限界を越えた先に待つものは
美加理、もう我慢の限界です。
前世の記憶が戻ってから、一ヶ月が経った。
宮廷に顔を出すか、ごく稀に物好きな他の婦人や令嬢達の家に招かれるという日常を、今日もなんとかやり過ごしてきた。
だが、一ヶ月もそれが続いて不満が溜まらないことはなく、むしろ爆発寸前だった。
「あ"〜〜〜〜くっそ疲れる!!!」
侍女のサラも誰も周りにいないのを良いことに、目を覚ましたベッドの上で苛立ちを吐き捨てた。
私はこの一ヶ月間、適当に記憶が戻る前のミーシャ・グレイスのフリをして過ごしてきた。儚げで純粋無垢に振る舞っているから、基本的にナメられやすい。
今まで何回貴族の変態親父にお尻を触られたり、同年代の令嬢にわざとドレスを踏まれ、転びそうになったことか。
それで殴りたくなるほどイラッとしていても、アレキサンドラにまだ飽きられていないという都合上、ブチ切れることなんてできるわけがなかった。
前世で擬態生活を送ってきた私の演技は伊達じゃないらしく、ほぼ連日会いにくるアレキサンドラも、私が記憶戻ったお陰で腹黒人間になっていることなど全然気付く素振りがない。
未だに、私が純粋無垢な女だと思い込んでいるようだ。
それのせいか、未だにアレキサンドラは壊れ物のように私のことを抱いてくれている。
その行為自体に良い思い出もなかったから、愛人だからとひどく扱われた時には『全部演技なのに騙されてほんとバカ』って嘲笑う予定だったのに、ずっと優しくされて調子が狂っている。
「お…お嬢様!?なんっっって格好で寝てるんですか!?早くお目覚め下さい!!陛下がお呼びです!!」
サラが度肝を抜かれたような顔で私を見ている。
最終的に酷い格好と化す寝相まではどうしても治せないらしい。今まで割と綺麗に寝れていたのが、奇跡なレベルだ。
「ふぇ……?」
「ふぇ?じゃないです!!急いで準備致しますよ!!」
「は、はい……」
サラと他の侍女達にいそいそと着替えをさせられ、化粧を施される。
相変わらず淡い色使いのドレスと薄い化粧で、the・男受けを体現している。髪型は頬の横の髪を組紐で二つ縛った状態で、飾り気のない感じが守ってあげたくなるのも納得はいく。見ていると、女として無性にムカつくものはムカつくが。
「はい、できましたよ。今日もとっても可憐でお美しいです」
「………ありがとう…」
こうやって面と向かって褒められるのは照れるが、割と嬉しい。
「では行きましょう。足元に気をつけて下さい」
「………はい…」
可憐に返事をして、私は途中まで付き添うサラと共にアレキサンドラの元に向かう。
ここでの生活のことを身体が覚えているおかげで、なんとか貴族令嬢らしい振る舞いはできるらしく、歩き方とかについては違和感なくできている。
とりあえず、なんとかアレキサンドラに顔見せ、満足してもらったらとっとと帰るつもりだ。
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「ミーシャ・グレイス、お前が来るのをずっと待ち望んでいた。その可愛らしい顔を見せてくれ」
「……っ…」
緊張したフリをして、顔を恐る恐る上げる。目が合うと、アレキサンドラは満足そうに微笑み、私の頬を撫でた。
「ここに来たばかりの頃は目を離せばすぐに消えてしまいそうなほどに儚げだったのに、この頃は元気そうで安心できる」
「陛下の…深いご恩情…感謝の言葉も出ません…」
「そう堅苦しくしなくても良い。何かあったら気軽に声をかけてくれ、ミーシャ」
「はい…」
無理だ。イケメンを相手にすること自体緊張すると言うのに、この男がベタ褒めしてくれるのだ。口下手な真佑以外は経験なしの私には耐性が無さ過ぎて、帰る前にもうキャパ越えしそうだ。
問題なのは、アレキサンドラは私が愛人であることをまるで隠すつもりがないらしく、それを見つめる女性陣がかなり怖い。
今日に限って友人のユリアナは体調不良でいないため、最早針の筵状態だ。
(あの…貴方がそうやって変に可愛がる感じを出すから他のご婦人や令嬢達の目がとても怖いのですが??助けてくれるんなら今そのことを言いたいんですけど…!!)
そう心の中で叫んでる間に解放してもらえた私は、自然にフェードアウトするために宴の席の一番端っこに移った。
「あらあら、ミーシャ・グレイスさん。このような場所で一体何の御用ですの?」
「わざわざ陛下に媚を売りにでも来たのかしら?」
この無駄に偉そうな口ぶり達が聞こえてきて、私は顔が引き攣りそうになる。
「っ……アメリ様に…マティルダ様?」
最悪だ。ハーフツインテのオレンジ頭アメリ・ガルシアとストレートロングヘアのピンク頭マティルダ・フローレスに絡まれてしまった。
この二人は、ゲーム内でもミーシャ・グレイスをネチネチといじめるために、わざわざ家にまで来るような奴らだ。しかも私の養父グレイス侯爵やユリアナ、攻略対象達がその場にいない時に。
それだけでなく、結婚が無理ならせめてアレキサンドラの愛妾の座を!!と狙っていたが、適当に愛想を振りまかれるだけで、興味すら持たれなかったらしい。
だからこそ、ここに愛妾としてやってきた私に対し、八つ当たりでさまざまな嫌味と中傷をぶつけてくるのだ。
加えて、別に顔まで似てるわけではないが、こいつらは前世の幼少期に私を虐めた女子達を彷彿とさせる。ゲーム通りに一刻も早く断罪されて欲しい。
しかし、断罪されるための決定的な証拠がまだ集まっていないため、どうすることもできない。
だからこそ、今はできることなら無視して帰りたい気分だ。
「ただの野良犬から上手く愛妾の座に収まったからって精々浮かれないことね。陛下は所詮貴女を憐れんで側に置いていらっしゃるだけということも頭に置いた方がよろしくてよ?」
「まあ、早々にそのような夢のないことを仰っては可哀想ですわアメリ様。ごめんなさいねぇミーシャさん。私達は"友人"として貴方を心配しているだけなの」
「得体の知れない混血の生まれでも流石に粒ぐらいの知恵はあるから大丈夫でしょうよ。そうでなければ、陛下を誑かすことすらできませんものねぇ」
「………………あ?」
意地悪そうに笑い合う二人に、私は取り繕って来た姿が崩れそうになるくらい、心底頭にきた。
(友人???何言ってんだこいつら…!そんな風に見下した目で見ておいて…!!こっちが黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!!)
記憶が戻る前の私…"ミーシャ"は、この二人の言葉を聞いて、素直に"友人"という言葉を信じたのだろうか。
そうでなかったとしても、何も言い返すこともできかったと思う。誰かが助けにくるか、こいつらが満足するまで耐えるしかできなかったのかもしれない。
(ああ、"ミーシャ"は本当に前世の幼少期にそっくりで嫌になる)
子供のように純粋無垢で、疑うことを知らない。誰かが助けてくれるまで、耐えて待つことしかできない。
だから私は、こういう奴らに馬鹿にされ、誰かに敵意を向けられないように振る舞うことを決めた。その振る舞いの仕方をたくさん増やした結果、性格を常に擬態するようになった。
どれだけ擬態する性格が増えても、もう純粋無垢な振る舞いだけはしたくなかった。
そんなことをしたら、また昔のような日々に戻るかも知れない。誰かに好き勝手に搾取されるのはもう嫌だった。
("ミーシャ"…そうやって耐えるのは辛くなかった?あんたもこいつらに嫌なことを言われる度に本当はずっとやめて欲しいと言いたかったんじゃないの?)
「またそうやってぼんやりして…ちゃんと私の話を聞いてらっしゃるの!?」
バシンッ!!
「ぅっ…!!」
アメリに投げつけられた扇が思い切り腕に直撃する。鈍い痛みがじわじわと広がり、怒りも沸々と湧き上がる。
「あらあらごめんなさいねぇ〜、まさか本当に当たるなんて思わなくて〜」
「鈍臭い野良犬だから仕方ないですわ。可哀想なミーシャさん、もうそんな傷物の身体じゃ陛下もお見捨てになるでしょうね!」
「こんな簡単に傷物にされてしまわないよう、犬のように躾けておけば、少しは警戒心でも湧いたんじゃないのかしらねぇ??」
こいつらは絶対に叩き潰す。
もうアレキサンドラのこととか、貴族としての体面とか取り繕いなどクソどうでも良い。これはミカエルの言う死ぬ方法とか考えるよりも絶対に前にやるべきことだ。
記憶が戻る前の私の分も入れた恨みを全部こいつらにぶつけてやる!!!!!
「……この…………が…!!」
「あら??何言ってるのか聞こえませんわぁ?」
「この野良犬以下の鳥頭がって言ったんですよ。聞こえませんでしたか?この野良犬以下の鳥頭が」
私が罵倒を浴びせた途端、一気に静まり返った。アメリだけでなく、アレキサンドラを含め皆完全にびっくりしてこちらを見ている。
「なっ…なんて失礼な…!?」
「そ、そうよ!!今からでもアメリ様に謝りなさ……」
「謝る?貴女の方こそ、人に対して物を投げたことをまず先に詫びるべきでは?人に物を投げてはいけないと、親から教わってこなかったのですか?まあ、貴女たちのその品性を見れば、わざわざ確かめずとも明白でしょうけど」
前世の母親が、ママ友とやらにマウントを取られたり、私と同級生のトラブルで向こうの親に詰られた時、いつもこのように上品かつ毒を織り交ぜた言葉でやり込めていた。それも笑顔で。
特に前者の光景を見ていた当時は、母を怒らせたらヤバいと思ったが、その記憶に残っていることがここで役に立つなんて思わなかった。
「アンタッ…!!さっきから失礼なことばかり言って…!!良い加減にしなさいよ!!」
「貴女達を前にするとつい品性に合わせた言動をしてしまいそうだったので、敢えて何も言わないでいたんですよ。それを良いことに好き勝手言ってきたから私も仕方なく貴女に合わせようと考えたんです。そんなことも分からないなんて…鳥頭の上に品性や慎みの欠片もないアバズレな女。陛下どころか誰も情けなんてかけないのも当然ですね」
「アッ…アバズレェ…!?アメリ様になんてこと言うの!?陛下を誑かすだけあって本当に卑しい女ね!!」
「オレンジ頭の腰巾着にだけは言われたくありませんね。大体、貴女達が相手されない原因は、性格の醜さが滲み出たその人相。記憶戻る前の私は確かにぼんやりとしていたかもしれない。けれど、少なくとも貴女達みたいに根性の卑しい考えを持ったことは一切ありませんから」
私の記憶が戻ったことも、それで性格が清楚系から口の悪い腹黒女に変わってしまったことも、アレキサンドラを筆頭に以前の私を見てきた人達からしたら、恐ろしく見えるだろう。悪魔にでも取り憑かれたのかと思われているかもしれない。
だが、私は構わず続ける。
最後のトドメで、アメリとマティルダの胸ぐらを掴み、目を見開いてしっかりと相手と目を合わせた。
「……脳みそクソガキ女と、そのおまけ腰巾着。今度私に妙なことしたら殺します。せいぜい、覚悟しろ」
「ひっ……ひぃいい…」
「お、恐ろしい女……っ」
完全に怯え切った二人を解放し、私はこの場にいる全員の突き刺さる視線を感じながら、宴の席を後にしようとする。
「……待ちなさい、ミーシャ」
出口まであと一歩というところで、アレキサンドラに声をかけられた。こんな私になんの用なんだろうか。
「先程記憶が戻ったと言ったな?その振る舞いがお前の本当の姿なのか…?」
「……そうですよ。記憶を失わなければ私はか弱い純粋無垢な娘なんかではありませんし、この性悪女共に絡まれて黙ってられる性分ではございません。それと、私は遠い未来からミーシャ・グレイスの身体に転生してきた"美加理"っていう日本出身の人間なんです」
「……転生?」
「あの小娘は混血なだけでなく転生者に乗り移られたというの…?」
「なんて不気味な…しかも未来人?」
「それより未来はこんな嫌味ったらしい女が蔓延っているのか…?」
辺りがざわざわし始めた。記憶が戻るだけでなく、そもそも転生者に乗っ取られたなんて誰も信じられないだろう。だが、もうここにいるつもりなんて無いから、こんなざわつきなど関係ない。
「大体、元から純粋無垢で守ってあげたくなるような女なんて滅多に存在しませんから。私の場合はぜーーんぶ記憶喪失のせい!本当の私じゃない!!」
アレキサンドラが今まで愛していた儚げで純粋無垢な"ミーシャ"は、もうここにはいない。
今いるのは、性格擬態上等、腹黒で口が劇的に悪く、純粋さのかけらもない"天音美加理"だ。
「というわけで、陛下もこんな騒ぎ起こした私を側に置いておくわけにはいきませんよね?ですから、亡き父が残した土地でサラや他の従者と共に暮らしていきます。短い間でしたが、お世話になりました!」
最後の言い方は合ってるのかわからないが、言いたいことは全部言えた。
すっきりしたから、今度こそ出て行って死ぬ準備でもしようとした。
「ミーシャ…いや、美加理。私は一度もお前にここから出て行けと言ってない。私の許可なくここを出ることは許さないぞ」
だが、アレキサンドラにまた呼び止められた。
もう良いから早く帰らせてください。
鋭い目で見られながらこの場にいるのは心身ともにしんどいし、もうすぐミカエルの言う通りに死ぬ可能性は否定できない状態だから。
「…………………話、聞いてましたか??私はとんでもない奴なんですよ?散々問題を起こしたのにこのまま放置したら、そのうちとんでもないことになりますよ??……私はもう貴方が愛した純粋無垢な"ミーシャ"じゃないんですよ…」
「……確かに私はミーシャの少女のように純粋で可愛らしい所を気に入っていた。だが、私はお前のその気丈な振る舞いと大胆な行動も面白いと思っている。このまま実家に帰すには惜しいくらいだ」
ざわざわざわ…
ざわざわするに決まってる。アレキサンドラの家臣達の呆れ返った顔をご本人様はしかと見て欲しい。
この人は本当にどうしようもない人だ。最早アメリとマティルダみたいクソ女以外は全員受け入れるんじゃないのかと思ってしまう。
「美加理、私の命が尽きるまで側にいてくれ。もし逃げようものなら…何度でも捕まえてたっぷりお仕置きするからな」
最悪な極め付けに、アレキサンドラに色っぽい声で束縛宣言された。
それを見た貴族女性達が黄色い声を上げる中、私は絶望で目の前が真っ暗になった。
神様もしくはミカエラ、教えてほしい。
今日は転生前や記憶喪失中の大嫌いな自分を受け入れ、性格擬態も一切やめ、本当の自分で振る舞ったつもりだ。
それなのに私は死ぬことも叶わなかった上に、前世も今世も波乱に生きなければならないのでしょうか。
美加理の煽り、めちゃくちゃに楽しかったです笑
美加理母はどこぞの財閥出身のお嬢様かつ、ある意味無敵の女です。詳細については、別の機会に。




