変わりゆく心
今回から第4章に突入します
一ヶ月後…
(はぁ…平和なことだ。今日も馬鹿みたいに宴で騒いじゃって…)
ドルーゼに個人的に呼び出されて以降は、意外と何の波乱も起きなかったため、なんだかんだで毎日平和に過ごしている。
この前まで死ぬ方法を考えていたのに、最近はアリスやフェリシアと仲良くなったお陰ですっかり忘れるくらいだ。
宮廷での人間関係についても、最初に私が起こしたブチ切れ事件での誤解(?)はある程度解けたため、私を野蛮な女だと敬遠して、近づいて来ない貴族男性(キショい処女厨は除外)は減った。そして、ユリアナやアリスほどではないにしても、世間話をする程度の間柄の貴族令嬢やご婦人方は増えたと思う。
未だに私がアレキサンドラの愛妾であることへの嫉妬を隠さず諦めの悪い馬鹿もいるが、アメリやマティルダに比べれば大したことはない。
それよりも、私は一ヶ月前の誕生日で19歳になった。これを機に、ミーシャ・グレイスの身体の健康状態を危惧していたサラや医者から、もう飲酒ぐらいは大丈夫だろうと言われ、酒解禁となったわけだ。
否、本当はそうなる前から別に飲んだって問題なかったのだ。ゲーム内でも普通に飲酒をしていたから。
しかし、周りの人達が二十歳にもならないうちからガンガン酒を飲むのに対し、元日本人の私としてはそういう面での遠慮や、サラやグレイに止められてきたことでずっと飲めなかった。
今日までずっと、誘われるたびに自分は酒に物凄く弱いからすぐに体調が悪くなると嘘を吐き続けたのは本当に大変だった。
だからこそ、これで堂々と酒を飲めるんだと思うと、楽しみで仕方ない。前世では一回も飲んだことがないが、遺伝的には弱くはないはずだ。しかし、この体は本当に弱い可能性も否めない。
(まあいいや…完全に酔っ払う前に部屋に戻れば良いか…)
ワインのグラスを持ってる人から一つ貰い、私はそれを半分ほど飲み干す。
「んんっ……ん…」
喉がピリッと焼ける感覚がする。
初めて飲んだからか、その感覚があまりに強い。しかし、まだ頭がふわーっとする感覚には陥る気配がない。この一口だけでベロベロになってしまうほど酒に弱いというわけじゃないと分かり、安心した。
(親だけじゃなくて翔兄ちゃんや沙月姉ちゃんも初めて飲んだ時もこう思ってたのかな…)
前世の家族ことを懐かしみながら、私はまた一口飲み干す。その一口で全部飲んでしまった私は、これだけでは物足りなく感じてくる。
もう一杯、とグラスを手に取り、それを口に付けようとする。
「君のようなか弱い女性にこれ以上の酒は毒だよ、ミーシャ・グレイス」
酒が口に入るところでグラスを誰かの手で止められ、奪われてしまった。
誰だ邪魔しないでくれと思いながら、奪った奴の正体を確かめた。
「ッ………!!グランディエ…様?」
最悪だ。
極力関わりたくない奴に話しかけられてしまった。素で過ごすようになってからはずっと避けていたというのに。
友人のアリスを監禁して酷い扱いまでしておいてどのツラ下げて話しかけてきたのだろうかこの男は。
「いつもは兄さんといるのに今日はどうしたんだ?」
やたら馴れ馴れしい男だ。ガルシア侯爵に絡まれている所を助けてもらったのは感謝してるが、アリスの一件もあるからプラマイゼロにはならず、まだマイナスな印象しかない。
「……いつも陛下と一緒にいるわけではございません。たまにはこうして一人で静かに過ごすこともあります」
今グランディエが邪魔をしてこなかったら、の話だ。
折角優雅に酒を飲んで、しょうもないことでも前世の懐かしさを噛み締めていたというのに。
「あの大暴れの話は聞いてて面白かったけど、やっぱりの君ような美しい女性は花のように静かに黙っている方が様になるなぁ」
大暴れと言われても、私は単純にあのクソアマをギャフンと言わせるためにやっただけで、暴れたつもりはない。
そもそも黙っていれば美人という表現は、ミーシャ・グレイス本人には当てはまるのか疑問だ。
「……黙っているだけの女は、いくら美しかろうとそれはそれでつまらないとお思いになるんでしょ?そんなつまらない女の私に構っても何の意味もございませんよ」
意訳、さっさとルイーズの所へ帰れこの不倫男予備軍が。
「ご謙遜を。本当に君がつまらない人だったら特別扱いとは無縁な兄さんが何度も呼び出して側に置いたりしないというのに。本当に、貴婦人方や御令嬢達が君に対して恐ろしい嫉妬の目を向けるほどのご執心だよ」
帰れという意図が、全く通じない。グランディエは確か、言葉の裏を読むのは一番得意なはずだ。
それにしても、何故グランディエはやたらと私に話しかけてくるんだろう。頼むから、私のことはそっとしておいて欲しい。
「ミーシャ、何故そんな隅に収まっているんだ?こちらにおいで」
絡まれてイライラし始めていた所で、アレキサンドラに呼ばれた。ナイスタイミングだったので、今回は愛想をいっぱい振り撒いておこう。
「…陛下がお呼びなので。私はこれで失礼いたします」
とっととこの場を去りたい私は、アレキサンドラの元に向かった。
「……くそっ…!!兄上め…!また俺から何もかも奪うつもりか…!!」
ーーーーーーーーーー
グランディエに話しかけられてから、何故かアレキサンドラは私を側から離さなかった。
それを不思議に思いながら過ごしているうちに、もう夜になっていた。
「…美加理、先程グランディエと随分親しげに話していたようだが、もう友好を築いたのか?」
「え??そんなこと絶っっっ対的にありませんが??」
当たり前のように部屋に来たアレキサンドラにそんなことを聞かれて、またあの男へのイライラが戻ってきた。
ただでさえ、バッドエンドではゲームのヒロインを監禁するヤンデレに変身する。その上、妻のルイーズの憎しみを利用してアリスに酷いことした男だ。そんな人間と仲良くなるのは絶対嫌だ。
「そう怖い顔をするな。美加理がアリスのことで愚弟を嫌っているのは分かっている。大方、彼奴も美加理の可愛らしさに誘われてふらりと来たのだろう」
「……うーん…でもなんか…グランディエ様は他の男性とは違う感じがしたんすよ」
中身がこんな腹黒な奴だってことは、宮廷の人達のほとんどが分かってるはずだ。見た目だけで興味を持って話しかける人なんて今ではほとんどいない。
私の性格を知った上で下心丸出しで話しかけてくる男性は、引くレベルのマゾヒストか怖いもの知らず、又は未だに健気で可愛らしいミーシャを演じてた時の私を夢見る者ばかりだった。
しかし、グランディエの場合はそういう感じではなかった。
むしろ、何も演じていない"ミーシャ"を求めているように見えた。
(けど…あの人は当時の私とはあまり会ってないはずだよな…?それなのになんで…)
「……美加理」
「えっ…!?」
色々考え込んでいると、何故かアレキサンドラに押し倒された。
「……まさかあの一瞬でグランディエに惹かれたわけではあるまいな?」
「はい!?いやいや…そんなこと天地がひっくり返っても有り得ないですよ…!」
「……その言葉、神に誓うか?」
「へ?は、はい…ち、誓い…ます?」
何故怒るのだろうか。こんなことで怒るのは、アレキサンドラにしては珍しい。
「………もしかして弟に妬いてます?」
「ッ……!!」
私が適当に言ったことなのに、アレキサンドラは図星みたいな顔している。
「いつもの貴方なら、弟なんか目じゃないみたいな顔してるのに…らしくないですよ?」
特に意識してやった訳でもないのに勝手に妬かれるのは迷惑だと思っていたはずだ。なのに、今はアレキサンドラに妬かれるのが嬉しいと感じてしまう。
そんな私を、今すぐ消し去りたい。
「今日は葡萄酒の飲み過ぎて酔っていた、だから翌日には覚えていない…ってことにしますから」
「…………その言葉通り、今すぐグランディエのことは忘れろ」
グランディエへの嫉妬をあらわにしたアレキサンドラに強引に口付けられても、嫌だと押し返す気にならなかった。
そうだ。これは単純に、慣れない酒のせいで酔ってるだけだ。
グランディエのことで妬かれて嬉しく感じてしまうのも、前とは違って夜伽を抵抗なく受け入れてしまうのも、全部そういうことだと思っていたい。
(……酔ってるだけだ……そうでなかったら絶対にこんな気持ちを抱くわけない……)
その思いすら、全て酔いで忘れさせるしかなかった。
ーーーーーーーーーー
翌週もまた、同じように宴が開かれた。性に合わない宴をなんとか凌ぐために、またワインでも飲もうと思っていた。
だが、ワイングラスを取りに行こうとした時、持ち運ぶ人から止められた上に最悪なことを報告された。
「え、飲めないんですか?」
「はい、陛下からミーシャ・グレイス様へのワインの提供を禁じられておりますので」
「………分かりました」
いきなりアレキサンドラから禁酒命令を下されたことで、先週のあの人を受け入れかけていた時のことを全て無に返してやりたい。
アレキサンドラの方を睨みつけると、勝ち誇ったようにふふんと笑っていた。
その一瞬でムカついて中指立てそうになったが、別の誤解を招くサインにもなるので流石にやめておいた。
「はぁ〜〜……もういやだ…今日から部屋で飲む」
自分でもあまりに落ち込み過ぎて、周りにキノコが生えないてこないか心配になる。
こうなってしまった今、明日からサラやグレイに頼んでこっそり酒を持ってきてもらうしかないのだろう。
(あまり飲むのはダメだって言われてるのに申し訳ないけど…目の前で酒を奪われた今は背に腹は代えられない…!)
「ミーシャ、こんなところでどうしたんだ?」
「………グランディエ様?」
私が落ち込んでるとも知らずに、グランディエは呑気に話しかけてきた。
「兄さんに酒を止められて落ち込んでるんだろ?分かるよその気持ち!俺もこの前妻に怒られたんだよなぁ〜ははは」
「……ルイーズ様に怒られた話をしておきながらその手に持っているものは一体何ですか?」
「………俺だって飲まなきゃやってられない時もあるんだよ」
ルイーズに怒られても懲りずに飲むとは、少々酒にハマり過ぎではないかと思ってしまう。
作中のグランディエは爽やかでアルコールとは無縁なタイプのはずだった。しかし、目の前にいるグランディエはあの爽やかとはかけ離れたアル中の可能性があると思うと、ますます関わりたくなくなる。
「まあそんなこと気にすんなよ。それよりなんかその辺でキノコが生えてるのが気になるんだけど」
「…………………え?」
グランディエが指を差した先には、なんとあるはずのないキノコが、さぞ元からありましたとばかりに鎮座していたのだ。
キノコが遺伝子レベルで大嫌いな私は、口からヒュッと小さい悲鳴が漏れると同時に、鳥肌が立って身震いする心地を覚えた。
「ッ〜〜〜〜〜〜うわぁああああっ!!キノコいやぁああああッ!!」
キノコを見ているのがあまりに嫌過ぎて、ついグランディエの後ろに隠れてしまった。
「うわぁっ!!あ、危ないな…!キノコぐらいどうってことないだろ!?」
「私にとっては死活問題なんです!!食感も味も嫌いだし毒キノコは色も形も気持ち悪いし何よりどっかからにゅるっと生えてるあの感じが無理!!」
前世からずっと嫌いだったものだから、宴の料理でキノコが出るときは私だけ別メニューにしてもらっていた。そんな忌まわしい存在を久々に見たせいで、全身さぶいぼだらけだ。
「わかった!わかったから落ち着け!!後で抜いてもらうように言っとくから大丈夫だ!」
「ほ、ほんと…?」
「ッ………本当だよ!それよりミーシャ、酒がないと嘆いていただろ?俺がこっそり見つからない場所取っておいたからいくらでも飲ませてやるよ」
「えっ!?良いんですか!?」
「……ああ、兄さんには内緒だぞ」
キノコのせいで思わず素で接してしまったものの、グランディエはまだ気さくに話してくれるようだ。
ゲームで攻略対象になるだけあって、別に根っからが悪い男ではない。バッドエンドでは監禁という恐ろしいことをしてくる上に、アリスにしたことはどうしても許せない。だが、少しの間だけ話す程度なら、良い気がしてきた。
アレキサンドラには悪いが、酒を全部没収するのはやり過ぎとしか思えない。少しは飲ませて欲しいし、これもちょっとした仕返しだと思えば良いだろう。
「うぅッ………げほっ……げほっ…!!」
呑気に考えていると、何故か咳が出てきた。単に埃っぽくて出たにしては、口の中で鉄みたいな味が広がっている気がする。
「…どうした?風邪か?」
「い、いいえ…風邪だったらこんなとこ来ませんよ」
最近平和だとは思っていたが、身体の調子はそうではないのだろうか。
否、咳が出たのはただの偶然かもしれない。
その偶然を信じたまま、私はグランディエについて行った。
美加理は中身の実年齢は24歳とはいえ、精神は19歳のまま止まっています。若干の世間知らずさはそのせいです




