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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
第二章
29/35

それぞれの結末

前回からの続き

ラルフが刑務所に連行され、残りはルベウス家夫妻への判決に渡った。


「マリアンヌ・エメロード、王位奪還の意思はなくとも、反乱により陛下にとって敵方であるルベウス家復興を目論んだことにより、レイヴァン・ルベウスとの関係解消、三か月の拘禁の後、祖国への強制送還とする」

「………はい、受け入れます」

マリアンヌは、静かにエドワードの判決を受け入れた。ルベウス家にいた時のように綺麗にまとめ上げていた黄金の髪は、様々な疲れで手入れする気にもなれなかったため、少し乱れている。

だが、マリアンヌの表情はどこかすっきりしたものだった。

「そしてレイヴァン・ルベウス、本来なら逆賊として即刻死刑となるが、反乱の意思や王位奪還の意思がないことを考慮し、爵位の剥奪と修道院への幽閉を言い渡す」

「……………やっと自由になれる…」

皆それぞれ裁きを受けた中で、レイヴァンだけは自身の受ける刑を喜んでいた。

もう二度とアレキサンドラと戦わずに済み、妻のマリアンヌに苦労をかけさせることがないと。

ルベウス家夫妻の判決が終わり、宮廷はそれぞれ解散となった。


そんな中で、やはりドルーゼは納得がいかないとばかりに苛立ち、一目散にある場所へ向かう。

せめてこの悔しさをあの人に知って欲しい。そんな思いで、目的の扉を開けた。


「っ……!?ドルーゼどうしたの?そんな怖い顔して…」

王女フェリシアや王太子アレックスの子守りをしていたリナリアは、ドルーゼが怒りの形相で駆け込んできたことに驚く。しかし、子供を起こさないよう小声で理由を尋ねた。

「聞いてよ姉さん!!ラルフが死刑じゃなくて終身刑になるんだ!これじゃあ何のために僕は…!!」

「ちょっと大きい声出さないで!フェリシア達が起きちゃうでしょ!」

「っ……幽閉されてあのまま助からなければ…姉さんはあの男から解放されたはずだったのに…王として復活するだけでなくラルフも死なずに済むなんてっ……!!!このままじゃ姉さんはっ…クソッ!!!」

苛立ちで頭を掻きむしりながら、ドルーゼは仮にも王妃であるリナリアの前で王への不敬と捉えられる言葉を吐き捨てる。

姉と二人で生きたかったあまり、王もラルフも死ねばよかったのにと、悔しさで咽び泣きたい気持ちに陥っていた。その憤りを抑えられず、ドルーゼの思考回路は次第に暴走し始める。

最早、誰かを責めずにはいられない状態だった。

「はっ……そうだ…あいつか…あのグレイス侯爵か…!!!亡くなる前にジルコニア公爵に僕のことを話したのか…!?これだからっ…!これだから心のお綺麗な人間は大嫌いなんだよ!!!」



バチンッ!!!


亡きレオン・グレイスのせいにして罵倒し始めた瞬間、ドルーゼは頬に鈍い痛みが走るのを感じた。

ドルーゼが反射的に瞑った目を恐る恐る開けると、目の前にいるリナリアがいつもの優しげな表情から一変して、毅然として愚かな弟を睨みつけていた。

「ね、姉さん……?なんでこんなこと…」

「ドルーゼ、もう良い加減になさい!!!貴方をそんな子に育てた覚えはないわ!!」

「ッ……!?えっ……そ、そんな…僕は姉さんのことを思ってっ……!!」

敵の親玉のものになってしまった、たった一人の家族であり愛する姉を助けたいだけなのに、なぜ姉はこんなにも怒っているのか。

ドルーゼの頭の中は、アレキサンドラやラルフが生きることを恨むのではなく、自身を叱る姉の行動を理解できなかった。

「貴方が私を陛下から解放させようとしたのはよく分かってる。私も…ドルーゼの生活のためを思って陛下と契約結婚をした時はあの人を憎く思っていたわ。我が家が仕えていたルベウス家を敗って没落させたこともね…」

「そ、それなら何で…っ」

「でも今はあの人への憎しみよりもフェリシア達が大事なの!!恨んでたことなんてどうでも良いくらいにあの子達を守りたいって思ってるの…!!今回貴方は直接何もしていなかったとしても…フェリシア達から父親を奪おうとしたことに変わりはないわ!!」

「ッ………!!そ、それは…でも………っ」


ドルーゼは何も言えなくなった。


憎きアレキサンドラの子供でもあるフェリシアやアレックスは、愛する姉の子供でもあることを思い出してしまったからだ。

反乱で父親を亡くしてしまえば、フェリシア達は悲しむことになる。かつて、両親を失って姉と二人で残されてしまった時のように。

今のリナリアの悲しみは、フェリシア達のものと同じになっていることを、ドルーゼは嫌でも気付かされてしまった。

もう姉の中に自分はいない。もしいたとしても、きっと子供達の二の次なのだろうと。あるいは、もう憎きアレキサンドラがその"二の次"になっているのかもしれないとさえ考えてしまい、ドルーゼは絶望感をじわじわと味わっていた。

「………さっき貴方はラルフの減免のことをグレイス侯爵のせいにしていたけれど…あの人は貴方のしていることに気づいていただけで、実際に減免を願い出たのは私なの」

リナリアの告白に、ドルーゼにとっては更なる追い打ちだった。

先ほどの判決で自身を絶望させた原因が、愛する姉であったことは、本人への更なる絶望に相応しかった。

「は……?なんで姉さんはそんな無意味なことを…」

「ドルーゼ、貴方だけが反乱の罪から逃れることは許さないわ。フェリシア達に父親を失う恐怖を与えかけたこと、政治の要だったラルフの人生を狂わせたこと。今後はその罪を全て背負いながら良く生きなさい、その代わり死んで逃げることはないように。これが貴方への罰よ。良いわね、ドルーゼ?」

「ッ〜〜〜〜〜…くっ……!は、はい…分かり…ました……」

何も言い返せないぐらいに姉に詰められたドルーゼは最初の勢いを失い、最早涙目で姉の言葉に従うしかなくなっていた。

弟が頷くのを見届けたリナリアは、静かな怒りの表情から一変し、元の聖母のような笑顔に戻っていた。

「よろしい!もう部屋に戻って良いわよ。疲れたでしょうからゆっくり休みなさい」

怒っていた時とは打って変わって、まるで子供を相手にするようにドルーゼを説教から解放した。そのギャップの激しさに、ドルーゼはすっかりいつもの毒気を抜き取られ、意気消沈していた。

「…………は、はい…姉さん」

「あ、そう言えばもう一つ言い忘れてたわ」

「な、何…?まだ何かしなきゃいけないことある…?」

「前にグランディエ殿下から聞いた話だけど、女の子に対していきなり舌打ちしたり詰め寄ったりするのは相手が怖がるからやめなさいね?今後一切絶対に」

「ッ………は、はいっ……もう、二度としません…」

かつてドルーゼがミーシャに対して行った行為について、名を伏せて叱るリナリアの顔は笑っているが、目の奥は全く笑っていなかった。

ドルーゼには、その姿は反乱の件での説教よりもずっと恐ろしいものに映っていた。



「…………はぁ……この宮廷には嫌いな奴しか存在しないのか…」


リナリアの部屋から出る去り際にぼそっと呟いたドルーゼの言葉は、誰の耳にも届くことなく消えていった。



      ーーーーーーーーーー


ドルーゼがリナリアの部屋に向かった後、宮廷にはアレキサンドラとジルコニア公爵が残っていた。


「今回もご苦労だったな、エドワード」

「陛下、この度は数々の災難に見舞われましたが、このようにご無事で何よりです」

「……ああ。だが、一部のことを除けばこれで良かったのかもしれない。だからこそ今回は良い仕事をしてくれて本当に助かったぞ」

「陛下の有り難きお言葉、深くお受け取り致します。ところで一部のこととはやはり…」

「………トニー・クローズだ」

反乱の始末自体は、全て丸く収まった。だが、アレキサンドラにとってはそんなことは二の次でしかなかった。

トニーを完全にミーシャから引き離すことができなかった後悔のほうが、アレキサンドラにとっては非常に大きかった。

「あの男は性根が腐っている…結婚相手にしようとしているグレイス侯爵の令嬢も気の毒なことだ…」

エドワードからも事情を知らないなりに同情されるミーシャの実情は、アレキサンドラには容易に想像できてしまう。もしトニーが禁錮から解放されれば、またミーシャは辛い日々を送ることとなる。

その証拠さえあれば、ミーシャを助け出すことはできるが、今回はそれが上手くできなかった。

クローズ家で自由が制限される中で、向こうからその実情を報告する手段は無いに等しい。王という身分がなく、反乱の件の関連を無視さえ出来れば、今からでも拘置所に向かって本人に口を割らせたい。

王でありながらミーシャのために何もできない無力さに、アレキサンドラは苛立つしかできなかった。

そんな王を間近で見たエドワードは、トニーを罰することに何か本音がありそうだと、それとなく察する。だが、敢えて本人に聞こうとは思わず、そのまま話を続けることにした。

「クローズ家の使用人達の目を掻い潜って実情を伝えられる者がその令嬢の元にいれば、実態を明かすために我が一家の手でトニーの口を割らせることなど容易なのですが…」

「はは…本気を出したお前の手にかかれば、皆恐れ慄いて口を割るだろうな」

「いえ、そんなことは…私はもう引退しようと考えておりますが、肝心の跡継ぎがもう我が家にはおりませんので仕方なくでございます…」

()()いただろう?お前の跡継ぎに最も相応しい者が」

アレキサンドラが思い出したように言った言葉に、エドワードは眉をピクっとさせ、眉間に皺を寄せ始めた。

「………あれはもう私とは無関係です。社会の秩序を守るため、裏の汚れ役をも請け負う我がジルコニア家には相応しくない。何より向こうから先に跡継ぎなどやりたくないなどと吐き捨てて出て行ったのです」

「まあそう言ってやるな。案外今ではお前が果たしてきた役目の意義を理解しているかもしれない。なんなら一度手紙でも出してやったらどうだ?答えは昔とは変わってるかもしれないぞ」

「……たとえそれが陛下のご命令であろうと、あれに手紙を出すぐらいなら不敬として処罰される方が余程マシでございます。これ以上陛下に逆らうわけには参りませんので、今日のところはここで失礼致します」

仮にアレキサンドラの命令でも、出て行った跡継ぎには死んでも文通などしたくない。

その意地はエドワードの顔にはっきりと書いてあるように見え、あまりの分かりやすさなアレキサンドラは思わず苦笑しかけた。


「やれやれ…親子揃って意地っ張りだな」


出て行ったエドワードには聞こえないように呟いた後、苦笑していたアレキサンドラの表情はまた暗いものに変わった。

エドワードと跡継ぎのことでトニーへの怒りを忘れられていたが、完全に消し去ることはできない。

一ヶ月経てば、トニーはクローズ家に帰れてしまう。両者の合意がないと結婚を反対された恨みから、ミーシャが取り返しのつかない目に遭うのではないかという不安にまで駆られる。

いっそトニーの禁錮中にミーシャを助け出し、宮廷に住まわせようかとアレキサンドラは一瞬考えた。

しかし、すぐにそんな夢のようなことはできないも気付かされることとなった。

宮廷に住まわせれば、ミーシャは王の愛人扱いとなる。仮に王妃にした時以上に辛い目に遭わせてしまう可能性は高い。ミーシャを王妃としなかった理由と酷く矛盾することになってしまう。

ミーシャ自身にその覚悟を持たせないままで宮廷に住まわせる行為こそ、トニーに対して指摘した"合意がない"と同等のものだ。


何より、ミーシャが辛い目に遭っている証拠も掴めてない今、トニーの禁錮中に勝手に救出するのは危険だ。自身が罰を与えたいその男に逆に訴えられる可能性は十分にあり得て、アレキサンドラにとっては非常に不都合となる。


「はぁ……トニー・クローズが戻るのを待つしかないのか…?」


証拠も掴めない今、せめてトニーがいない間のクローズ家で、ミーシャが安心して過ごせることを祈るしかない。


(それにしても…トニーだけでなくその従者や侍女にまで虐められてないと良いが…………ん…?)


そう思っていた所で、アレキサンドラはあることを思いついた。


(そうだ…あの男の従者や侍女が脱出の手助けをしないように見張りをしておかないとだな…俺としたことが、何故こんな簡単なことを思いつかなかったんだ…)


アレキサンドラは、クローズ家の従者や侍女がトニーの脱出の手助けをしないための見張りという、ミーシャを助けるための最も妥当な手段の一つを思いつけなかったことを、一人自嘲した。


しかし、それにしては悪巧みとも捉えられるような愉しげな表情を浮かべながら、翌日にでも見張りを実行してやろうと考えていた。


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