予想外の連続
久々にあの人が登場します。
「あ〜〜…夏の朝だけは涼しくて気持ち良いんだよなぁ」
昨夜はアレキサンドラがリナリア様のところで過ごしていたため、気分転換に宮廷の外まで出て散歩でもしようとふらついている。
サラに夜中出歩いたことを怒られた翌朝にまた散歩に出るのは自分でもアホだと思うが、たまには一人で過ごさせて欲しい。
貴族令嬢というのは本当に面倒臭いものだ。
うちの場合は比較的緩い方とはいえ、一般的にはお供を最低でも一人付けないと自由に歩けない。本当の一人では居させてもらえないのがしんどい。
(多分この世界で一人飯しようものなら現代にいた時の倍ぐらいひそひそされるんだろうな)
何かと生きづらい貴族令嬢なんて、さっさと辞めたい。
抜け出すにはまた死ぬ以外方法はない。ならば手っ取り早く刃物か縄でも使うべきだろう。だが、やろうとするとそんな方法では死ぬことができないと一瞬のうちに考えてしまう。
死にたくないと拒否するのではなく、単純に不可能なことだと。
(ミカエルの言い方からすると…私は刃物とか物理的なものじゃ死なないのかもしれない…刺したり絞めることよりも、もっと辛い方法が………?)
思考がぼやける。
何かを思い出しそうになるが、黒いモヤがかかって頭が痛い。思い出すなと言わんばかりに、脳内で何者かが隠そうとしている。
(これ……思い出そうとすると…かなりやばいかも………っ)
「……君、"ミーシャ"…だよね…?」
「っ……!?え…?」
頭の痛みを掻き消すように、誰かが声をかけてきた。
(っ………この人……確か…)
翡翠色の髪に、琥珀色の目。元彼の真佑以上に綺麗で儚げなこのイケメンを、私は知っている。
レイヴァン・ルベウス。ゲーム内の、隠しルートキャラだ。今は通常ルートで進んでいることで、反乱軍として負けたレイヴァンは修道院に幽閉という形で奉仕させられていると聞いている。
修道院から出てきたこの人は、何やら"ミーシャ"を知っているらしい。
しかし、ミカエラの話を聞いた限りでは、"ミーシャ"はレイヴァンと話したことはなかったはずだ。あの悪魔を信用しているわけではないが、話の中では名前も聞かなかったため、何故そのレイヴァンに話しかけられたのかがさっぱりわからない。
「久しぶりだね、ミーシャ。ずっと君を心配していたんだ。前より顔色が良いってことは…もうトニーには悩まされていないのかな?」
「っ………あ…えと……はい……」
「良かった…!それと…アレンとも仲直りできた?僕みたいに仲違いしたまま終わるのは悲しいからね…君だけでもアレンと友達でいて欲しいと思ってたんだ」
どうしよう。レイヴァンは私が覚えていると思い込んでいる。
アレキサンドラとは仲直りとか友達でいるだけじゃ済まない関係だなんて言えない。何よりレイヴァンのことを全く覚えてないことは、口が裂けても絶対言えない。
レイヴァンが人の苦しみに寄り添う優しい人な反面、気弱な人だと分かっているから、悲しませるなんて出来ない。
「あ、あの…レイヴァン…様?その、アレキサンドラ様の話は…どこでしました?」
「…………っ…ミーシャ?アレンのこと…なんでアレキサンドラって……それにどこでって……?」
「っ……あ、いやその…違くて……ごめんなさい……」
謝ったら覚えていませんと言ったようなものだ。レイヴァンが悲しそうな顔をして私を見ているのが視界に映ってしまい、見ていられなくて思わず目を逸らしてしまった。
「………謝らなくて良いよ。話したのは二度くらいしかなかったから…あんな反乱の中で覚えていられないのも無理はないよ…」
「レイヴァン様…本当にその…」
「大丈夫だよ。僕は…少なくとも君があのトニーから逃れられて、少しでも自由になれたことを知れただけで嬉しいんだ。だから…そんな泣きそうな顔はしないで」
「っ………泣いてるのは…レイヴァン様の方ですよね…?」
「………ごめん、やっぱりちょっとだけ悲しくて…」
レイヴァンの記憶がないとはいえ、自分は最低な人間だ。記憶がないことで悲しませて泣かせるような私を怒らないことも、余計に辛くなってくる。
「あの…思い出せないことは本当にすみません…でも…今日貴方と話したことは絶対に忘れませんから…!」
せめて、今日のことは忘れないとだけ伝えたい。記憶喪失のこともあるから絶対など約束はできないが、そう言葉にするしかなかった。
「そ、それじゃあサラが待ってるので…!」
この言葉で逃げるしかなかった。あれ以上、声をかける気にはなれなかった。
だが、去り際に見たレイヴァンの表情はもう悲しそうなものじゃなくなっていた。
そうして逃げるように宮廷に戻ったが、案の定サラが待ち構えていて、また黙って外に出たことについてがっつり怒られた。
その上、「お嬢様がグレてしまった」と嘆く涙を見てしまった私は、しばらく一人での散歩は控えようと思った。
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「お嬢様、実は王妃陛下が直接お話をしたいと仰っていたとグレイが…」
「………………へ?嘘でしょ?」
サラの説教から解放されたと思ったら、また面倒臭いことが起きる予感がした。
本当に勘弁して欲しい。アレキサンドラの愛人であるだけでなく、転生者であると知られている今、直接リナリア様と話すのは気まずすぎるだろう。
記憶喪失のフリをしてた頃はアレキサンドラの隣にいることが多かったから、何回か挨拶ぐらいはした。しかし、それはあくまで"ミーシャ"としてであって、美加理として話したことは一回もない。
「……もしかして、お嬢様が陛下の寵愛を受けていることについて何か気に障ることでもあったのでは…?まさかここを追い出されるなんてことが…!?」
「えええ!?縁起でもないことを言わないでよ!!」
最近の問題行動について咎められるならともかく、あのリナリア様がアレキサンドラに愛されるからという理由で嫉妬するなんてないはずだ。
リナリア自身、アレキサンドラのことは弟と共々助けてくれただけで特別愛してはいないと言っていたのだから。
「多分だけど…私記憶戻ってから変なことしてばっかりだったから、その厳重注意とかじゃない?」
「変なことしてるって自覚があるなら少しは自重して下さいよ…」
「私だって変なことしようと思ってしてるわけじゃないんですが…」
自分だって本当は大人しく自由気ままに過ごしたい。貴族令嬢だから自由がないというのはもう諦めたにしても、アレキサンドラの愛人としての相手や、見下してくるアメリやマティルダの始末などで色々やっていたため、目立たない方が無理なことだった。
なぜこの身体に転生してしまったんだろうと、つくづく嘆きたくなる。
「はぁ…あの揉め事もグレイの口の悪さが移っただけだと思いたかったんですが…」
サラが言うように、グレイのあの口の悪さは恐らく前世の私の心の中の声と同じぐらいだろう。
ちなみにそのグレイはというと、サラとの結婚を認めてもらうためという条件で、親戚内で従者としての就職先をまた変えたらしい。今度は前よりも更に曲者のようで、私が転生者だと知ってからはごく稀に愚痴りに来るようになった。
多分前世で出会っていたら、悪友にでもなれたかもしれない。
「あ、そうだ。そのグレイのことだけど、サラが好きになったのっていつから?」
「そうですね…あれはクソ親父に娼館に売られそうになった14歳の頃の私をグレイス侯爵が引き取って下さった時に色々鍛え直されて…って何を言わせるんですか!?とにかく王妃陛下がお待ちですので、急いで準備致しましょう!!」
良いとこまで聞けたのに誤魔化されてしまった。まあ、後でじっくり聞こう。
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「転生者として話すのは初めてね、ミーシャ・グレイス」
「は、はい…お、お初にお目にかかります。改めてご挨拶させて頂く機会を与えて下さり光栄です。転生者としての名は美加理と申します。と、遠い未来の日本から転生してきた者です」
正直言って、滅茶苦茶に緊張する。
アレキサンドラの愛妾としてのことなら大して問題はないだろうが、変なことばっかりして目立つからっていびられるのだろうか。
「そ、その…記憶が戻ったばかりとはいえ、最近目に余る行動ばかりをしでかしてしまい…大変申し訳ございません…」
「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。私が呼び出した理由はそんなことではないわ。貴女に娘のフェリシアの遊び相手を頼みたいの」
「ああ…なるほど、フェリシア様の遊び相手のことでございま………………えぇええ!?」
まさかのアレキサンドラとリナリア様の娘のフェリシアちゃんの遊び相手を頼まれて、目ん玉が飛び出るかと思った。
よく愛人なんかに娘との関わりを持たせようと考えられるなと、リナリア様にはある意味別の恐ろしさを感じた。
全員との友情エンドやバッドエンドで何回かフェリシアの話が出てきたことは何度かあるため、その子が良い子なのは何となく分かっている。特にバッドエンドでは、アレキサンドラとの過ちの翌日からミーシャ・グレイスへの慰めという形で遊びに来ていた。本人にとっては、その時間が唯一の癒しだったかもしれない。
だが、アレキサンドラとは今のところ穏便にやれている私が、何故バッドエンドのようにフェリシアの遊び相手に選ばれたのか、本当に訳がわからない。
もしかしたら、アレキサンドラの愛妾とか関係なしに、フェリシアの遊び相手になること自体がバッドエンドの要素の一つになっているのだろうかと思うと、更に不安になってくる。
「貴女ならフェリシアも気に入ると思ってるから、是非頼みたいのだけど…ダメかしら?」
「………はい、私のような未熟者に務まるかは分かりかねますが、引き受けさせていただきます」
死ぬまでの退屈しのぎにもなるというのもあるけど、もしここで断ったら殺されるかもしれない。リナリア様の隣で闇のオーラと圧をかけてくる弟ドルーゼに。
死ぬ願望はあるが、要求を断っただけで殺されるのは本当に嫌だ。
「引き受けてくれて嬉しいわ、ありがとうミーシャ」
嗚呼、リナリア様の聖母のような笑顔が眩しい。隣で見ているドルーゼの胡散臭い笑顔とは全然違う。
それにしても、フェリシアの遊び相手を何故わざわざ赤の他人に選ぶのだろう。適任な相手なら、フェリシアの弟アレックスとか、叔父のグランディエもしくはセルレウス。でなければ、弟嫁達がいるはずだ。
「私にこのようなことを任せてくださるのは非常に光栄ですが…フェリシア様には私よりも陛下の弟…」
「おや?姉上の大切な王女殿下の遊び相手を務めることに何かご不満でも??」
「っ……そ、その………なんでもございません」
「こらドルーゼ、ご令嬢に圧をかけないっていつも言ってるでしょ?」
横から口出ししてきたドルーゼが怖すぎる。作中でたまに出る狂気に満ちた顔も怖いが、目が開いてる状態の笑顔はもっと恐ろしい。
とてもグランディエやセルレウス達のことを聞ける雰囲気じゃない。
「陛下は貴女が隣でにこにこしているだけで満足なさるかもしれませんが、一部には愛妾というだけで宮廷内ではただ衣食住を与えられるだけの貴女の存在にご不満を漏らす方もおられます。ですから、フェリシア王女殿下の遊び相手という立ち位置くらいは必要だと思いますよ??」
ドルーゼはこう言っているが、恐らく私が遊び相手に選ばれたのは、ただ単純に年が割と近いからとか、愛妾だからと怠けず遊び相手として働けという意味だけではなさそうだ。
"ミーシャ・グレイス"として考えれば、元々は東洋人との混血の生まれの孤児であり、養父を亡くして身寄りがない哀れな少女だ。しかし、今の私は、ただの訳の分からない世間知らずな転生者だ。
今の私がフェリシアや弟達のことで何か問題を起こしたら、"ミーシャ・グレイス"自身の社会的地位も含めて考えても、容赦なく潰されるだろう。それも、ゲームのバッドエンドのようにアレキサンドラに見捨てられた瞬間に。
だから、ドルーゼは姉を唆す形で、扱いやすい私を選んだのかもしれない。
(うわぁ…やっぱり黒いなこのドルーゼって人は…姉はこんなに優しいのになんで弟は…もう良いや、フェリシアちゃんは比較的良い子そうだし…死ぬまでの退屈凌ぎにはなるはず…)
こうして、私は若干不本意ではあるが、フェリシアの遊び相手という仕事を貰った。
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「ばいばーい!また遊んでねミーシャ!」
「はーい、また来ますね」
フェリシアの遊び相手1日目が、やっと終了した。
フェリシアは本当に天真爛漫で明るくて、天使みたいに可愛い。正直言って子供が苦手な私でもすぐ仲良くなれた。バッドエンドを迎えるかもしれないという不安も、少し和らいだような気がする。
アレキサンドラとリナリア様の子供エピソードでも最初から最後まで良い子だっただけあって、私が起こした問題行動のことも本気で心配してくれた。
まだ五歳なのに本当に感心する。
それでも、以前話しかけようとしたのにガルシア侯爵のおっさんに絡まれていたことについては、話したかったのに邪魔された〜とむくれ顔で不満を言っていたため、王女だろうとフェリシアも一般的な可愛い子供なのだと安心とした。
(フェリシアちゃんってほんとお父さんとお母さんの良いとこ取りな感じで良いなぁ。弟のアレックスもそうなのかな?)
呑気に考えていても、また私の死で悲しませる人が増えてしまった事実は変えられない。相手はサラやグレイよりもずっと幼い子供で、純粋で心優しい子だ。
せめてフェリシアが、私が死ぬ理由を理解できる年になるまでは生きなくてはならなくなったかもしれない。
(もういっそ完全に仲良くなる前にさっさと死んだ方が……)
「あ、あの…ミーシャ・グレイス様…ですよね?」
「少し良いかしら?」
私がぼんやり考えていると、高めの可憐で可愛らしい声と、それより少し低めの凛とした声が聞こえてきた。
後者はユリアナだと分かったが、前者はすぐに誰だか判断できないものだった。
「え…わ、私?…ってユリアナ!?ななな何でその人と!?」
ユリアナの隣にいる子を見て、私は何故という言葉が頭の中で湧いて出る。
ハニーブロンドの髪を三つ編みにしており、茶色がかった黄色い瞳を持つ女の子と言えば、あの子しかいない。その子とユリアナが一緒にいること自体、ゲームではあり得ない話なのだから。
子供の遊び相手の件はドルーゼが良いように話してアレキサンドラからも了承済みです




