人を取られた復讐のつもりらしい。ボソボソと喋っていても、恨みがなんとなく伝わってきて恐ろしい。

いくら恨んでいても、カルミアに頼るのは流石に不味いのではないだろうか。バッドエンドのことも含めてカルミアには個人的に少し苦手意識を持ってる。なので、あまり今見たことについて深入りはしたくない。


私は、気づかれないよう離れてさっさとユリアナの家に行くことにした。


(そう言えば…カルミアと一緒にいた女の声…ボソボソしてて分かりづらかったけど、どっかで聞いたような…でも関わりたくないから忘れよ)


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