転生の対価
(見事に何もない真っ白な場所だな…天国って分かるまでよく分からん手続きされてひたすら頷くしかできなかったし…しかも変な門の所まで来てしまった…ずっと待たされてるのはマジで何…?)
死んで天国に来たであろう私は、真っ白で何にもない光景に飛ばされたらしい。
全然状況を把握できず訳がわからないまま、市役所勤務みたいな格好の男性から、死んだ理由や死に場所など、とにかく事情聴取の如く根掘り葉掘り死因について聞かれた。天国なのに現実と変わらなすぎだろというツッコミをする余裕もなかった。
おかげで、浮気された傷をめちゃくちゃ抉られました。とても最悪な気分です。
事情聴取もどきが終わったら、「はい、お疲れ様でした」と言われて、別の場所に案内された。
今の私は、神様が来るまで待ってろと言われ、転生のための入り口となる門前で待たされている状態である。
待たされている間、私は改めて自分の死に方はなんてあっけないんだろうと思った。
浮気された挙句に、掴み掛かろうとして転んで頭をぶつけて死ぬだなんて、あまりに残念すぎる死に様だ。
死に際に生まれ変わったら自分らしく好き勝手に生きるとは思ったけど、実際は本当にそんなことできるのか分からない。また前と同じ人生を歩むかもしれないと思うと、生まれ変わって生きるのすら嫌になってくる。
前と同じ世界で転生してもまた同じことを繰り返しそうで、もうこのまま生まれ変われなくて良いとさえ思っている。
《それなら、確実に別の人生を歩む方法を教えてやる》
「んえぇ…!?だ、誰…!?」
空間内に響くような声が唐突に聞こえてきて、思わず間抜けな声を出してしまった。
《先ほどからずっと来るのを待っていただろう…?》
「………もしかして"神様"ですか?」
《ああ、私は全ての世界を司る創造神"ユピター"だ。皆が望んでいるはずの転生をお前だけ渋っているのを見かねてわざわざ来たのだ》
姿は見せてくれないらしく、ずっと天の声みたいな感じで話しかけてくる感じのようだ。全ての世界ということは、私がいた世界以外にも、パラレルワールドのように世界が複数存在しているのだろうか。
というか、私が元の世界への転生に後ろ向きなことまで見抜かれているのは流石は神様と思うが、若干恐怖も感じる。
《それよりも…お前は元の世界に転生してもまた後悔する人生を歩むと思い込んで悩んでいるのか?》
「え、まあ…そうですね。わざわざ生まれ変わってまで生きるのも面倒だなって思ってるのに、転生して前と同じになるとか絶対に嫌だし…どうせ生まれ変わるしかないなら前とは違う世界…例えば異世界のがまだマシ…みたいな」
《ほう…お前は絶対的存在である神に転生先を異世界にと望むのか?》
神様の反応に対して、私は今の発言をめちゃくちゃ後悔した。神様に向かって遠回しにお願いするとか、命知らず過ぎて本物の地獄に落とされてもおかしくない。
「いや…そんな漫画や小説みたいな展開はあり得ないって思ってるので、生まれ変わらずにこのまま天国で過ごそうかなって思って…」
《できるぞ。お前が望む異世界に飛ばすことなど容易だ。そこで生まれ変わってやりたいことをやれば良い》
「……………へ?」
急いで訂正しようとしたのだが、神様の答えに驚くあまり、私はしばらく言葉を失った。
《だが…簡単に異世界転生はさせられない。異世界転生を望む場合、異世界に生きる者の肉体にお前の魂を憑依させる形になる。お前の願いが成就された瞬間、憑依した肉体ごと天に還らなければならず、二度目の転生は絶対に出来ないのだ》
簡単に異世界転生することはできないらしい。転生先の誰かに憑依する形で過ごして、自分の願いが成就したら、憑依した人間も同時に死ぬという訳だ。加えて、死んだ後はもう二度と生まれ変わりはできなくなる。
人生を満足するまでやり直したい人にとっては、最後の条件を聞いた瞬間に断念するだろう。
《願いによっては短い一生となる可能性も十分あるが、それでも構わないか?》
「……問題ないです。むしろ、願いが叶えばここでずっと過ごせるんですよね?それが一番理想的です」
憑依することになる人間には申し訳ないが、私は生まれ変わるのすら嫌だと思っている。一度異世界転生をして一生を過ごす面倒さはあれど、その後はずっと天国暮らしが出来ると考えれば安いものだ。
私にとってこれほど美味しい話はない。
《分かった。では異世界転生をさせる準備を行おう。異世界転生を完了させるには、願いに見合った対価が伴う。改めて聞くが、お前の願いは何だ?》
「私は……もう二度と性格を擬態して生きたくない。そのままの自分で過ごしても嫌な顔しなくて、ちゃんと自分を見てくれる人と過ごしたい」
性格を擬態しなくても受け入れてくれて、容姿とか地位のような見かけではなく、素の自分を愛してくれる人がいるのなら、私はその人に出会いたい。
この願いだけはなんとなく言い辛かったため、胸の内にしまっておいた。
《ふむ、そうなるとお前の対価は…》
対価と言われて、なんとなく緊張感を覚える。人によって違うというのも、余計に何が来るのかわからない緊張を感じる。
《……全ての記憶だな》
「っ………!?き、記憶…?」
《ああ、そうだ…人格を形成する思い出や記憶なんてものがあるから性格擬態をする自分が生まれてしまう…それならば全部忘れた方が良い。まあ…異世界転生すれば私のことも全部忘れるから今のは別に聞かなくても良いがな》
前の世界のことを全部忘れてしまうと聞き、少し迷いを覚える。
私の両親、結構アホだけど頼れる優しい兄ちゃん、途中から距離はできようと慕っていた姉ちゃんだけじゃない。親友の柚理香のことまで忘れてしまう。
その人たちのことや、築いてきた思い出まで忘れてしまうのは流石に辛いと思った。しかし、その気持ちを超えるぐらい、私には忘れたい人や出来事の方が多かった。
要領が悪い私を苛めてきた女子達と、そんな私を空気の読めない悪者として仕立て上げた偽善者教師。悪者に友達だと思っていたのに手を出そうとした中学の男友達。何より、真佑と亜紗美のことを今すぐ忘れたい。
それに、もう真佑の時みたいに性格擬態をし過ぎたせいで嫌われたくない。人に変な気を遣ってキャラを作るのはもう嫌だし、とにかく疲れた。
ただの憑依とはいえ、生まれ変わって自由に生きるためなら、性格擬態をするようになった元凶にもなる嫌な思い出の方が占めている記憶など、消してしまおう。
前と同じ生き方だけは絶対にしたくない。
「私は……記憶を全部消します。前世であった辛い思い出を全部捨ててでも、絶対に異世界に転生します」
《それで決まったな…では…天音美加理。お前に新たな人生を授けよう》
神様の最後の言葉を聞いた途端、目の前が真っ暗になり、強い浮遊感に襲われた。
「………今度こそ幸福な結末を迎え、あの忌まわしき堕天使に打ち勝ってくれ…我が愛しの"天使"よ」
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(頭が……ぼんやりする……)
ずっと眠っていたような感じがして、目を開けられない。
「……お嬢様!!大丈夫ですか!?」
「どこか具合でも悪いのか!?ああ…だからこんな陽が強い日に外に出るのを反対したのに…っ」
(…………………ここは…どこ?誰かが…呼んでる……?)
誰かが呼びかけてくる声で、やっと目を開けることができた。
「…………ここ……は?」
「ああ…お嬢様!!良かった…お目覚めになられて…!」
「本当に良かった…!また倒れてしまったら僕はもうどうしようかと…!」
見知らぬ中年の優しげな雰囲気の男性と若い女性が心配そうに話しかけてくる。どちらも、目に涙を浮かべている。
なのに、私は心配してくれているその二人が誰なのかが全く分からない。
「………………誰?」
「え…!?お嬢様!?」
「何を言ってるんだ……?まさかお父様を忘れてしまったのか!?"ミーシャ"!」
(……………私は……"美加理"…なのに……)
自分が何者なのか、どのような生い立ちなのか思い出せない。
ただ一つ分かっているのは、"美加理"という前世で過ごしてきたであろう自分の名前だけだった。




