最善に縛られて
今回から第2章に入ります。アレキサンドラ視点です
『アレキサンドラ様はとても優秀でいらっしゃるだけでなく、皆に平等に優しい素晴らしい方だ!』
『身寄りのない孤児に国直々で支援を行ったのも全部アレキサンドラ様の計らいだそうよ!』
『現王も仰っていたが、次期王はやはり皆に優しく優秀なアレキサンドラ様に相応しいですな!』
少年時代から俺の周りにいた人達は、大体俺が何かするだけで持て囃してくる者ばかりだった。
その時に一番言葉として貰ったものは、主にこの一言に尽きていた。
『皆に平等で優しい』
俺は、そんな言葉を欲しがっていたわけじゃない。
そもそも身寄りのない孤児に支援を行うようにしたのは、贅沢三昧に過ごすだけでは飽き足らず、不当に利益を我が物にしようとしていた悪徳な貴族共を根絶して、その有り余る利益を折角ならと支援に回していただけだ。
悪を許さない気持ちはあっても、その後のことは単に合理性を求めていたに過ぎない。優しさで行動したつもりはなかった。
そんなことも知らずに、周りの人間はいつも言う。
俺に向かって、"平等で優しい"と。
全てにおいて、"最善"だと思ったことをやっているだけだ。それなのに、その言葉を聞かされているうちに俺は、皆の願う人物を演じようとするようになっていた。
こうすれば喜ぶ。これをしてしまうと不満を与える。
やらなければ、悲しませることになる。
目の前で涙を流す相手に、俺は何度も手を差し伸べようとした。だが、その周りで悲しむ者が現れることは、何度やっても防ぐことはできなかった。
そうなってしまった時、いつも救われなかった人からはこんなことを言われる。
『皆に平等なんて嘘だ』
『どうせ周りが見えていないだけなんだろう』
俺は何でも理解できる神様なんかじゃない。平等に優しくしたつもりはないのに、勝手に理想を当てはめてきたのはそっちだろう。
それでも、勝手に期待されて幻滅される怒りを、俺は結果を出して必死に押さえ込もうとした。それでも、どうしても我慢できなくなった時は、息抜きと称して町に逃げたこともあった。
それは15歳の頃、母上が亡くなり、前王である父上までも病に伏したことで、次期王位についての話題が蔓延っていた時だった。
あの時は町中をただひたすら歩き回っていて、とにかく何かから逃げたい欲に駆られていたことだけは覚えている。
そのせいで、いつの間にか森の中にまで迷い込んでいた。だが、当時はその方が助かるとさえ思っていて、余程追い込まれる何かが俺にあったのかもしれない。
仕方ないかとしばらく水辺で休憩していた時、少女の啜り泣く声が聞こえてきた。
こうして逃げる前なら、すぐにでも駆けつけようと思った。だが、今は誰とも関わりたくないとばかりに、あろうことか当時の俺は無視を貫いてしまった。
その数年後のことを思えば、すぐにでも助ければ良かったと今でも後悔しているほどだ。それでも、俺の誰かを放っておけない性分なのか、結局は声をかけていた。しかし、まさかその少女に一瞬で心を奪われてしまうなど、当時は考えてもいなかった。
あの泣いていた少女には、心を奪われる何かがあったはずだ。『皆に平等で優しい』という人物像に縛られ、追い詰められていた俺に優しい言葉をくれたことは覚えている。にも関わらず、顔は何故か段々と忘れてしまっていた。
だが、今になってやっとその少女をはっきりと思い出せる気がする。思い出せなかったせいで、その子に取り返しのつかない辛い思いをさせてしまった。
もう二度と忘れたくない。最後に一度だけで良いから、会ってそのことを伝えたい。たとえ既に嫌われていようと、言わないままではいたくない。
俺に対して、心の底から偽りなく"優しい人"だと言ってくれたあの少女に。
「貴方は本当に理想論ばかりですね。その甘さが我が身を滅ぼすことを、今に思い知るが良い」
昔の夢から目を覚まそうとした時、ラルフの声が脳内に響き渡った。その瞬間、頭に衝撃が走り、俺の意識はブラックアウトした。
今度こそ眠りから目覚めたと思ったその時、俺は拘束された状態で、見知らぬ場所の中にいた。
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数日後…
反乱軍の頭領であるラルフ・ヴィクトワール公爵によって囚われの身となったアレキサンドラは、ディアナ王国内の古くて薄暗い城の中で、幽閉状態にあった。
ガシャーンッ!!
「……す、すみません…っ」
「………大丈夫だ…破片には気をつけろ……」
初めて就いた給仕の仕事に不慣れな男は、水をアレキサンドラの口に運べず、手を滑らせてカップごと落としてしまう。
ベッドや椅子以外何もない静かな空間で、割れる音だけが響き渡っていた。
「……ラルフ、不慣れな者に無理やり任せるぐらいならいっそ何も出さないでくれ…満足に食べられない食事になんの意味がある…」
「…そこまで言うのなら、俺が給仕にふさわしい方を直々に連れて来てあげますよ。例えば…俺たちのことをお互いの父上と共に可愛がってくれたグレイス侯爵の所の…」
「ッ……!!ミーシャ・グレイスのことか…?」
「生まれは卑しい混血の孤児だが、かつてルベウス王家が統治する領に属していた忌まわしい女とは違い、元々サッピールス家側に属している純粋で無知な小娘だ。あの父親もお人好しなほどに心優しく聡明であられる。だからこそ…王妃をすぐに決めず、そちらを選んでいれば俺はこんなことまでする必要はなかった」
ラルフはアレキサンドラの首を軽く絞め付け、忌々しそうに睨みつけた。首を絞められかけたアレキサンドラは、ミーシャやリナリアを巻き込みたくないため、なんとかラルフに納得してもらおうと、苦しげに考えていたことを話し始める。
「ッ………ミーシャは…王妃とするにはあまりにか弱く儚い娘だ…敬われるべき王妃でありながら、俺を慕う他の女性達に踏み潰されてしまう哀れな姿は見たくない…それにリナリアのことも…」
ミーシャのことは愛しているが、仮にリナリアがいなくても王妃にしようとは思わなかった。愛人にも仮初めの相手にもする気もなければ、そもそも最後に会った時のように想いを告げる気もなかった。
いずれ向こうにも愛する人ができるだろうと思い、ただ見守るだけで良いと思っていた。
ミーシャのこととなると、最善だと思うことができなくなる。むしろ、自分でも愚かとしか言えない選択をしてしまう。
そんな後悔に苛まれ、言葉を詰まらせるアレキサンドラを見たラルフは、可笑しくなってしまったかのように笑い出した。
「ふふっ…はは…あっははははっ!!ミーシャ・グレイスという小娘にはそこまでの配慮ができるのに…何故この俺にはそんな心遣いすらしてくれなかったんだ…!幼馴染だからと俺をぞんざいに扱っても良いとでも思っていたのか…!?俺を遠ざけて、あの女の弟まで側に置くなど…!!」
ラルフは、弟のように可愛がってきた五歳年下のアレキサンドラに裏切られたことが一番許せなかった。恩を仇で返すように王妃リナリアの残された家族である弟を、自分の代わりとして側近にしたことは、我慢ならないことだった。
しかし裏切られたという怒りの中には、自分が"王の右腕"という立場への希求があることに、本人は全く気づけていなかった。
「俺は…そんなつもりは一切なかった…何もかも奪われたリナリアの弟ドルーゼを哀れに思い…その時最善だと思ったことをしただけだ…お前なら…リナリアやドルーゼのことを分かってくれると思っていたのに…」
「……そんな言い訳などもう聞きたくない。相変わらず理想主義で腹立たしい男だ…!!それに俺はあんな奴らと…ドルーゼなんかと分かり合いたくもない!!」
怒り狂うラルフを見たアレキサンドラは、また後悔を覚えた。
目の前で辛い思いをしていたリナリアやドルーゼを助けることはできても、長年の幼馴染を苦しみに気づくことができなかったことを。
「………すまないっ…ラルフ…」
「謝るぐらいならっ…最初からあの女を妃にするな…!!あの男を俺の代わりになどするなぁ!!!あの姉弟のせいで…俺の人生は滅茶苦茶だ!!そうやって目の前の困っている人間とは誰でも彼でも向き合おうとする所が…俺は昔から気に食わなかったんだ!!」
バチンッ!!
怒りに身を任せたラルフの右手が、アレキサンドラの頬を勢いよく打った。
「ぅッ……!!ら、ラル…フ…っ…」
「はぁッ…はぁ……っ…!!今は…これぐらいにしておいてやる…本題はここからだ、アレキサンドラ。なぜ俺がミーシャ・グレイスの名を出したか分かるか?」
「……ミーシャに何かあったのか…?」
「ええ。つい先日、グレイス侯爵がお亡くなりになったそうだ。俺とお前のどちらに付くべきなのかと精神を病み、重い病気になるまで悩んでおられた。ああ、可哀想なことだ…あの方もその娘も…お前が下手に関わったせいで、とても憐れな結末を迎えてしまった…」
「ッ………!?」
ラルフの口から聞かされた訃報に、アレキサンドラは衝撃のあまり目を見開く。
そして、すぐに心配になったのは、ミーシャの今後のことだった。
「………ミーシャはどうなるんだ…?」
「皆の嫌われ者であるクローズ家が引き取ると主張しているらしい。ああ、今の当主はあのグレイス侯爵の弟とは思えない愚か者のドラ息子か。名は確か…"トニー"だったな」
「ッ………!!」
かつてミーシャから昔の話を聞かされたことがあったアレキサンドラは、元々傲慢で無能と思っていたクローズ伯爵家の息子トニーを特に嫌い、やることなすこと全てを反対してきた。
そんな愚かで下品な伯爵家にミーシャが引き取られるかもしれないと思うと、アレキサンドラは不安で堪らなかった。
(ミーシャ…せめて無事でいてくれ…)
仮に幽閉から解放されたら真っ先に会いに行くべき妻や娘、弟たちよりも、ラルフ率いる反乱軍を討つために要塞に向かうよりも先に、ミーシャをあの魔の手から助けたい。
皆が求めている、"誰にでも平等で優しい"人物像を演じるどころか、この場で最善だと思うことすら、ミーシャのこととなると全部どうでも良いと思ってしまう。
そんな自分はやはり愚かになってしまったのだろうと、アレキサンドラは改めて痛感した。
次回から残酷な描写が入りますので、読む方はお覚悟の程を。




