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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
第3章
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悪夢の時間


《お前はディアナ王国の王と結ばれた翌日に死ぬ予定だったはずだ。なのにまだこの世界に留まっているとはどういうことだ?まさかあの堕天使の口車に乗せられたとは言うまいな?》


目の前に、誰かがいる。見た目からして神様だろうか。


そんな神様が、口調は激しくなく淡々としているものの、少なくとも怒っていることだけは嫌というほど伝わってくる。


本当はアレキサンドラと結ばれた翌日に死ぬはずだった私が生きていることへの驚愕と、その原因らしき堕天使と関わったことへの怒りで、恐ろしい顔をしている。


「堕天使って…誰のことですか…?」

《あのミカエラと名乗る奴のことだ。堕天したくせに大天使の名を語る不届き者の言葉に耳を貸し、二度の記憶操作という禁忌の契約を交わすなど…恥を知れ》


神様の声が空間に響き渡る。声は変わらず淡々としているのに、顔はあまりに恐ろしい剣幕で、反射的にビクッと怯えてしまう。


《お前がこんなにも愚かな奴だとは思わなかった。そうと分かっていれば異世界の穢れなき器に憑依させるなどなかったというのに。お前のような奴はいずれ、私が天使の生まれ変わりとして創った"ミーシャ"を、ミカエラと同じ堕天使に変えてしまう日が来るだろう》


まるで私を疫病神か悪魔とでも言うような神様の眼差しは、忌避から軽蔑へと満ちていく。


《しかし…あの堕天使と交わした契約を全て破棄した上でお前の命を天に還すことは私でも叶わない。だが、その代わりに死ぬ時は極限まで苦しんで死ぬように呪いをかけてやる。


お前は今のことを夢として全て忘れ、死の条件を偶然果たした際に訳も分からぬまま苦しむが良い》



      ーーーーーーーーーー


「……ミーシャ……!!ミーシャ!!大丈夫か…!?」

「……っ…!!はぁ…っ…はぁ……あれ…夢…?」

「最近魘されてばかりだな…それだけお前の受けた傷は深いと分かると心苦しいな…俺がこうして側にいるから大丈夫だ、ミーシャ」

隣で寝ていたアレキサンドラが、魘されていた私を心配して起こしてくれていたらしい。夢だと気づいた私を抱きしめ、背中をさすってくれるおかげで、段々と恐怖心が薄れていくのを感じる。


レオンさんの墓参りに行った日から一週間、私はずっと悪夢ばかりを見ている。


ミカエラとは違って本当の神様らしい人から、私に対して恐ろしいものでも見るような眼差しを向けながら詰られ続けるという、不吉としか言えない夢を。

しかし、神様が何を言っていたかは全く思い出せない。それも、悪夢を見る度に同じだった。


(そういえばあの神様…なんか見たことあるような…)


一番気になるのは、私を詰っていた神様を見たのは、最初に悪夢を見た日が初めてではない気がしていることだ。それも、ミカエラと出会うよりもずっと前に会ったような気がしているが、頭の中に靄がかかって何も思い出せない。


そうして悩んでいると、黙って見ていたアレキサンドラが口を開いた。

「こんな状況で伝えるべきではないかもしれないが、今夜は娘のフェリシアが5歳を迎える誕生祝いの宴があるんだ。気晴らしになれば良いとは思っているんだが…」

「誕生日の宴…?」

「そうだ。だが無理はしないで欲しい。来てくれれば嬉しいが…悪夢に悩まされている中で無理をして、身体を壊される方が俺は耐えられない…だから自由に決めてくれ」

アレキサンドラはそういう所がずるい気がする。体調の方もちゃんと気遣っているのに、本当は来て欲しいと伝えた上で自由に決めて良いと言われると、何となく行かないとこっちが悪い気がしてしまう。

しかし、悪夢のせいで気力が削がれているため、気分転換はしたいとは思っていた。

体調自体はそんなに悪くないから、絶対行かない理由もないだろう。

「……外に出て気分転換もしたいから行く。それに体調も悪くないから大丈夫だよ」

「ッ!久々にサラに着飾ってもらったミーシャを見られるのか…!ならば尚更楽しみなことだ…今夜会えるのを待ってるよ、ミーシャ」

来ると聞いて喜んで手の甲にキスをするなり、アレキサンドラは国王の顔つきに戻って帰った。

"ミーシャ"の演技をし続けて約一週間は経ったが、正直かなり疲れる。自分の馴染み切った喋り方を抑えないといけないし、油断するとすぐに"ミーシャ"とかけ離れた素が出そうになるため、誤魔化すのも大変だ。

何より、さっきはアレキサンドラの砂糖マシマシの甘い雰囲気に耐えられず、つい茶化してしまいそうになった。前世では全く味わうことがなかったその雰囲気には、本当に慣れていない。

だからこそ、アレキサンドラに飽きられる前に自分が限界を迎えるんじゃないかと危機感を覚えている。


(いや、大丈夫だ…慣れれば演じるのも自然になるはず…!飽きられるまで耐え切って、ミカエラの言った方法の実行を優先させることだけを考えよう…)


自分で大丈夫だと言い聞かせていないと、色々と揺らいでしまいそうだ。

揺らぎそうな心を落ち着かせるため、宴の時間を迎えるまで私は心の中で大丈夫と呟き続けた。



     ーーーーーーーーーー


宮廷では、王女が5歳を迎える誕生祝いの宴で賑わっており、友人も誰もいない現状では仕方なしにひっそりと目立たないよう過ごしているのだが、正直一人でずっといるのはしんどくなっているところでもある。

そんな中でどことなく冷たい視線を感じるため、もう帰りたいとさえ思っていた。


(はぁ…周りの目が気になる…)


私が昨日から宮廷で暮らし始めたのはクローズ家からの保護という名目だということは、既に周囲に認知されている状態だ。それが突然だったことも相まって、本当は『王の愛人』なのではないかという目で見る者がちらほら存在している。

今はまだ見られているだけだが、問題はその後だ。"ミーシャ"を引き取ったアレキサンドラは、行き着く先がバッドエンドの可能性があるとはいえ、美形で背も高く貴族令嬢からの人気が高い。

愛人でも良いからお近づきになりたい人もかなり多い。

そういうあわよくばを狙う貴族令嬢達に『王の愛人』だと知られた瞬間、妬み嫉みの目を一気に向けられ、そのまま嫌がらせを受けるかもしれない。


前世の幼少期と似た苦しみを味わうのはもう嫌だが、まだ妬み嫉みを向けられるだけだと思えば、あの頃よりは幾分かマシだ。それに、もし中身が今の私じゃなくてミーシャ・グレイスご本人か記憶喪失中の私だったら、確実に精神をやられていたと思う。


(それにしても誰も知り合いがいないのも困るな…攻略対象達はほぼ皆自分から話しかけたら「は?」って言われそうな状態だし…)


誰も知り合いがいないため、できるだけ影を薄くしてぼーっとしながら様子を見ていると、見覚えのある姿を見つけた。

ボルドー色のウェーブがかったロングヘアと、派手だが本人の気質に相応しい黒レースのタイトドレスを身に纏う貴族令嬢は、あの子しかいない。


ゲーム内ではミーシャの親友であるその子の元に近づき、その名前を読んだ。


「ユリアナ…!」

「ッ……!?あ、み、ミーシャ…?久しぶり…ね」

振り向いたユリアナは、ゲームで見た姿以上にスタイル抜群の美女で、同じ女の私でも惚れ惚れしてしまいそうになる。この身体とは同い年なのに一際大人びていて、自分の姿の子供っぽさを改めて痛感させられる。

だが、ユリアナの気が強い性格故のはっきりした言葉遣いがなんだか弱い気がして、そこに真っ先に違和感を抱いた。

「どうしたの?もしかして具合でも悪い…?」

「そ、そんなこと…ないわ!それより、クロード様のことで…本当に申し訳ないことをしてごめんなさい。こ謝罪だけで許されることではないのは分かってるの…でも…」

「え?クロード様??私一回も話したことない気がするんだけど…それに…ユリアナに謝られるようなこともなかったと思う…」

ユリアナが謝ってくる理由は、ゲーム的な展開を踏まえれば理解できる。

そのクロード・サイネリアも攻略対象で、親友ポジのユリアナは、そこでライバルキャラとなるからだ。

しかし、私は友達同士で奪い合うのはあまり好きではなかったため、ルートはまだどこのエンドにも辿りついてない。


クロードとは、ミーシャとユリアナより4歳年上で、グランディエと同い年だ。ラベンダー色の髪を持ち、眼鏡を掛けている知的な男性である。

物腰柔らかいタイプで、ゲーム内では図書館で出会ったミーシャと本の趣味が合い、色々話していくうちに仲良くなっていくという展開で進んでいく。

このルートの最後については、前世の親友でクロード推しの親友から聞いた情報しかわからない。ハッピーエンドは普通にミーシャを助け出して、持ち前の頭脳でトニーの悪事をしっかり暴くという割と王道な展開だそうだ。

しかし、バッドエンドはトニーに奪われたくないと悩みに悩んで、まさかのゲームヒロインを拉致した末に強○、そこからはクロードに片想いしているユリアナに殺される結末を迎えるらしい。流石にバッドエンドは親友の盛り過ぎだと思って信じてはいない。

"ミーシャ"も今の私もクロードと関わった記憶は全くない。ミカエラの話でもクロードの話題は一つも出て来ることもなければ、ユリアナから謝られるようなことをされたという内容もなかった。

クロード関連なら、ユリアナの勘違いではないだろうかと、私は思う。

「え、あ…そうなの?な、なら良かった…知らないうちにミーシャに酷いことしてたらどうしようって思って不安で…」

「ユリアナ、どうして一人で行ってしまったのですか?」

「ッ…!?」

気の強いユリアナらしくないぼそぼそとした喋りを遮るように、長いラベンダー色の髪を纏めたオッドアイの青年がユリアナの肩に手を置いた。

敬語で話しかけて来た青年がクロードだと分かると同時に、ユリアナはビクッと身体を震わせていた。触れられて真っ赤になるはずの顔は、どこか青ざめてるような気がする。

「……く、クロード様…何故ここにいるのが分かったんですか…?」

「様付けも敬語もいらないと何度も言ってるでしょう。僕とユリアナは既に愛し合う仲なのですから。それに…貴女がいる場所ぐらい、僕には簡単に分かりますよ」

「っ……そ、そう…ですよね…あはは…」

クロードはまだビクビクしているユリアナの肩を抱き、若干怖さも感じる甘い台詞を囁いている。

その怖さは置いておいて、この光景は一見ラブラブなカップルにも見える。ゲーム内ではクロードにフラれてしまうユリアナが報われた瞬間に、私は立ち会っていた。

一応ガワはゲームヒロインのミーシャ・グレイスであるはずの私を完全に無視して、クロードはユリアナしか目がない様子である。ゲーム上のユリアナにとっては天に昇るほど喜びそうなことだ。しかし、何故今目の前にいるユリアナは、赤いのか青いのか分からない顔色でビクビクしているのか。

それが私にとって、一番謎だった。


「あ、あの…ユリアナにクロード様?お二人はその…」

「ああ、ユリアナのお友達もそこにいたんですね。名前は…なんでしたっけ?」

心配になって話しかけたら、まさかのさっきまでいたのか扱いされた。この男眼鏡かけてるくせみ視野狭過ぎかとツッコみたくなる。名前も覚えられてない限り、ミーシャ・グレイスなんか気にもかけてない感じだ。

「……ミーシャ・グレイスでございます」

「私はクロード・サイネリアです。ユリアナのご友人ということで色々とユリアナの話を聞きたいのですが、あいにくユリアナとこの後予定がありますので…」

「は、はあ…」

「では行きましょうか、ユリアナ」

こっちの相手なんかしてる暇はないとばかりに、クロードはユリアナを連れてどこかに行ってしまった。

そういえば愛し合う仲だと言っていたのに、何故ユリアナは一人でいたんだろう。その上、アレキサンドラに負けず劣らずの甘い台詞を囁かれたのに、顔をどこか青くさせていた。

それが不思議で、違和感すら感じる。


(なんだろう…ユリアナがユリアナじゃないみたいな…)



「お父ちゃま〜!私もあれ飲みたい〜」


ユリアナがクロードの元に行ってしまった直後、小さい子供の可愛らしい声が聞こえてきた。

そのクリーム色の髪の女の子は、何やら大人たちが飲んでるお酒を見て羨ましくなってるようだ。アレキサンドラにお父さんと言ってるため、あの子供は王女のフェリシア・サッピールスではないかと判断した。

大人のものに憧れるのは子供あるあるだなとほっこりしていると、アレキサンドラがフェリシアちゃんの我儘を穏やかに宥めはじめた。

「フェリシア、あれは大人になってから嗜むものだ。今日の主役のお前には特別に美味しいものを用意しておいたから、あの可愛らしい令嬢の所で一緒に飲むと良い」

「はーい」

ほっこりするのも束の間で、アレキサンドラがなぜか私の方に目を向け、フェリシアちゃんに一緒に飲めと勧めてきた。


(………えっ!?!?今明らかに私のこと指してたよね!?え、なんでフェリシアちゃんと一緒に!?)


頭の中が"どういうこと?"という言葉で埋め尽くされる中、私を認識したフェリシアちゃんがニコニコとした笑顔で私の方に向かって来た。

嗚呼、素直で人懐っこい子供はなんて可愛いんだろう。フェリシアちゃんが天使のように見える。


もうすぐその天使と話せる距離になる。


そう思った時、大きい影が私たちの間に挟まり、フェリシアちゃんの姿をシャットアウトした。


「これはこれは、グレイス侯爵の所のミーシャ嬢ではないか。宴を楽しんでるかね?」

「……………はい、なんとか」


最悪だ。フェリシアちゃんと話す予定だったのが、口髭と深いオレンジの頭が特徴的な中年太りの男性に絡まれてしまった。あからさまに胸元見てくるのが心底気持ち悪い。舌打ちしそうになったのを堪えた私を誰か褒めて欲しいぐらいだ。


(くっっっそ邪魔だなこのおっさん!!フェリシアちゃんと全然話せねえしそもそもお前の横幅のせいで見えねえんだよ!蓄えるのは口髭だけにしろや!!!)


おっさんの後ろで、フェリシアちゃんらしき影がぴょんぴょん飛んで私を探しているのが見えてしまう。可愛いからこそ本当に申し訳ない。

フェリシアちゃんにはごめんねと謝り、おっさんには内心怒り狂ってるのも気づかず、おっさんはさらにしつこく話しかけ始める。

「ここで仕入れている葡萄酒は格別に美味しいものだ。良い機会だからこの私ルイス・ガルシアが特別に美味い飲み方を伝授して差し上げよう」

「あの…まだ私は飲めないもので…」

この男に対して、「余計なお世話だ」と本気で叫びたい。だが、アレキサンドラだけでなく小さいフェリシアちゃんが近くにいる手前、ブチギレることは禁じられたようなものだ。

やんわりと断るしかできないのを良いことに、おっさんは更に上長してくる。

「ははは、そういう貴族らしからぬ無垢さこそ教え甲斐があるものだ。遠慮はいらぬぞ、もっと近くで見ると良い」

「っ…!?ちょっ…どこ触って…!?」

ついにやりやがった。ガルシア侯爵はあろうことか、近くに引き寄せるためにどさくさに紛れて私のお尻を触ってきた。

たまたま当たったとかじゃなくて完全に撫でにきてるから、全身サブイボだらけで本当に気持ち悪くて吐きそうだ。だが、"ミーシャ"の演技とか関係なしに、抵抗する声がこれ以上出てくれない。 


(このクソジジイが!!アレキサンドラに丁度見えないようにやりやがって!!誰も助けてくれそうな人がいないの無理…!!)


隙間から見えるアレキサンドラはガルシア侯爵を不審そうに見ながらも、2歳の息子のアレックスが構い倒してくるためか、立ち上がって止めに行くこともできないようだ。


(もうやだ…アレキサンドラが王様じゃなかったらすぐに助けてもらえてたのかな…?攻略対象の人とは誰とも交流ないから助けてもらえないし…)


ここ最近悪夢を見たのも、こうしてセクハラされているのも、一週間前の墓参りを利用してミカエラの方法で死のうとした罰かもしれない。

ブチ切れる気力すらも削がれていく中、ガルシア侯爵が私の分の葡萄酒を入れたグラスを用意して持たせようとする。

「ほれ、ミーシャ嬢も一度飲んでみると良さが…」

「ちょっとルイス!宴だからってはしゃぎ過ぎ!その子も困ってるだろ」

お尻だけじゃなく手まで握ろうとしてきたガルシア侯爵の手は、一人の男性の声と手で制止された。


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