淡い記憶と追い打ち
元カレ・水瀬真佑とどうやって出会ったのかと、回想後の話。
※血などの表現あり
真佑と出会ったのは、大学の入学式だった。
入学式ではスーツを着るのだが、その時に履き慣れないヒールで靴擦れを起こしてしまったのだ。
まだそういう点について右も左も分からない状態だった私は、その対策として絆創膏を事前に貼っておくということなど思い付きもしていなかった。
一人暮らしを始めたばかりで近くにコンビニも薬局もあるのかも分からず、どうしようもない状態だった。入学式を始める前に行く目的地から離れた棟に繋がる階段で座り込んでいた。
(はぁ…早速失敗するとか…こんな惨めな所を誰かに見られたら…あの大嫌いな幼少期のころみたいになりたくないのに…ヒールなんか大嫌い…!こんなの考えた奴皆死ね…!!)
窓ガラスに映った今の自分があまりに惨めで、慣れない化粧を施し、自信を付けてきたはずの顔が芋臭く見える。自信なんか持って自惚れるなと、気持ち悪さすら感じてしまう。
こんなのは嫌だ。
靴擦れなんかで落ち込む情け無い自分は嫌だ。
上手く物事を進められず、出遅れてばかりだった頃と何も変わっていない。
「ッ……ぐすっ……ぅ……ひぐっ…」
泣きたくない。泣いてるところを見られたらどうすんだと言い聞かせても、涙は止まってくれない。
『少しぐらいちゃんとしようと考えられないの?』
『鈍臭い』
『見ててイラつく』
『もう手術した方が良いよ、例えばその悪い頭とか(笑)』
過去に突き刺してきた言葉が、頭の中で何度も響いて聞こえてくる。
その声は、大嫌いな頃の自分をいじめた人達の声に似ていて、涙が止まらなくなるだけでなく、息も絶え絶えになってきた。
「……大丈夫…ですか?これ…貸しますよ」
目の前にハンカチがある。
少し小さいけど、声が低めで明らかに男の人のものだ。
「ッ………!!ぁ…りがと……ござぃ…ます…」
だが、気恥ずかしさから私はその人の顔をろくに見れないままハンカチを受け取った。
「………本当に、嫌になりますよね。入学式なのに堅苦しいスーツで来いだなんて。嫌がらせとしか思えないです」
「………はい?」
急に冗談みたいなことを言われ、思わずその人の顔を見てしまった。
前髪が少し長めのサラサラとした黒髪をしていて、色白で綺麗な肌だ。黒に近いグレーの瞳は、長い睫毛で縁取られている。
少し女性的な顔立ちで、物静かでクールな雰囲気なのに、こんな真顔で面白いことを言うなんてと、思わず拍子抜けした。
「あ、なんかすみません…!俺も今慣れない靴履いてるせいで足がめっっっっっちゃ痛くてイライラしてしまって…」
そう言う男子の顔は笑ってはいるものの、目の奥は足の痛みに対する恨みの念がこもっていた。
まだ泣く前の私と同じ目だった。
「………あの…私も靴擦れして…今に至ってました」
「え」
しばらく沈黙が続く。それに堪えられず、私は先に吹き出してしまった。
「ぷっ……あはははッ…!!はははッ…」
「ふふッ…ははははッ…」
「はははッ…は…っ…ここに来たのって…まさかの足を休めるためですか…?」
「ふふっ…そうですよ…そしたらなんか泣いてる人がいたから…」
「あ、それは…みんなには言わないで下さい…」
「じゃあ…その代わりに俺が足痛くてイライラするあまり大学に不満言ってたことを内緒にしてもらえますか?」
「そ、それはもちろん…!」
お互いしかめ面か辛そうな顔をしていたのに、いつの間にか柔らかい笑顔に変わっていた。
私はその瞬間に、胸が高鳴る感覚を覚えていた。
数日後に、自分で選択した外国言語の授業で、入学式直前に出会った人を見つけた。
自分でもちょっとクサい言い方だけど、運命だと思った。
それを半分ほど信じた私は、その"水瀬真佑"という男子にちょっとずつ距離を縮めることにした。
仲良くなっていくうちに、真佑という人はどんな人かが分かってきた。
真佑は、周りの五月蠅く浮かれた男子達とは違い、落ち着いていて控えめなタイプだった。そして、私ほどではないにしろ漫画やアニメが好きで、恐らく私と同じぐらい重暗い闇を抱えていた。
それでも人を心から思いやれる優しさがあるのは確かなことで、私は真佑のそういう面に惹かれていった。
この人になら、場を乱さないようにと演技をすることもなく、ありのままの自分でいられるかもしれないと思っていた。
そんな真佑と付き合い始めたのは、出会ってから半年経った頃だった。
同じく一人暮らしの向こうの家で一緒に漫画を読んだり、逆に私の家に遊びに来てもらい、『花園の天使』をプレイして笑ってたその頃が、一番幸せだったかもしれない。
過去の苦しみも、それ故の自分の生き方を受け入れてくれた嬉しさで、性格擬態も何もかも忘れられたから。
しかし、性格擬態の癖がまた戻ってきてしまい、それでギクシャクしているうちに亜紗美に取られることになり、現在に至った。
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(………それにしても…なんであの時の私はまた性格擬態するようになったんだろう…真佑のことなら信じられるって思ってたのに…)
だが、その理由を何故か思い出すことができない。今の人格は前世の記憶そのもののはずだが、そこだけ思い出せない。
ただ、信じられると思っていた相手にまた性格擬態をするようになったのは、余程のことがあったからだとは何となく感じている。
(はぁ…ただでさえとっとと来世に行きたいのに…よりによって前世のことで悩まされるなんて…最近アレキサンドラに妙な気持ちを抱いちゃうだけでも嫌なのに…)
そんなことを考えていると、また喉が無性にムズムズしてくるのを感じた。
そのむず痒さから解放されたくて咳き込むと、思ったより激しく咳が出た。
「げほっ…!!ぅぇッ…ぇ……っ…ごほっ…!!ぅうッ………また変な味…」
前にも咳が出たことはあった。だが、今日のはやたら鉄の味が口の中で満ちている気がする。
そんなわけないだろうと思いながら、恐る恐る口の中に指を入れて出して確認してみた。
「えっ……!?」
突っ込んだ人差し指には、赤い液体が垂れるほど纏わり付いている。誰がどう見ても、これは血としか言いようがない。
この前も鉄の味が口の中で広がっていたのは、血を吐いていたからだとでもいうのか。
「ッ〜〜〜…!!もしかして…こんな死に方しなきゃいけないの…?」
《え〜〜〜!?あたしが言った通りにすれば何の苦しみも痛みもなく死ねるとでも思ってたの〜?》
久々に聞いた気がする。この煽るような腹立たしい喋り方。
「ミカエラ…!?今のどういうこと…!?」
《そのままの意味に決まってるでしょ。死に痛みと苦しみが付き物なのは常識だよ?アンタって察しが良さそうに見えて意外と馬鹿なんだね〜》
「うるさいなぁ…!死ぬのが血を吐くことなんて聞いてないから怒ってるだけで……!!」
《あれあれ〜?死にたいって言ってたのに嬉しくないの?もしかして…"あいつ"のこと好きになったから未練が残っちゃったみたいな?》
ミカエラが、本物の悪魔みたいな顔で覗き込みながらそう問いかける。好きな人が出来たから死にたくなくなったのだろうと。
そんなわけないと思いたいのに、図星の如くグサッとくるものを感じてしまう。
「………そんなわけがない……そんなわけ…っ」
《さっき助けてくれた騎士のライヤ・ラズライト?》
「………その人は関係ない。会ったばっかりだし…」
ライヤのことは、真佑に似てるから気になっているだけで、会ったばかりで好きになる程私は単純じゃない。
《それじゃあまさかの…バッドエンドになるかもってずっとビビってたアレキサンドラ??》
茶化すようにそう言ったミカエラの顔は、悪魔の方がマシと思えるくらいにニヤリと笑っていた。
アレキサンドラの名を聞いた途端、自分でも我を失ったかのようにミカエラに掴み掛かろうとしていた。
「黙れッ!!今すぐ消えろこのクソ悪魔!!」
《お〜怖い怖い。追い詰められたりどうにもできない状況に立たされると冷静に判断できなくなるところ、記憶が戻る前のアンタとそっくり》
掴み掛かろうとしても、所詮透けてるから触ることもできず、空かしてしまう自分を嘲笑うかのように、ミカエラはニヤニヤと笑っている。
神経を逆撫でするかのようなその顔に、ますます怒りが湧き上がってくる。
「今はそんなことどうでも良いからさっさと消えろ…!!」
《はいはい、アンタのご機嫌が治るまでしばらく消えといてあげるよ》
「ちょっ…!!待って!!一つ聞きたいんだけどっ…」
《なんで血を吐いてるのかってことでしょ?さっきあたしのこと悪魔なんて呼んだから絶対教えな〜い!じゃ、ばいばーい》
悪魔のようにケラケラと笑いながら、ミカエラは消えていった。
「はぁ!?ちょ、待ってよ!!…ってもういなくなんなよ…」
血を吐いたのは単純に急に具合が悪くなったからだと思っていたが、ミカエラの口ぶりからしてもっと別の理由があるらしい。
死の条件が満たされかけている、もしくは転生する前の過去に誰かに変なものを盛られたせいで、後遺症として血を吐くという症状現れているのが、妥当な予想だろう。
「ほんっとあのクソ悪魔の言うことって意味わかんないし信用できないんだよなぁ…」




