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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
第二章
27/33

終焉と自覚の時

兵士達に見つからないようにレイヴァン様に連れられた先にあったのは、他の部屋よりは少し豪華な一室だった。

恐らく、ここがレイヴァン様の部屋なのは間違いないだろう。


「ここなら君は見つからずに済むよ。アレンの軍もだけど、何よりここまでトニーが探しに来ることはないはずだ」

「っ………!!で、でも…レイヴァン様は…逃げたいって……」

この部屋まで逃げた意図は、私のためだと分かると同時に、レイヴァン様自身はもう捕まる覚悟を抱いたのだろうと悟ってしまった。

トニーと会うのは嫌だが、かと言って一人の友人であるレイヴァン様が捕まるのは望んでいない。

先ほど本人が言ってたように、このままどこかに逃げた方が良いのではないかと、私は思った。

「………ごめんね、さっきは変なこと言って。僕はやっぱりルベウス家の当主として逃げることなんてできない。マリアンヌや周りの人をこれ以上酷い目に遭わせないようにするためにも…」

そう言ったレイヴァン様は、当主としての責任を思い出したことで、自分は自由になれないと諦めたような表情をしていた。

私も、これでもう逃げることはできなくなった。

否、それで良かったのかもしれない。

私が逃げたところで、サラやグレイ達はずっとトニーから逃れられないことをちゃんと思い出せたから。

「っ…………そ、そう…ですよね。私も…逃げるなんてしたらサラ達が…」

「でも君はまだあのトニーから自由になれる可能性はある。アレンはきっと、ミーシャのことを助けてくれるよ」

「何故…そう思うんですか…?私はもうとっくにあの人に嫌われてて…」

「アレンがミーシャのことを嫌うなんて有り得ないよ」

アレンに嫌われていることを話した途端、珍しくレイヴァン様が話を遮ってまでそれを否定した。

「気持ちまでは断定できないけど、アレンはミーシャみたいに苦しむ人を平気で見捨てるような人じゃないよ。それは子供の時からずっと見てきた僕だから分かる。そのことでアレン自身も苦しむことはあっても、最後には絶対助けに行く強い人だってこともね」

そうだった。アレンはそういう人だったことを、すっかり忘れてしまっていた。

最初に出会った時から、それを理解していたはずだったのに。

当時の、前世の辛いことを思い出させられる髪紐のことで涙を流していた私のことも、見ず知らずの相手だからと放っておくことだってできたはずだ。それだけでなく、自分でも泣く理由すら分からなかった私のことを、アレンはずっと気にかけてくれていた。


突然記憶喪失になったかと思えば、知らない世界で右も左も分からず、それで人間なのかさえも不安定だった状態の私にとって、アレンは優しいだけでなく、私に様々な感情を教えてくれた存在だった。

会えると嬉しい反面、ずっと会えないでいると寂しいと思うことも、裏切られたと傷つき、その怒りまで覚えたのも、全部アレンがいなかったら存在しなかったものだ。

やっとアレンに対して抱いてきた想いの正体が理解できた途端、感情が乱れて決壊したかのように涙がボロボロと溢れた。


「…………レイヴァン…様……私は…アレンのことが……」

「……うん、ミーシャの言いたいことは分かってるよ。でも、それは僕じゃなくてアレンに言わないと」

「……っ…はい…」


肩を撫でて落ち着かせようとしてくれるレイヴァン様は、アレンとは別の形で優しい人だと改めて思う。だからこそ、当主として逃げることは叶わない運命を背負わされていることが、自分のことのように辛く感じた。


涙が一通り落ち着くと、部屋の外で兵士達の荒々しい声がどんどん近づいているのが一層よく聞こえてくる。

その瞬間に、もうどこにも逃げられないことを悟った。レイヴァン様も同じように思ったのか、私にこんなことを言ってきた。


「……ミーシャ、ベッドの下に隠れて。絶対に音は立てないでね」


もう別れの時が来たのだろう。


本当なら、もう昨日の時点で会うことなどなかった、大事な友人と離れるには、忘れられないことが出来すぎていた。


「………はい、レイヴァン様。いつかまた、こうして話がしたいです」

「僕もだよ、ミーシャ。またいつか会おう」

「っ……!?え……ぁ……」

別れの挨拶のはずなのに、何故かレイヴァン様から額に近い髪に口付けをされた。手なら分かるが、何故そこにされたのかがわからない。トニーとは違って恐怖はないものの、その戸惑いで頭の中が真っ白になった。

「ほら、隠れて」

「は、はい」

レイヴァン様の行動で戸惑っている間に、私はベッドの下に入り込む形になった。

真っ暗で何も見えないが、光を求めて布を捲るとバレてしまうため、じっとしているしかなかった。


そして、ベッドの下に入って数分経った後、ドアを蹴破る音が鳴り響き、反射的にビクッと震えた。

「レイヴァン・ルベウス、ラルフ・ヴィクトワールと共に首都イオスまで連行させてもらう」

アレンの声を、久しぶりに聞いた。

低めで透き通るような優しげな声は、何も変わっていない。しかし、レイヴァン様を前にしたその声は、いつもより厳しく冷たいものだった。

「……久しぶりだね、アレン。僕はこんな形で会うのは望んでいなかったけど…」

「…………一つお前に聞きたいことがある」

「ああ、なんで戦おうとしなかったかってことかな?そんなの君と戦いたくないからだよ」

「違う、そんなことはもうとっくの昔から分かっている」

「それなら何も言うことは……」

「"ミーシャ・グレイス"はどこだ?トニー・クローズとここに来ていたのだろう?今すぐ答えろ」

昔話に一切花を咲かせることもなく、アレンは怒気を孕んだ冷たい声色で、レイヴァン様に私のことを聞いてきた。


(っ……!?まさか私のことを探してるの…?)


今ここで姿を見せれば、トニーからは逃れられるが、その代わりにレイヴァン様が怪しまれて怪我を負わされてしまうかもしれない。

それだけは望んでいないため、黙って蹲るしかなかった。


「……僕はずっとここで一人で過ごしていたから、そのミーシャって子も、一緒に誰かと来ていたことなんて知らなかったよ」

「……そうか。トニー・クローズがミーシャを探し出せと喚いているからその前にと思っていたが…よく考えれば本人はそれを望んでいないことも十分にあり得る。レイヴァン、妙なことを聞いて悪かった」

トニーが私のことを血眼になって探しているのは、容易に想像できる。本当はその魔の手から逃れたいため、すぐにでもアレンの前に姿を現したい。私はここに居ると伝えたい。

しかし、今更姿を見せても、レイヴァン様が嘘を吐いていたと思われてしまうことも重々分かっている。

「レイヴァンを連行しろ、私は後で向かう」

「はっ!!行くぞ、レイヴァン・ルベウス」

アレンの命令によって、レイヴァン様が連れて行かれる。

しかし、アレンはまだこの場に残っているため、私はまだベッドの下にいなければならなくなった。


(サラも私のこと心配してるかな…このままここにいるわけにはいかないのに…)


そんな懸念を他所に、人が減ったことでこの空間内では静かな空気が流れる。ルベウス家の当主を捕らえたことで、撤退を始めているのだろう。


「……ミーシャ、もしここにいるのなら、出てきて欲しいとは言わないから聞いてくれ」


しばらく続いていた沈黙を破るように、アレンが口を開いた。

名前を呼ばれた時、まさか気づかれていたのではと心臓が跳ねた。だが、その口ぶりからして、いることには気づいていたが、レイヴァン様のために知らないふりをしていたのかもしれないと、なんとなくだがそう察知した。

「この間は怖い思いをさせてすまなかった。それだけでなく…ずっと正体を隠して、父君やグレイ達まで巻き込んで協力を頼んだことは、本当に悪かったと思っている」

今はもうアレンのしたことを怒るつもりはない。それよりも、何故正体を隠そうと決めたのかを知りたい。

「俺はただ、ミーシャに初めて会った時の違和感を知りたかった。どこかで会ったような、そんな違和感だ。それを思い出したくて、ミーシャとの関わりをたった一度で終わらせたくないと思ったんだ」

私にとっては、初めて会ったアレンはただ綺麗で優しい人という印象で、何もそういう違和感を感じなかった。これも、記憶喪失による影響だろうか。

もしアレンの話が本当なら、ここでの記憶を失い、前世を少しだけ思い出す前の私とはどんな出会いだったのかが気になってくる。

「記憶喪失で覚えていないかもしれないが…まだミーシャがレオンに引き取られる前の頃、俺は王たる者としての重圧と、レイヴァンとの王位争いが始まったことで限界を迎え、町まで逃げたことがあるんだ。今思えば、王としてあるまじき姿だったな」

レイヴァン様から聞いた話以上に、アレンの口から直接話を聞いて、アレンも同じ人間なんだということが改めて分かる。

まだ正体も知らなかった頃も、優しくて心根も強い人として憧れの気持ちもあったが、同時にこんな完璧な人が本当に私と仲良くする意味なんてあるのだろうかと思う時があったから。

「偶然二度目と同じようにグレイス家の近くの森まで迷い込んだ時、一人の泣いている孤児の少女がいたんだ。"贔屓されているからと施設にいる同じ孤児に嫌われている"、"施設の者は優しいフリをして恐ろしい目に遭わせてくる"と」

「ッ………ぅ……っ…」

思い出そうと思っていなかったことが鮮明に蘇り、胸が苦しくなって呻き声を漏らしてしまった。


表面上は優しいが、男女それぞれで私を含めた孤児達の身体にやたらと触れてきたり、もう一人で入れる風呂でもわざわざ脱がせようとしてくる施設の者がいたこと。そんな表面上だけの優しさすら与えられない孤児達からは、贔屓だと嫌われてしまっていたこと。

自分でも訳がわからないなりに、そんな恐怖の無限ループから逃れたくて、深い森の中まで逃げたことまで思い出させられていく。

だが、その後何があったについては、まだ靄がかかっていて分からないままだ。

「その場でなんとかしようと言うべきものを…俺はその少女に色々と伏せた上で自身の悩みを話した。ただ目の前で苦しむ者を放っておけないだけのことを"皆に平等で優しい"と言われるのは辛いと…」

子供に言ってもあまり分からないような話をついしてしまうほど、その当時のアレンは追い詰められていたのだろうか。

レイヴァン様の話と言い、つくづく国王という地位自体そんなに羨ましがられるものではなく、むしろ苦しみしか与えないものとしか考えられなくなる。

「格好悪い大人だと思われることを覚悟で言ったんだが…少女は俺のことを、こう言ってくれたんだ。"目の前で困っている人を絶対に助けるだけで既に優しい人だ"…と」

「ッ……!!ぁ………」

「あの時は俺自身を認められたような気がして…嬉しいと思った。今までの上辺のような賞賛よりもずっと忘れられなかったはずだったんだが…愚かにも俺はその少女がミーシャだと思い出すことができなかった」

靄がかかっていたアレンと本当の出会いが、本人の話で霧が晴れたように目に見えるのを感じる。

施設のことで悩んでいた私と同じように、まだ少年の雰囲気が抜けていない頃のアレンが、重圧に耐えられず辛そうな顔をしていたことを。

今思うと、アレンにはかなり拙い励ましをしていたものだ。下手したらむしろ追い詰めてしまうような言葉だったが、本人は救いの言葉として受け取ってくれていた。

「ミーシャ…隠していたことは全て話した。それでも嫌いだと思う気持ちは変わらないかもしれん…だが、トニー・クローズのことで少しでも悩まされているのなら…俺の方を深く嫌っていようとすぐにでも助け出すつもりだ」

嫌いなままなわけがない。話を聞いて一層アレンのことをどれだけ好きだったかを思い出し、その想いも深まるばかりだった。


それでも、まだ不安は残っている。


アレンの方こそ、本当は私のことを嫌っていて、情けでそう言っているのではないかと。


私自身、最後に会った日にアレンを強く拒絶したことの後悔の念が未だに残っているため、全てマイナスな方向へと考えてしまっていた。


「私がここを去った後、すぐに城門に向かいなさい。トニーは裏切りの疑いで拘束しておいたから、しばらくは大丈夫だ。せめて無事であることを祈っているぞ…ミーシャ」


アレンが去っていく足音が聞こえる。


その音が聞こえなくなった後、私はすぐさま城門まで走った。

令嬢らしくない、酷い格好だった。

ドレスを踏んでしまうかもしれないことも一切構わず、何も考えずに走っていた。

トニーは拘束されていて、追いかけてくることもない。勿論、国王軍の兵士かルベウス家の騎士が追いかけてくる心配は全くない。


ただ、何も考えたくなくて、走っていたかった。


アレンが隠してきたことを知り、本当の出会いを思い出したことを噛み締めていると、感情が決壊してしまいそうだ。その上、今は既に嫌われている可能性まで考えてしまえば、無性に泣きたくなってしまう。

それでも、今考えていることで流す涙を絶対にここで知られてはならないことだけは理解していた。


走っているうちに、城門で待つサラとグレイの姿を発見した。


「お嬢様!探しましたよ!!ご無事で何よりです!!」

「クローズ伯爵のことで話を聞かれる前に逃げましょう、こちらにお乗り下さい」


息が切れそうで、言葉もまともに返せず、コクっと頷くしかできなかった。

疲れてフラフラとした足取りで、サラと共に馬車に乗り込んだ。

サラ曰く、走ってきた疲れで私は馬車の中で眠ってしまったらしい。そのお陰で、サラの目の前でアレンのことを考えて泣いてしまわずに済んだ。



ヴィクトワール公爵の起こした反乱は、今日にて張本人とルベウス家夫妻、ついでにトニーもまとめて捕えたことで、ひとまず終結へと一歩踏み出した。

その翌々日に、トニーは一ヶ月禁錮の刑となった知らせが私の元に来た。


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