気づくには遅すぎた
ずっと探していたライヤ・ラズライトが真佑に似ていた。その一方で、思いの外仲良くなってしまったアレキサンドラに対して、妙な感情を抱いてしまう。
先週起きたそれらのことで、頭がパンクしそうだ。
こういう相談は、あの人にするのが一番だ。
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「ミーシャ、私を呼び出してどうかしたの?」
「その…ユリアナを呼んだのは他の人には絶対に言えないことを相談したいから…なんだよね」
ユリアナは、私が転生者であることを受け入れている上に、ライヤとアレキサンドラとは何の関わりもないから、相談内容が気にしている本人達へ筒抜けになることはない。
アリスはアレキサンドラの弟嫁のため、信用はしているが話が夫によって漏れる可能性もある。だからこそ、ユリアナは相談相手には打って付けだ。
「良いわよ、私も今日はクロード様がいなくて暇で仕方なかったから話は聞いてあげる。それで何を相談したいの?」
「その…ライヤ・ラズライト様のことなんだよね…」
「ら、ライヤ・ラズライトって…まさかあの"冷酷の騎士"のこと!?」
「れ、冷酷の騎士って…」
ライヤが冷酷の騎士と呼ばれていることは、前世でライヤルートをクリアしているから知っている。
しかし、実際はあの人のどこが冷酷なのか分からない。この前のセクハラクソ野郎に対しては怖かったが、私を助けてくれた親切な人のはずだ。
「ライヤ様は騎士候補から本物の騎士に昇格した時から大嫌いな宮廷に出入りし始めていて、陛下に涼しげな美しい容姿と肝の据わった性格を非常に気に入られてる方よ」
「え…そんな前から出入りしてたんだ…」
「陛下の愛妾やってたのに知らないなんて…」
「…………んーでもなんか聞いたことあったような…」
丁度ライヤに出会った日の一週間前ぐらいに、アレキサンドラがその人らしき騎士を褒めていた気がする。どうせ関係ない人だろうと聞き流していたが、ちゃんと聞いておけば良かったと今になって後悔した。
「……どうせ陛下の話をろくに聞いてなかったんでしょ?あの方の話を適当に聞き流すなんてできるの貴女くらいよ」
「いや〜それほどでも」
「褒めてない!それで、ライヤが冷酷の騎士って言われてるのは、常に剣を構えてるせいもあるけど…反乱の時に敵が命乞いしていても表情も変えずに容赦なく斬り刻んだ恐ろしい人だからよ!この前も良からぬことをした人が一瞬で物理的に斬り捨てられたって噂で持ちきりなんだから!!」
ユリアナがライヤについてこう語るのは、ゲーム内でも存在している。ユリアナの話を聞いても、別に驚きはしない。だが、後半の話からはほとんど噂に尾鰭が付いていると思う。
「……でも私に言いがかりつけて絡んできた男には刃を向けるだけで本当に斬り捨ててはなかったけど…?」
同時に、ライヤはそんな人じゃないと言いたくなった。あの人が本当に冷酷な人だったら、私のことなんて助けず、放置したはずだ。
だからこそ、冷酷の騎士という噂は、私は絶対に間違っていると言い切れる。
ゲーム内では、ミーシャがその噂を否定して、ライヤの良いところをユリアナに弁明することで、ユリアナ伝手に情報が伝わっていくと共に誤解が解けていく。そのおかげで、今までは恐れられて誰からも話しかけられることなく孤独だったライヤは皆と交流を持てるようになり、ミーシャに惹かれていくというエピソードがあるくらいだ。
一応ガワはゲームヒロインの私がライヤをそうやって庇っても、特に問題はないだろう。
「……意外だわ。あの方が斬り捨てなかったなんて。もしかしてミーシャに怖いとこ見せたくないぐらい惚れてしまったんじゃないのかしら?」
「いやいや…ないと思う。宮廷に出入りしてるなら私が陛下の愛妾だって分かると思うよ…それに愛妾っていう、自分のお姉さんを彷彿とさせるものにあの人が惚れるなんてしないって…」
ライヤはあくまで正義感だけで行動している。私に惚れたから助けるなんていう打算的な人間ではない。
そもそも、ライヤにとって"愛妾"は、女性(特に派手なタイプ)を苦手になった元凶である姉とは同じようなものにしか思えないだろう。
「それに……ライヤ様はなんか前世で初めて出来た彼氏に似てるって感じる時あるんだよね…もう元だけど」
一番の悩みの種はそこだ。
真佑に似てなければ、ライヤのことでこんなに悩むことなんてなかった。ただの偶然と思えないのが、どうにも気になる。
「あぁ…あの水瀬真佑くんね…ちょっと物静かでなよなよしてる感じだったけど…」
「そうそう、アイツ優しいは優しいんだけど本当は………………………え?」
「え?」
今ユリアナの口から教えてもいない元彼の名前が出てきた気がする。いつかどこかで言っただろうか。
「…………その、ユリアナ…私元彼の名前教えたっけ…?何で知ってんの…?」
「そ、それは……」
ユリアナの顔が分かりやすく引き攣る。そして、口元を隠したまま、目をそわそわさせ始めていた。
(ッ………!!この仕草って……)
私は、ユリアナが今した仕草をどこかで見たことがある。
"あの子"が何かを誤魔化す時にする、あの癖だ。
私が知らなければならない人が、今目の前にいるかもしれない。
「もしかして……"柚莉奈"………?」
間違いない。記憶が戻ってから見てきたユリアナについてよく考えたら、私の前では冗舌な上に毒舌なところや、私に対するツッコミの入れ方は、柚莉香とそっくりだった。ユリアナ本人は気は強いものの、ヒロインに対してツッコミらしいことを言うタイプではないのだ。
それに、元彼の名前をフルネームで知ってる人は、兄や姉以外では柚莉奈だけだ。
「ッ………そうだよ…!私…柚莉奈だよ…!美加理、久しぶり…っ」
そう言って泣きながら笑うユリアナのその顔は、前世の幼少期からずっと友人でいてくれた、"蓮見柚莉奈"そのものだった。
「柚莉奈ッ……!!ずっと…会いたかった……!」
涙を堪え切れなくて、ユリアナもとい柚莉奈に抱き着いた。
「いつから…?いつから柚莉奈は転生してたの…?」
「美加理が…ミーシャとして…トニーに監禁されてた時だよ。美加理が急に死んじゃって…他にも色々辛いことがありすぎて耐えられなくて…自殺したの。そしたら…急にこの身体に入ってて…」
「そう……だったんだ……」
私の知らないところで、柚莉奈がそんな目に遭っていたなんて知らなかった。私があの時生きていれば、もしかしたら柚莉奈は死ななくて済んだかもしれないと思う一方で、こうして会えたのが嬉しいなんて思ってしまう。
「それで私は、ユリアナ・アイリスとして生きることになったの。特に…目覚めた時にそばにいたクロード様には絶対転生してきたことがバレないようにって。だから…美加理が宮廷で転生者だって堂々と言ったのは本当にびっくりしたよ」
「あはは…なんかもう頑張って自分を偽るのしんどくなって…あと単純にアメリとマティルダにムカつきすぎて我慢できなかった」
「私は見ててスカッとしたけどね。それに…あんた前世でもそう見えにくいだけで結構しんどそうだったから、逆に良かったんじゃない?」
「……そうだね。正直前世よりは割と生きやすい…とは思う」
前世に比べれば、性格を擬態することは減った。するとしても社交辞令程度なので、気はかなり楽になったと思う。
「ていうかさぁ…!」
柚莉奈が、突然何かを思い出したように目を輝かせた。我が親友ながら切り替え早いなと感心させられる。
「まさかの『花園の天使』の世界に転生してた上に美加理が前世で一番推してたアレキサンドラの近くにいれるなんて最高じゃん!!」
同じく『花天』をプレイしていて、私が前世でアレキサンドラを推していたことを知っている柚莉奈には、私の状況は最高に見えるらしい。
盛り上がっているところ悪いけど、自分的には完全に詰んでいるとしか思えない。
「あーー……あれは他人事だから推せるのであって…実際に付き合いたいかって言われたらちょっと無理っていうか…」
それに、今現在はアレキサンドラに対して妙な感情を抱いてしまいそうな状態だ。
このまま愛妾として過ごしているうちにそれが本物になったとしても、裏切られてしまった時に苦しむ未来が前よりもはっきりと目に見えている。
だからこそ、今すぐ死んでしまった方がマシだとしか思えないのだ。
「………まあ確かに…バッドエンドになるとアレキサンドラは一線越えちゃったヒロインのアフターケアもせず黙っていなくなるし、カルミアに騙されて堕落していくからね…あんたがこの先不幸になるのは目に見えるっていうか…」
「うん…ほんとだよ…」
柚莉奈の言う通り、アレキサンドラにボロ雑巾のように捨てられるだけでなく、ユリアナを含めた皆が堕落してしまうのは嫌だ。
もう二度と、真佑の時みたいに裏切られて、その後に苦しむのは嫌だった。
「………だから私は…アレンを愛する気持ちを捨てて……っ」
「……美加理?」
「っ!!えっ……あ、あれ……?」
柚莉奈に声をかけられて、私は我に帰った。いつの間にか眠っていたような感覚と共に、何故か胸が苦しく感じる。
「……私…今なんか言った?」
「っ………な、何も…変なこと言ってないよ?」
前にも似たようなことはあった。けれど、その時はまだ自分の意思が掻き消されていく感覚を分かっていた。
今回のはそんな感じが一切なかったのが、不思議でならない。
「そっ…か………なんか最近こういうの多いんだよね…」
沈黙が続く。何か相当変なことを言ってしまったのだろうか。
「……あ、あのさ!アレキサンドラの愛妾でいるのが嫌ならさ、ライヤに乗り換えればいいと思うんだけど…前世の彼氏に雰囲気が似てるなんてもはや運命だよ!水瀬くんも美加理が事故で亡くなった時凄く悲しんでたくらいだったし、それだけ愛し合ってたんでしょ?水瀬くんに似てるライヤと付き合えば、あの頃に戻れるんじゃない?」
空気を変えようとしてくれたのは助かるが、真佑に関することとはもう関わりたくない私からしたら、最悪の提案だった。
「ッ……あいつが…悲しんでた?」
柚莉奈は知らないのかもしれない。私が、真佑に浮気された挙句に揉み合い、その最中に頭をぶつけて死亡したことを。
あの真佑が、私の死を心の底から悲しむなんてあり得ない。
「水瀬くんね、女友達…?と一緒に美加理の葬儀で泣いててさ」
その女の話はしないで欲しい。
真佑に裏切られたことをもう思い出したくない。
「でも結局あの女友達が誰だか分かんなかったのよね…美加理はその子と仲良かったの?」
「違う!!仲良くなんてない!!あいつは…っ…亜紗美は真佑を奪った…最低な……っ」
亜紗美は真佑を奪うために色々策略を練って奪ったわけでもなく、何も考えずただ純粋無垢なだけで、真佑の心を奪っていった。
"ミーシャ"に似ていて、私が一番大嫌いな幼少期の性格を体現したようなあの女は、今でも純粋だからという理由で真佑に守られてるんだろうと思うと、やりようのない怒りが湧いてくる。
「っ……水瀬くんがその子と浮気してたってこと!?じゃあ…あの時泣いてたのって…」
「…………亜紗美はともかく…真佑は自分の罪を隠すためにわざと泣いたんだと思う…だって死んだ原因自体は私とはいえ、元々はあいつの浮気にキレて掴み掛かろうとしたからだし…」
改めて思い返すと、あの真佑に似ていると感じたライヤには近寄りたくない。
柚莉奈には悪いが、まだアレキサンドラといる方がマシだと思ってしまうぐらいには、そう思っている。
「………あいつクソじゃん。美加理を間接的に殺しておいて嘘泣き!?美加理がいなくなってから私がどれだけ辛かったかも知らないで…ほんと最低野郎じゃん!あの一見クールでいて正義感の強いライヤなんかとは全然似てないじゃない…!!」
前世で起きたことを全てを知った柚莉奈は、真佑に対し、怒りを露わにし始めた。
「……うん…でもこの前会った時はライヤと真佑の雰囲気が似てる気がして…」
「どこがよ!?ライヤの方が100倍良い男よ!!あんな見た目だけの女々しい男なんかとはぜんっぜん違うわよ!!」
さっきまで真佑に似てるからとおすすめしてきたのに、クソ野郎だったと発覚した途端にこの変わりよう。
そういうところは相変わらず柚莉奈らしい。
「あはははっ…確かにぜーんぜん似てない。真佑とライヤなんて」
「でしょ?だからさ、優しくてカッコいいライヤと付き合えば、アレキサンドラの愛妾もやめられるし、幸せになれると思うの」
「……アレキサンドラの愛妾をやめる…?」
ライヤを選べば、アレキサンドラとはもう別れることになる。
愛妾を辞めたいのはずっと願っていたことなのに、何故か心が引っかかってしまう。
「今は美加理のことを本当に愛してはいるでしょうけど…いつまで続くか分からないから不安なんでしょ?だから少なくともライヤを選べば、傷つく可能性は減ると思うの。私は…今度こそ美加理には本当に幸せになって欲しいから…」
「っ……!!」
前世でも、柚莉奈に言われた。
私が過去の傷を思い出す度に話に付き合ってくれた時にも、今と同じように柔らかい笑みをして、『幸せになって欲しい』と。
「……柚莉…奈……」
柚莉奈の顔を見て、私は胸が痛くなった。
やっとわざわざ死ななくてもアレキサンドラの愛妾をやめられる方法が見つかったというのに、素直に喜べない自分がいる。
まだ、自分が転生者だと明かしてすぐに柚莉奈の存在を知ることができていれば、ライヤと早く出会っていれば、柚理奈の提案を受け入れられたというのに。
私は本当に愚かだ。
死ななくても幸せになれるかもしれない方法が見つかったのに、アレキサンドラの愛妾を辞めるかどうか、迷ってしまう。
「ッ……ごめん…柚莉奈…っ…本当にごめん…」
「どうしたの…!?なんで泣くの…?」
柚莉奈には言えない。
今まで死のうとしてたことも、ライヤを選んでアレキサンドラの愛妾を辞めるのを躊躇っていることも。
それに気づかない柚莉奈は、私をただ慰めてくれていた。
ユリアナの正体が判明したので、機会があれば柚莉奈が転生する前の話も出すと思います。その前に元彼の真佑が先になると思いますが、気長にお待ち下さい。




