もう一つの天罰
宮廷サイドで、反乱後の処理の話。
ミーシャがルベウス家からクローズ家に戻った翌日、アレキサンドラの前に四人が裁きを受けるために引き摺り出された。
反乱の首謀者であるラルフ・ヴィクトワール公爵。アレキサンドラから王位を奪おうとした疑いのあるレイヴァン・ルベウスと、妻のマリアンヌ。それらに加担しようとしたトニー・クローズ。
ラルフやルベウス夫妻はこれから受ける罰を全て受け入れようとしているのに対し、トニーは責任から逃れたいとばかりに震えながらぶつぶつと「俺は違う」と繰り返していた。
そこに白髪で眼鏡をかけた老年近い男性が現れ、四人に対して鋭い目を向けながら国王の隣に立った。
「これより、このエドワード・ジルコニアが貴方の起こした国王陛下への反乱に関する尋問を執り行わせてもらう。決して嘘偽り無く、全てを事細かに話すのだ」
ジルコニア公爵の丁寧かつ厳しい声に、トニーはあからさまに震え上がった。覚悟を決めていたラルフやルベウス夫妻までも、恐怖で唾を飲み込んでいた。
「まずはトニー・クローズ、お前は今現在引き取って面倒を見ているミーシャ・グレイスとの結婚への許可を求めに、ルベウス家に赴いたそうだな。本来結婚の許可は王から得るものだと心得ている上での行動であれば、陛下の敵であるレイヴァン・ルベウスを王として担ぎ上げようという謀反の意があったと判断できる。これについて異論があるのなら答えよ」
「異論しかない!!俺はヴィクトワール公爵に呼ばれて何も知らずにルベウス家に来ただけだ!!!」
自身の疾しい点を逸らすように、ラルフに全ての責任を押し付けようとするトニーの姿勢に、裏切り者のラルフに憤っていた者も含めて皆呆れ返った表情を浮かべる。
そんな中、マリアンヌがトニーの反論に割って入るように口を開いた。
「そうだったかしら?貴方私のことを王妃陛下なんて呼んで、グレイス侯爵令嬢との結婚の許可を頂きに来たと張り切ってルベウス家に来ていたじゃないの」
「はい、私も公爵夫人からクローズ伯爵のことをそのようにお聞きしておりますが…第一、私は反乱時において一度もこの男を呼ぶ意思を持つことなどございませんでした」
真実を口にしたマリアンヌに加勢するように、ラルフもトニーの嘘と共に自分の主張も口にした。
すぐさま嘘を暴かれたトニーは、顔を真っ赤にし、怒りの形相で二人を睨みつけた。
「こ、このっ……!!!俺の邪魔をしやがって…!!」
「トニー・クローズ!!先ほどの反論は全て嘘だったということか?私は全てを嘘偽り無く話せと言ったはずだが?」
ジルコニア公爵に悪魔も震え上がるような目で見据えられ、トニーはひぃっ、と小さく悲鳴を上げ、ガクガクと震え出す。それでも謀叛の意はないという言い訳を探すように目をきょろきょろと動かし、言葉を絞り出し始めた。
「そ、その〜…わ、私めはただミーシャとの結婚を認めてもらうことが目的で…ですが陛下が宮廷という正式の場にいらっしゃらなかったので…」
「だから陛下の弟の俺にまでその子との結婚の許可を得ようとした…ってわけ?」
「ええ、許可を頂けるなら誰でも…ってグランディエ殿下!?」
アレキサンドラの側でずっと話を聞いていたグランディエが、トニーの言い訳に割り込んできた。
彼もまた、トニーに王として担ぎ上げられようとした一人だ。もしトニーがグランディエにとって都合の悪い言い訳でもされてしまえば、自身も謀反の疑いをかけられる。それを防ごうと、グランディエは先手を打つ準備をしていた。
「エドワード、要するにトニー・クローズはそのミーシャって子との結婚しか考えてない脳みそピンク野郎だったってことだよ。だから謀叛の意はないと思うよ」
「ピンクッ………そ、そういうことだ!!俺のしたことはグランディエ殿下の仰った通りだ!!!ミーシャと結婚できさえすれば何でも良かったんだ!!!」
謀叛を疑われたくないために、恥を捨てて必死の形相で結婚したいだけだと主張するトニーに対し、その場にいる皆は全員「うわぁ…」という引き気味な気持ちで見るしかなかった。
ただ一人を除いて。
「……トニー・クローズ。お前はレオンの娘と結婚したいとばかり主張しているが…その娘は真にお前との婚姻を望んでいるとは到底思えない。どちらも望んだ形での婚姻であると知り得ない限り、私は王としてお前の結婚を認めるつもりはないぞ」
トニーの主張に対して唯一本気で静かな怒りを覚えているアレキサンドラは、あくまで自身のミーシャへの本心を隠しながら、王として最適解な反対の意を述べた。その場にいる者たちは、トニーへの苛立ちも相まって正論だとばかりにうんうんと頷いていた。
公的な場で結婚を反対されたトニーは、何も言えず怒りで顔を真っ赤にさせ、またぶつぶつと不満を漏らし始めた。
だが、ジルコニア公爵はそんなトニーに一切構わず、婚姻の件をぶった切るように口を開いた。
「陛下、今はあくまでこの度の反乱についての尋問中でございます。トニー・クローズの婚姻計画の件はこれ以上関係ございません」
「っ………すまない。エドワード、続けてくれ」
「分かればよろしいのです。では、尋問を続けさせてもらう。次は反乱を引き起こしたラルフ・ヴィクトワール。何故このような謀叛を起こしたのか、理由も含めて全て事細かく話しなさい」
「…………はい、全ては私自身の…グレナデン伯爵への身勝手な嫉妬心と、それに伴った陛下への失望から起きたものです…」
ラルフの、かつて優秀な側近としての姿は今や見る影もなくなっている。纏める余裕もなくほったらかしの髪に、死んだような目。
いつもの厳しくも真っ当に言葉を述べる物言いには、威厳どころか圧の欠片さえもなくなっていた。
トニーの横柄な態度を見た後だからこそ、ラルフのその様は本気で反省を体現しているように映っていた。
ラルフは、全てを正直に話した。
王妃の弟ドルーゼ・グレナデンに自身の座を奪われたことへの恨み、ドルーゼを引き立てようとするアレキサンドラへの失望と怒りを覚えたこと。そう感じたのは、自分自身がアレキサンドラに次ぐ存在であり続けることへの固執が原因だったこと。
そして、自身の思うように動かないアレキサンドラとは違い、全てにおいて従順に動くと判断したレイヴァン・ルベウスを王として担ぎ上げようとしたことを、エドワードの質問に答えるように説明した。おまけとして、トニーの反乱に手を貸そうという提案を断ったことまで話した時には、トニーは余計なことを言うなと憤っていた。
それに続いて、レイヴァンやマリアンヌにも尋問が行われた。レイヴァンにこの国の王座を狙う意思はなかったことは明白だった。マリアンヌ自身も、あくまでルベウス家復興のためにラルフの提案に乗っただけで、レイヴァンを王にすること自体は消極的だったと主張。
全員への尋問が終わり、判決が下される時が来た。
判決の話し合いで数時間席を外していたエドワード・ジルコニアが、再び四人の前に立った。
「まずはトニー・クローズ。結果的に反乱軍としての戦闘はなかったが、ラルフ・ヴィクトワールの証言から反乱への幇助発言が確認されたため、一ヶ月の禁錮を言い渡す」
「は………!?な、なぜだ!?そんな長いこと禁錮にするなど…っ」
「今回は軍に参加して力を貸すことはなかったとはいえ、今後また同じことが起これば、また此度のように幇助発言をする可能性はお前の言動を見れば否定し難いと判断した。反乱の件以外でも色々と追及したいことはあるが…実態を把握できていない以上、今は保留という形を取る。皆の者、この判決に異論はないな?」
判決に納得がいかず声を荒げようとするトニーだったが、エドワードはそれを遮りながら淡々と判決理由を述べ、同意を求めるだけだった。周囲の人々も、当然だとばかりに頷いていた。
「……こんな馬鹿、そのままずっと閉じ込められれば良いのにね」
群衆の中で、セルレウスがトニーに追い打ちをかける言葉を呟いた。
「ッ〜〜〜〜〜!!!この…!!国王の弟だからと調子に乗りやがって!!!」
自身にとって都合の悪い言葉をすぐに察知したトニーは怒りを爆発させ、敬意のかけらもない罵倒を浴びせながらセルレウスに向かって猛突進してきた。
だが、周囲からすれば危険な状況でもセルレウスは全く動じることはなかった。
そもそも、襲われそうな距離にすら達することもなく一瞬で一つの影によってトニーが捕えられたからだ。
「うぐぐっ……!!!き、貴様ッ…何をするッ…!!!いででででッ…!!!」
「動くな。公平な裁きの場を乱すだけでなくセルレウス様に手出ししようものなら、このライヤ・ラズライトがこの手でお前を斬るぞ」
セルレウスを危機から救ったライヤは、軽々とトニーを押さえつけながら、青みがかったアメジスト色の冷たい目で脅しの言葉をかけた。
「ひぃいッ…!!お、お前は…反乱軍を容赦なく斬り殺したという"冷酷の騎士"か…!?」
「俺はまだ騎士候補だ」
「いやそういうことじゃな…ぅあああッ…!!や、やめ…っ…もういっそ禁錮にしてくれぇ…っ」
騎士団で鍛え上げられたライヤの強い力でねじ伏せられ、トニーは降参して禁錮刑を受け入れざるを得なくなった。むしろ、このまま押さえつけられるよりマシだとさえ考えるほど、ライヤに恐怖を抱いていた。
襲われかけたセルレウスは、完全に怯え切っているトニーを間抜け面だと馬鹿にするように、くすくすと笑っていた。
「ほんと君って馬鹿だよね。そのグレイス家の令嬢にとっても、こんなのと結婚するぐらいなら蛙と接吻する方がずっとマシだと思うよ。ライヤ、ついでにそいつを拘置所に連れてってよ。君には何も言えなくなってるみたいだし。兄様もそれで良いでしょ?」
「ああ、色々と言いたいことはあるが、ひとまずライヤ・ラズライトに任せるとしよう」
「はっ!陛下とセルレウス殿下の仰せのままに。ついて来い、トニー・クローズ」
「ひぃいいッ…」
トニーがライヤに連行されて行ったことで、この場にいる人たちは嵐が過ぎ去ったと胸を撫で下ろした。
謀叛への裁きは、本格的な佳境を迎え始める。
そんな中で、一人だけこの騒ぎを楽しんで見ている者がいた。
閉じたような目の隙間から見えるアクアマリンの目は、トニーの無様な姿だけでなく、罰を受け入れようとするラルフを嘲笑うかのようだ。
ラルフの起こした反乱の元凶であるドルーゼは、何の罰も受けることもなく、高みの見物ぶって全てを見守っていた。
(あのクソガキがいなくなった今度はお前の番だ、ラルフ・ヴィクトワール。反乱で姉さんを奪ったアレキサンドラを殺してくれなかったのは腹立たしいが…結婚を許したラルフも同様に憎い存在だ。ああ…判決が楽しみだ…!)
ドルーゼは、自身が愛する姉リナリアを奪ったアレキサンドラと同様に憎いラルフが、処刑されることを祈っていた。
判決を下すのは、アレキサンドラの生まれであるサッピールス家に代々仕えてきたジルコニア公爵家のエドワードだ。全てにおいて理知的に厳しく公平に判断する男でも、王の前に跪く一人の貴族であることに変わりはない。アレキサンドラに謀叛を起こしたラルフへの怒りで処刑という判断を下すだろうと思っていた。
(あくまで国王の体面優先のラルフ・ヴィクトワールがいなくなれば…アレキサンドラが愛するミーシャ・グレイスをさっさと差し出して…理由をつけて契約結婚を無効にしたら姉さんと別れさせられる…!!やっと姉さんと二人になれる!!!)
判決が終幕への向かう中、ラルフやアレキサンドラのようや邪魔者がいない場所で、姉のリナリアと二人で過ごせる世界を、ドルーゼはただただ夢想していた。
かつてアレキサンドラを不幸に堕とすためだけに、ミーシャに対して良い加減夢想するのはやめろと言ったにも関わらず、自分自身も同じことをしているのには、全く気づいていなかった。
エドワードの下す判決を、ドルーゼは姉との幸せな日々を想像しながら、今か今かと待ち続けた。
「……ラルフ・ヴィクトワール、お前のしたことは確かに身勝手な感情によるものとして、擁護のしようはない。仮に国のためだったとしても陛下に反旗を翻し、敵方であるルベウス家を王として担ぎ上げたことは重大な罪である。それは分かっているな?」
「……はい…そのことは重々自覚しております……」
「情状酌量の余地無しの反逆罪により、ラルフ・ヴィクトワールは今より爵位の剥奪と共に死刑の判決を下す」
ラルフに死刑の判決が下された。
アレキサンドラは、いくら謀叛を起こされたとはいえ、かつては大事な従兄弟であり親友だった男を失うことになり、重々しい表情を浮かべる。
グランディエやセルレウスも、表では陰気だの面倒くさいなどと言ってはいたが、心の底ではラルフのことを第二の兄として慕っていたため、表情から滲む辛い気持ちは隠せなかった。
そんな中、やはり一人の男は、やるせないという表情を目元でしつつも、喜びでにやける口元を手で押さえていた。
(ついに…ついにラルフが死ぬ時が来たぞ!!ざまあみろ…!!姉さんが王に奪われることを許したあの男が地獄に落ちるんだ…!!!)
気分が昂り、大笑いしたい気持ちを抑えながらも、ドルーゼの心の中は興奮しっぱなしだった。
そうして喜びを感じているドルーゼの耳に、エドワードのまだ言葉を続けようとする咳払いが聞こえた。
「……だが、これはあくまで本来ならではの話だ。今回の件では、さるお方からラルフ・ヴィクトワールの刑の減免を望まれているのだ。
『ラルフは、国王陛下を陥れたい者によって無意識に心を操られ、利用されていたに過ぎないため、死刑にはしないで欲しい。その元凶は、直接お二方や反乱に対して何もせず、見ているだけだったため、何の刑罰は与えられないかもしれない。それでも、元凶がただ一人満足する結果だけは避けたい』
と、刑罰の減免を望む声を上げておられた」
エドワード伝てで反乱の本当の真相を明かされ、周囲はその元凶を誰かと怪しみ、ざわざわとし始める。
「たかが一人の意見だが、されど一つの重要な意見だ。公平な裁きを下す身として、それも聞き入れなければならない。よってラルフ・ヴィクトワール、謀叛には情状酌量の余地が多少認められるため、本来の刑罰に当たる死刑ではなく、爵位剥奪と終身刑を言い渡す。これが、全てを最大限に考慮して下せる刑罰だ。皆の者、異論があれば挙手願いたい」
本来死刑となるはずだったラルフが、何者かの報告により、終身刑となった。その結果に周囲はざわついたものの、挙手する者ら誰一人としていなかった。
ラルフが誰かの意図によって心を操られていたことを、確証できるものは何もない。現実的にも、一人の意見だけで判決が変わること自体、あり得ない話だ。だが、一部の人間は勘づいていた。
減免を訴えた者は、反乱の元凶はラルフの処刑を最も望んでいることを知っている。その意図を汲み取ったエドワードは、反逆罪という一番の罪を踏まえながら、終身刑が妥当だと判断したのだと。
自身にとって非常に最悪な結末を迎えた全ての元凶ことドルーゼは、悔しさのあまり鋭い目でエドワードを睨みつけていた。
次回も宮廷サイドの話となります




