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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
第3章
38/53

前兆とは知らずに

昨日、突然前世で過ごした記憶が戻った私は、乙女ゲーム『花園の天使』のヒロインである"ミーシャ・グレイス"の身体に、記憶喪失状態で憑依していただけでなく、最大のバッドエンドの危機に立たされていることを知ってしまった。


ミカエラの言った、"ミーシャ"として過ごした自分と今の自分を全て受け入れた上で、それを行動に移すという方法を実行すれば、私は死ぬことになる。

生きることに執着がない私はそれを実行するため、まずはアレキサンドラを絶対に好きにならないようにしつつ、自然と飽きられるまで"ミーシャ"を演じることにした。

飽きられた瞬間、すぐに死ぬ方法を実行するつもりで。


そんな生活がスタートしたものの、私は昨日から一週間療養という程で、宮廷内の部屋に籠ってる状態だ。

一応外出は認められてはいるものの、会いたい人も特にいないから外に出る理由がない。

アレキサンドラからも、

「まだ心配だから安静にして休んでてくれ」

と過保護なレベルで言われているため、私は最早合法的な引きこもりになりつつある。


だが、流石に一週間何も娯楽を持たないままそれで耐えれるかと言うと、正直難しい。


そんな私を見かねたサラが、私にこんな提案をしてきた。

もうトニーもいなくて自由を許されているから、亡き養父レオン・グレイスに挨拶と報告をしに外に出ようと。


私は、昨日まで過ごしていた記憶はすっぽり抜けているため、レオンさんと過ごした日々も、亡くなっていたことも何も覚えていない。"ミーシャ"を本当の父のように育ててくれた人なのに、また思い出ごと忘れてしまった。

ゲーム内では数少ない良い人キャラだったことは覚えているものの、レオンさんにとってはそんなことを覚えてて欲しいわけじゃない。ゲームなんかでは分からないような、もっと大事な思い出があったはずだ。

それを考えるだけで、今の私でも心が痛んで辛いと思うのに、完全記憶喪失状態から過ごし始めた純粋な"ミーシャ"は、それ以上に申し訳なさと心苦しさを覚えていただろう。


ならば、何度も忘れてしまったことへの謝罪と、"ミーシャ"の分も含めてレオンさんに感謝を伝えるべきだ。"ミーシャ"もそれを望んでいるだろう。

そんな善意の裏で、私は非常に最低で最悪なことを考えていた。

"ミーシャ"だった時の自分と今の自分を全て受け入れた上で、この行動に移そうとしている。ミカエラの言っていたように、死ぬことができるんだと。


生きることにも執着がなければ、この世界やそこで生きる人達に対する愛着なんて芽生えてもいない。侍女のサラや執事だったグレイへの申し訳なさも、今はまだあっさりとしたものしか浮かばない。

それこそ、本当に申し訳ない話ではあるが。

一番愛着を持つべきレオンさんも、今はここにはいない。今の私にとって、死んだら申し訳ないと心から思える人がいない。

アレキサンドラからはまだ愛情を向けられているため、今死んで悲しませるのは自分でもどうかとは思う。だが、これ以上死ぬのを先延ばしして結局この世界に愛着を持ってしまったら、死ぬのが辛くなるだけだ。


そもそも、バッドエンドになる可能性が待ち受ける中でわざわざ生きようだなんて思えない。前世が最悪な結末を迎えたというのに、それ以上の辛い目に遭うのはもう嫌だ。


だったら、ミカエラの言ったことを今ここで実行する方が余程マシだ。


(アレキサンドラも私をトニーから救ってくれて、今のところは私のことを守ってくれていることには感謝してるけど…それに生涯かけて報いられるほど私は綺麗な人間なんかじゃない。アレキサンドラ、私はもうあの純粋な"ミーシャ"じゃないんだよ)



      ーーーーーーーーー


数時間後、私はサラと一緒にレオンさんが眠る修道院近くの墓地まで向かおうとしていた。

その途中で、背が高い白髪の青年がこちらまで歩いて来た。


「サラ、外は暑いってのに大事なもん忘れてるぞ」

「す、すみませんグレイ…………えっ!?!?」


元執事…のはずのグレイが、なぜか普通の執事のようにサラに傘を渡した。

ゲーム内でのグレイは、反乱後には既に公爵子息に戻っているはずだ。そして、何気に攻略対象でもあるから、身分が戻ったと同時にミーシャ・グレイスもしくは他の誰かと結婚するのだが、今のグレイは執事の時から格好が変わっていない。

この状況に一番驚いているサラは、魚みたいに口をぱくぱくさせていた。

「えっ…あ、あの…グレイ…!?」

「なんだよサラ、魚みたいに口動かして…」

「いやだって…貴方はもう公爵子息に戻ったんじゃ…!?」

「そ、そうだよね…?だってもうこうして会えないと思ってたのに…なんで執事の格好してるの…?」

私もなんとか"ミーシャ"を装いつつ、グレイに理由を問うた。

「……お嬢様、私も本当はそうだと思っておりましたよ。あのクソ…トニー・クローズを拷問にかけた後、面倒だと思いながら顔を見せに行ったのですが、その際に私の父上が、こう申したのです。


『公爵家に戻るからと言って、完全に許したわけではない。私の親戚の家で執事をしながら、もう一度主人の貴族らしい振る舞いを学び直して来るのが本格的に戻る条件だ。お前の捻くれた性分を改めて叩き直す良い機会だろう。言っておくが、彼はレオン・グレイス殿とは違って気難しい方だから覚悟しておけ』


というわけで、こうしてまた執事をさせていただいております……っあのクソ親父め…早速無理難題押し付けてきやがって…!よりによって昔からクソうぜぇじじいのとこで…!!」

途中まで丁寧な喋り方だったのに、結局心の声が漏れていた。しかも怒りの凄まじさで滅茶苦茶に口が悪い。グレイのそういう所もゲーム通りだ。

だが、あの怖いジルコニア公爵も現実ではやはりゲーム内ほど甘くはなかったようだ。話を聞いてるだけで、グレイも大変だなと思う。

「そうだったんですか…ということは、グレイのことはまだ口うるさい親分として見て良いということですね?」

「サラ…お前俺のことそんな風に思ってたのかよ。てか親分じゃ無くてせめて兄分だろ…まあ良いや。しばらくはお前とこうして話せるなら良いことだしな」

サラの軽口の流れで、まだ微笑ましい従者同士…というよりは兄分妹分の友情だと思っていたが、グレイの最後の発言で一瞬おやおや?と私は何かを感じ取った。

どっちもそこはかとなく顔が赤いのもあって、ますますにやけが止まらない。

「え?それって…」

「ほらとっとと行け。お嬢様をお待たせするな」

「は、はいっ…お嬢様、ではそろそろ…ってどうしたんですかその顔は…?」

「はっ…!いやなんでもないよ!!それより早く行こう!」

またしても危ないところだった。"ミーシャ"らしくない気持ち悪いにやけ顔をしたら絶対怪しまれる。

にやける口元を隠しながら、サラの腕を引っ張って外に出ていった。



      ーーーーーーーーーー


「っ……はぁ…ッ…!はぁッ…つ、疲れた…もう駄目…ッ」

「お、お嬢様…大丈夫ですか?やはりこの距離でも馬車で向かった方が良かったのでは…?」

修道院近くの墓地までの道のりはそこまで遠くはなかったが、しばらく動いてなかったせいで、着いた頃には既に体力が限界だった。

「だ、大丈夫…このぐらいならちょっとは歩いた方が良いと思って…それより早くお父さんのところに」

「お父さん?」

あ、しまった。レオンさんのことを前世の父親の呼び方でしてしまった。まだ"レオンさん"と言わなかっただけまだなんとかなってるが。

「えっ?あ……ち、父上?パパ??」

「あの…お嬢様…??」

貴族らしく恭しい呼び方の父上でもなければ、"ミーシャ"が言いそうなパパでもないらしい。まずい、サラが結構怪しんでいるっぽい顔だ。

「………お父様?」

「……はい」

一か八かで、前世の母が祖父を呼んでいた時の呼び方を試したが、どうやら合ってたようだ。

「お嬢様…まだどこか具合でも悪いのでしょうか?」

「いやそんなことはないよ!!ほら早く行こう!」

「あっ、ちょっとそんなに引っ張らないで下さい!!」

今のでなんとなくわかった。サラに対しては、とりあえずゴリ押しすればどうにか誤魔化せると。

サラを引っ張ったは良いが、どこに行けば良いか分からないため、結局サラに案内されることになった。

レオンさんが眠る墓には、たくさんの花が添えられている。きっと多くの人達に慕われ、惜しまれた人なんだろう。

そんなレオンさんに向き合い、私は実質初対面で緊張しつつも、挨拶の言葉を紡ぎ始めた。

「……お父様、お久しぶりです。ご挨拶が遅れて本当に申し訳ございませんでした。今度はできるだけ早く会いに行きます。その…また身の回りで色々変化があったので…」

喋り方が成長した"ミーシャ"として、レオンさんに話しかけ終わると、内心で私自身…否、"ミーシャ"だった時の自分の気持ちを合わせた上で語ることを始めた。


(レオンさん…私はまた記憶喪失になってしまいました。挨拶が遅れたことよりも…そのことを一番謝りたいです。それでも、私を…"ミーシャ"をここまで育ててくれたことに感謝する気持ちは変わりません。今は…ありがとうございますとしか言えないです…)


多分、"ミーシャ"ならここで涙を流している。本物の"ミーシャ・グレイス"以上に幼く、感受性が豊からしいあの頃の自分なら。

だが、今の私はそんなことで涙が流れてはくれない。

こんな形でミカエラの言っていた方法を実行して、もうすぐ死ぬであろう状態を望んでいる自分に、涙まで思うように操ることは不可能だった。


今の私を、レオンさんはどう見ているだろうか。

国王の愛妾になるばかりでなく、悪魔みたいな奴の言うことを聞いて死のうとしているなんて、とんだ親不孝にしか見えないだろう。

だが、謝罪と感謝の気持ち自体は、本心から来たものであることに変わりはない。


私は心の中で話が終わったように見せ、サラに声をかけた。


「サラ、話し終わったからもう帰ろう」


明日には、恐らく静かに死を迎えているだろう。ミカエラが死神のように魂を回収しに来るんだ。

誰に対してもそこまで愛着は生まれてないし、アレキサンドラに一目だけ会えたから後悔もないから、思い残すことはもう無い。


そう思いながら眠ったその次の日、私はまだ生きていた。

いくらレオンさんへの謝罪と感謝が本当でも、流石に純粋さのかけらもない打算の思いが含まれていたことは、ミカエラの目では誤魔化せなかった。

その罰が下ったのか、私はレオンさんの墓参りの次の日から、悪夢にうなされるようになった。


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