恐れるものはただ一つ
人生に対しては諦めの方向ばかり向いてますが、なんだかんだで宮廷生活に馴染みつつある美加理を暖かく見守ってくださいませ。
少なくとも、明日からはアメリとマティルダに絡まれることはない。謹慎が解けた時が来ても、二度と私に関わりたくないと思わせることができたから、もう大丈夫なはずだ。
アレキサンドラが何故か私の部屋に来ているが、指一本触れて来る気配が無さそうだ。話し相手ぐらいなら、今日は付き合うとしよう。
「美加理、あの令嬢を私の元に連れてきたのは最初からそういうつもりだったのか?」
何を話したいのかと思ったらそんなことかと、拍子抜けした。アレキサンドラには魂胆を見抜かれていたらしいが、全部が全部最初から決めていたわけではない。
「別にあの腰巾着が貴方のことじろじろ見てたからイラついたので、ついでに暴れまくった日はどっちが悪かったかを証明したくてやっただけです」
「……なるほどな、少しは私に妬いてくれたのだな」
「違います、勘違いしないでください。それとあの人達は…前世で私をいじめてた奴にそっくりだったんです。その時は今日みたいに成敗できなかったから、あの恨みを代わりに晴らしてやろうかなぁと…」
そうは言っても、"ミーシャ"の分しか恨みは晴らせていない。前世でいじめていた人たちは、アメリとマティルダがマシに感じるレベルのことをしてきたのだ。
その上私の場合は、"ミーシャ"みたく何もしていないのに虐められたわけではないから、その時の恨みは完全に晴れることはないだろう。
(あの時虐められたのは…空気を読むことも知らなくて、愚直に生きることしか知らなかった自分が…)
「……それで、あの令嬢に復讐した気分はどうだ?」
「………まあ、今日のお陰でちょっとは報われたと思いま。特に…その、何も言い返せず疑うことも知らなくて、されるがままだった頃の自分は」
何で私はこの男に前世のこと話してるんだろう。私の前世の話など、アレキサンドラには一ミリも関係ないのに。
「……今日話してくれた男の話のことも考えると…前世のお前は非常に過酷な運命を生きていたんだな」
「え………」
流石にアレキサンドラも、私の前世の話には全然興味ないだろうと思っていた。だが、こんな話でも真剣に聞いてくれるなんて予想外だ。
嫌な同情しかされたことがない私は、ちょっと動揺した。
「……で、でも化粧に口出す男の話なんて、前世で生きてきた中では割と大したことないですよ。自分の趣味嗜好を誰からも理解して貰えないから、私に押し付けることで欲を満たすしかできない可哀想な生き物だと思ってたので…」
「はは…お前の思考はいつ聞いても恐ろしいな」
「私はそういう過去を重ねてきたせいでこーんな恐ろしい女になったんですよ。それが決定的なのは………………っ……」
ついうっかり言おうとしたことが、何故か言葉が詰まったように出て来なくなった。
今までアレキサンドラに話してきたことが霞んでしまうような辛い出来事だから、口にすることもできない。
元彼の真佑に浮気されたことよりも、辛いことを。
「……美加理?」
「ぁ………その…わ、忘れちゃいました…なんか…思い出すのも嫌…みたいになって……」
忘れるわけがない。
私の心を歪ませたあの辛い出来事を。
中学時代の元男友達に襲われかけたことや、"ミーシャ"がトニーにされてきたことすら、霞んでしまうようなことを。
「…………ま、まあ暗い話ばっかしてないでなんか楽しい話しましょうよ!!あ、今日はそういうこと無しでお願いします」
「……そうだな。美加理としての生い立ちを知るのも良いが、私はお前が好きだと思うものを知りたい。教えてくれないか?」
気まずい空気はなんとか消えたらしい。
アレキサンドラも、私が言いかけてたことを忘れてくれるみたいで、正直言って助かった。
(意外と気遣えるとこあるじゃん…そういうところがみんなからモテるのかな)
あの後、私はアレキサンドラと好きなものについて話し続けた。
その時だけ、前世の一番楽しかった頃に戻れた気がした。オタクの友達や親友、まだ信じていられた時の真佑と、好きなことばかり話していた時ほど、楽しいものはなかった。
そんな前世には、もう戻れない。
私は、もう死んでいるのだから。
(本当に楽しかった頃に戻れないなら…生きる意味はない。早く死ぬための条件を満たしてしまいたい)
ーーーーーーーーーー
今日は何もしないでと釘を刺したため、アレキサンドラは大人しくリナリア様のところに帰った。
久々にゆっくり夜を過ごせるから、サラが止めるのを無視して外に出ることにした。
この冷えた空気のお陰で、頭が冴えてくる気がする。
誰も来ないから、私だけがこの素晴らしく心地の良い空気を知っている気分になってくる。
「はへぇ〜〜…できることなら毎日ここに来たぁ〜い……」
「兄様の愛人というのは、誰もいない所でそのようにだらしない声を出すものなんだね」
「そんなことないです………えっ!?」
この世界だけじゃなく、前世でも何回か聞いてきたあの声が聞こえてきた。まさかと思って振り向くと、私はその姿を見て全身が震えた。
肩ギリギリまで伸ばした銀色のぱっつん髪を風で揺らしながら、エメラルドの瞳を向けるセルレウス・サッピールスがそこにいたのだ。
(あ…あれって……!!アレキサンドラの末弟セルレウス!?うおぉおおおおおお!セルレウスが…セルレウスが私に話しかけてきただと!?やば…リアルでも超絶美少年…!!!)
セルレウスという少年は、『花園の天使』にはサブキャラとして登場したにも関わらず、あまりに女子の如き美しい容姿だったため、なぜメインキャラにならないのかと騒がれたほどだった。
そのセルレウスが、私の方に近づいてくる。ずっと冷たい目を向けられており、これは早く自己紹介しないと殺されそうなオーラ全開だ。
「ッ……も、申し…遅れました、セルレウス・サッピールス様。私の名はミーシャ・グレイス…転生者としての名は、"美加理"でございます…」
緊張しながら頑張って名乗った。
セルレウスは、上のお兄ちゃん達とは違い、非常に警戒心が強い性格だ。もしかしたら、私のことを得体の知れない転生者だと言って秘密裏に処分されるのかと予感して、私の顔面はおそらく真っ青だ。
「記憶が戻る前のミーシャのことは、兄様に愛妾としても妹としても非常に可愛いがられているだけで、何も害はないと思っていた。でも、今の君は何を考えているの?」
「え?」
スパイか殺し屋と疑われているのだろうか。それとも、ブラコン気味のセルレウスのことだから、特に大好きなアレキサンドラに近づく女はリナリア以外許さないとでも言いたいのか。
「トニー・クローズの虐待によって衰弱していたところを救って下さった兄様の御恩を忘れたかのような…愛妾どころか貴族令嬢とは思えない振る舞いどういうつもりなの?」
そう言って、セルレウスは剣先をこっちに向けてきた。
妙なことを言ったり、ちょっとでも嘘を言ったら、すぐにでも殺されそうな雰囲気だ。ただ、セルレウスは口が硬く、アリスの時のようなことがなければ面倒ごとには首を突っ込まず、むしろ避けたい性分だ。だからこそ、本当のことを言っても大丈夫かもしれない。
覚悟を決めて、全部話すことにした。
「………実は私、ここに来た翌朝には何故か陛下に救われるまでのことを忘れてしまったんです」
「………は?どういうこと?」
「今の私は…陛下を愛した記憶が一切ないんです。父が亡くなった時のことも、クローズ伯爵に虐待された時のことも…全部」
ミカエラに教えてもらったことを聞かされても、"ミーシャ"がその時どう思っていたのかは、本当に一切思い出せない。アレキサンドラの愛妾になったのも、ただ愚直にアレキサンドラとの幸せを信じてそうなっただけだろう。前世の記憶が戻ってからは、ずっと諦めたようにそう考えている。
「君があのような振る舞いをする理由は何となく理解したよ。でも、この世界に転生してきたのは何か理由があるんでしょ?目的は?」
まだ警戒は解けてないらしい。記憶喪失がどうこうよりも、転生者という存在自体が信じられないに決まってる。
アレキサンドラを筆頭に、普通に受け入れた人達が逆におかしいと思うレベルで。
「……もしかして、私が陛下を悪の道に誘うか、秘密裏に殺めることを目的にしてると思っているのですか?」
「その可能性は否定できないね。もしそれが目的ならば…」
「そんなこと、一切考えてません」
アレキサンドラを殺す?
悪の道に誘う?
そんな下らないことを、考えるわけがない。
考える時間が惜しいぐらいだ。
「私は…陛下が逝去なさる前に絶対に死ぬって決めてるので」
「ッ……!?な、何を馬鹿なことを言ってるの!?」
セルレウスが恐ろしいものを見るような目を私に向けている。この世界では、私が生きていた時代とは違って、軽い気持ちだろうが安易に自ら死ぬと言うのは許されないからだ。
「馬鹿ですよね。けど、私はこれ以上生きることに未練なんてないんです。だって…死んで転生したと思ったら、いきなり陛下の愛妾だったんですよ。その時点で自分がこの後どうなるか分かるのに、今更やり直そうとしたって結局無駄じゃないですか。前世も嫌な人生送ってきたっていうのに、転生したら自由すらもないんですから……っ…私はもう生きているのがうんざりなんですよ!!」
何事もなく転生した時、アレキサンドラの愛人でもなく、何もかも真っ新な状態だったらまだ生きようとは思えた。しかし、私自身が目を覚ました時にはアレキサンドラの愛妾になっていて、他の攻略対象とやり直すのもほぼ不可能の状態だった。
その中で希望が残っているライヤ・ラズライトに会うのも難しい。仮に会えた頃には周囲の人達に愛着も湧いていて、最悪の場合はアレキサンドラとのバッドエンドを迎えてしまっているかもしれない。
そうとわかった時点で、最早人生が詰んでいる。否、むしろ詰んでると分かっただけ、どれほどマシなことか。
この先もずっと愛妾として生き続けていたら、また前世の真佑と同じように、アレキサンドラに裏切られる未来が待っている可能性も捨て切れないからだ。
誰かに裏切られるくらいなら、さっさと死んだ方がマシだ。
「……君が兄様に対する害意を一切持ってないことはよく分かった。意味もなく時間を奪って悪かったよ。今宵は風が強くなりそうだから早く戻りなよ」
セルレウスが、剣を下ろして足早に去っていく。そのままいなくなられる前に、あの人にはこれだけは言っておきたい。
「あ、あの…!アリス・ヴィクトワール様のことを…大事にして下さい!」
友達にはなれなくても、アリスには本当の本当に幸せになって欲しい。それに、セルレウスにならアリスのことを任せられる。
言いたいことを全部言った私は、サラに雷を落とされることを覚悟で部屋に戻った。
「……ほんと変な女」




