忘れたいことほど
誕生日を迎えてから半月に至る現在まで、一気に色々なことが起こりすぎている。
記憶が戻ったばかりの頃に探し始めたものの、なかなか見つからず結局諦めていたライヤ・ラズライトと唐突に出会ったこと。
その一週間後に、ライヤのことを相談しに行ったユリアナが、反乱の最中に前世の親友である蓮見柚莉奈が転生していたという事実が判明したこと。
そんな朗報二つを掻き消すかのように、初めて葡萄酒を飲んだ日以来、血を吐くことが不定期に起きてしまうという最悪な状態に陥っている。
その三つのことを考えると、先週に柚莉奈が言っていたように、このままアレキサンドラの元で過ごすよりも、やっと出会えたライヤと恋人同士になれば、少なくとも傷つくこともなく平穏に過ごせるのではないだろうか。
しかし、それに対してあからさまに打算的かつ利己的な考えで好きになるのは良くないと、私の中の悪魔と天使が戦っていて決着が付かないところだ。
(ライヤのことを好きになるって言っても…私現実のあの人のこと全然知らないんだよなぁ…家族関係も父親が厳格な元騎士団長で母親が厳しい教育ママみたいな人だってことと、姉がだらしないっていうのしか分からないし…)
ゲームでは、ライヤは騎士候補から騎士に昇格してからの話は、ハッピーエンド後の小話でちょろっと描写されてるぐらいで、現実のライヤが騎士団で何をやってるのか、どういう立ち位置なのかも分からない。
(詳しく聞ける人はいないかな…ライヤと絡みがあったセルレウスは聞いたら怪訝そうな顔されそうだし、色々知ってそうなグランディエは気まずいから喋れない。クロードは専門外っぽいし、ドルーゼ………うん、無理だわ。絶対浮気を疑われて殺される)
一体誰に聞けば良いのか。
うんうん悩んでいると、サラが部屋に入ってきた。
「お嬢様、王妃陛下がお呼びですので支度を致しましょう」
「あ、はい!」
定期的にやってくるフェリシアの遊び相手の時間のため、ライヤのことは後回しにするしか無くなった。
最近だとフェリシアと遊ぶだけでなく、たまに王子のアレックスが羨ましがって遊べとせがんでくるため、最初に遊び相手をし始めた頃に比べると段々とハードさが増している。
アレックスも良い子なのだが、もう3歳で男の子だからか遊び盛りが凄すぎるため、遊んだ後は大体疲れることが多い。ここの所体調が優れない疑惑が自分の中であるため、遊び相手が終わったらすぐに休もうと思いながら、私はフェリシアの元に向かった。
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しかし、フェリシアの元に辿り着いた時、私は予想だにしなかった展開に直面した。
「…………あの、なぜ騎士団の方がここに…?」
青紫色の目と寝癖が治りきってない青みがかった黒髪の青年…ライヤが、他の騎士らしき人と一緒に、何故かフェリシアの部屋に来ていたのだ。
「ライヤには近々フェリシアかアレックス専属の騎士に就かせようと考えている。折角だから顔ぐらい合わせた方が良いと思って呼んだのだ」
「私などに務まるかは分かりませんが…陛下の御期待に応えられるように致します」
アレキサンドラの前だからか、会話が苦手なりに恭しく話すライヤの姿は新鮮に感じる。
「そう硬くならなくとも良い。あの気難しいセルレウスが気に入ったのだから、フェリシアやアレックスも気に入るはずだ」
「お気遣い感謝いたします…陛下」
アレキサンドラとライヤの会話を傍で見ていると、一人遊びをしていたフェリシアがライヤに対して興味深いとばかりにキラキラとした目で視線を送っていた。
「お父様!ライヤって前にお父様のこと助けてくれたカッコいい騎士様なのでしょう?ずっと会いたいって思ってたから呼んでくれて嬉しい!ライヤ、私フェリシアって言うの!!私の騎士になってくれる?」
「…お、王女殿下からそのように仰って頂けて光栄です」
興味を持ったら止まらないフェリシアの怒涛の言葉ラッシュに、ライヤはすっかりタジタジになっている。困ってるライヤのフォローをするよりも、もしやフェリシアちゃんにとってはライヤが初恋なのではと考えてちょっとワクワクしてしまった。
「こらフェリシア、そのようにはしゃいだらはしたないとお母様に怒られるぞ」
「はしゃぎたくもなりますよ…ずっと会ってみたいって思ってた人ですし…」
「すぐに気に入ってくれたのは良いが…なんだか妬けるな」
口では諌めつつも、ライヤが初恋っぽい様子のフェリシアを見たアレキサンドラが複雑な父心を抱いているようで、私はニヤニヤが止まらなくなってきた。
テンションが上がってしまっているフェリシアは、ライヤとの会話を止める勢いを知らない様子になっていた。
「それとね!ライヤに聞きたいことがあるんだけど…ライヤってお父様助けに行った時女の子の格好してたんでしょ!?どうして!?」
微笑ましかった空気が、一気に凍りついた。
反乱の最中に、アレキサンドラ救出のためにライヤが女装したという、まさかの事実に私は別の意味で動揺を覚えた。
「ッ………!!な、何故…王女殿下はご存じで…!?」
「そういえばそのようなこともあったな…あの時のお前はなかなか綺麗だったぞ」
「陛下っ…!あの時は致し方なくそのようにするしかなかったので…!」
アレキサンドラに揶揄われるライヤに対して、私だけでなく一緒に来ている短髪の騎士の人までニヤニヤしている。
ライヤとの関係が良好な証拠だろう。そう思っていると、ライヤがその短髪の騎士のニヤけ顔に気づいてしまった。
「ッ……!!アーサーまで笑うな…!!」
「いやいや笑うだろ…っ…団長からも本物の女だったら惚れてたって言うぐらいの……っ」
「言うな!!」
クールで無表情気味なライヤも、揶揄われれば怒ったり顔を赤くする。それを普段から見る特権を持つアーサーって人は、一見ライヤとは見た目も性格も合わなさそうだが、相当仲が良いらしい。
「っ……失礼いたしました。王女殿下、私は陛下をお助けするため、セルレウス様と共にその装いをして向かったのですよ」
「へぇ〜〜!セルレウス叔父様も女装したの!?大変だったんだね…」
あれだけ女装を弄られて怒っていたのに、いざ改めてその話をする時にちゃっかりセルレウスが女装していたことまでバラしてるのを見て、私は思わず吹き出してしまった。
「ぶふっ……!!あ…失礼しました…っ…んふっ…」
「ミーシャ!ライヤ頑張ってたんだから笑っちゃダメよ!」
「は、はい…っ…そうですよね…笑ってはダメですもんね…ですが…さっきまでの流れでセルレウス殿下のことまで全部話すとは思わなくて…っ」
「ッ……できるだけ詳細に話した方が良いと思ったのですが…話してはいけないことだとは思わずつい…」
ライヤ本人もわざとセルレウスの女装のことを言ったわけではなかったらしい。クールだからとっつきにくいように見えるが、割と天然気味なようだ。
「いやでも…嘘ばっか言うよりは正直な方が良いと思いますよ」
「私も嘘つく人きらーい、ライヤみたいな人の方が良い〜」
「あ、ありがとうございます…王女殿下にグレイス侯爵令嬢」
心なしか、ライヤの顔が少し緩んでいたような気がした。
その表情は、どこか初対面の真佑に通じるものがあった。ライヤと打ち解けられて嬉しい一方で、また胸がざわつくのを感じた。
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フェリシアやアレックスとの遊び相手の仕事と、ライヤが後々騎士として護衛に就くための初対面が終わった。
一人で帰らせるのは危険だからと、アレキサンドラがライヤとアーサーの二人に私の護衛をするように命じた。
会話を切り出すのが苦手な方の私とライヤに気を遣ってくれたのか、帰り道はずっとアーサーの方が話題を振ってくれていた。見た目は騎士にしてはちょっと軽薄そうだと思っていたが、意外と気さくで優しいタイプの陽キャ系だなと思った。
「あっ!!俺団長からこの後の用事頼まれてたの忘れてた!!そんじゃあライヤ!グレイス侯爵令嬢のことちゃーんと守ってやれよ!」
「えっ!?」
アーサーはまるで私達に気を遣いますとばかりに、用事を作って二人きりにさせようとしてきた。
私とライヤは、唐突にアーサーが抜けると言い出したことには同時に驚いていたが、それぞれの考えてることは恐らく違う気がしている。
「っ!?アーサー、団長は特に用事がないからまっすぐ帰れと言って…」
「お嬢さん!もしライヤが何かやらかしたらこのアーサー・ローレントにいくらでも言って下さい!それでは俺はこの辺で!!」
ライヤのマジレスを遮るかのように私に別れの挨拶を告げたアーサーは、さっさとこの場から逃げるように去っていった。
「おい!!アーサー!!………はぁ…単純に護衛をサボりたかっただけなのか…?」
「…………そう…なんですかね?」
ライヤは、今の一連の流れがアーサーなりの気遣いだと気づく素振りもなく、ただのサボりの口実として逃げ出したと思っているらしい。
私はアーサーの意図に気づいているものの、どう説明してもライヤに気まずい思いをさせてしまいそうなため、サボりだと思い込んでいるフリをするしかなかった。
「そ、その…遊び相手をしていた時、王女殿下が是非とも騎士にしたいと仰ってましたよ。恐らく…護衛に就くのもすぐになるかもしれませんね」
「もしそのように事が進めば、俺は命に変えてでも王女殿下をお守りする覚悟はできています。ただ…また先程のように言ってはいけないことを言って誰かを怒らせてしまわないかが気がかりです…騎士団でならともかく、相手は王室となるので…」
「っ………ちょっと…わかります…私も…」
言ってはいけないことを言ったせいで、誰かを怒らせてしまうかもしれないという悩みは、私にとっては痛いほど分かるものだ。
過去に、ライヤの時とは違って許されない間違いを犯したからこそ、その代償の恐ろしさを知っているから。
「間違ってることは間違ってるって言ったら、多数派の集団で責められるのも…本当は全然納得いかないですけど…上手くやっていくには結局相手の顔色や空気読むしかないんですよね…」
ああ、思い出してしまう。
小学校高学年の頃に、そういう暗黙の了解や空気を犯してしまったことが、脳内に甦っていく。
運動会の練習中に、クラスの女子の学級委員がいちいち指図してきてムカつくからボイコットしてやろうと、主流派リーダーの女子が言ったことに、私は逆らってしまった。
せっかく練習したんだから、ボイコットまでするのは辞めておいた方が良いと。
自分も本当はリーダー格の女子と同じように、やっても仕方ないミスをした時ですらちゃんとしろと怒る学級委員のことが大嫌いだった。だからこそ、ちょっと仕返ししてやろうと思えれば良かったのに、何故正しいことを言ってしまったんだろうと後悔している。
正しいことを貫くよりも、空気を読んだ方が身のためという社会の仕組みを知らなかった要領の悪さのせいで、主流派達からは目をつけられて虐められるようになった。しかも、何故か学級委員の女子までその仲間になっていた。
私がボイコットしようと言い出したんだという真っ赤な嘘を信じ込んだことで。
思い通りにならない相手を虐げる主流派は勿論だが、元はといえば自分自身の態度のせいでボイコットされかけたことには気づけないくせに、人の嘘はすぐ信じる学級委員長も大嫌いだった。
それ以上に、自分の要領悪さが嫌いで嫌いでたまらない。
「ほんと…空気読むのが苦手な人にはどこの世界も生きづらいですよね……」
「……大丈夫ですか?」
「ッ………はっ…!!あ…すいません…話の途中で考え事して…」
「いえ…なんというか、俺が護衛を務めるにあたっての悩みを話した時から…貴女の目から生気がなくなったように見えたので…」
「生気がないように見えるほど酷かったんですね…あはは…ちょっと昔のこと思い出してたせいかもしれないです」
ライヤに変な心配をかけてしまった。もう前世のことなのに、いまだに昔のことを思い出してしまう自分は、本当に未練がましい人間だとつくづく感じる。
「………そのように元気を奪われてしまうほど、貴女にはお辛い過去があるのですね……俺の悩みが霞んで見えてしまうほどの辛いことが…」
「思い出してたことはもう前世ぐらい昔のことですし、その原因の人たちも今生きてる世界には関係ないから大丈夫です!」
私が大丈夫だと言っても、ライヤは納得してくれていないようだ。むしろ、空元気だと見抜いているのか、私に近づいて顔を覗き込んできた。
「………本当に大丈夫なんですか?」
「へ……!?ち、近いです…!本当に大丈夫ですから!!」
伏した長い睫毛の下から見える青紫色の目がアメジストみたいに綺麗で、見透かされているように感じてしまう。それを気のせいだと思いたいが、ライヤの顔の造形の美しさも相まって、胸の高鳴りまで感じる中で目を合わせるなんてできなかった。
ライヤとの間で沈黙が続く中、聞き慣れた声が耳に届いた。
「お嬢様!!随分お待ちしておりましたよ!!……あら?騎士団の方がどうして…?」
「ッ……お、送っていただいたの!!陛下が一人じゃ危ないからって…」
「騎士団所属のライヤ・ラズライトだ、よろしく」
「侍女のサラです、お嬢様が大変お世話になりました!」
「いや、大したことではない。侯爵令嬢、お迎えが来たようなので私はこれで戻ります」
「はい…ありがとう…ございました…!」
護衛から解放されたライヤは、団長の言う通りにちゃんと真っ直ぐに帰ったのだろう。
しかし、私にはライヤがいなくなった後も頭から離れないことがあった。
ただ心配するにしても、顔まで覗き込むのは流石におかしい気がしてならない。あの天然のライヤだからと考えれば、全部気のせいかもしれない。
それでも、心配して覗き込んできたライヤのあの綺麗な目を、私はどうしても忘れられなかった。
ライヤの友人アーサーも特徴含めてしっかり再登場。後に出すライヤがメインの話にもアーサーが出る予定です




