恨みの炎
今回はラルフ視点です
「グレイス侯爵はまだ回復されないのか…去年まではまだ何もないところで転ぶぐらいだったのに…」
「陛下もなぜあんなに落ち込んでいるのやら…まさか女性関係に何か…?」
「しっ!!滅多なことを…!!」
沈んだまま座っているだけの陛下の姿に違和感を抱いた貴族達は、会議が滞っているのを良いことに、ひそひそと会話を始めている。
俺は、とても苛立っていた。
国王ともあろう人が、今行っている国政の話し合いで、非常にくだらないことで悩んでいるという状況に。
二ヶ月前、病気のレオンへのお見舞いとして直接グレイス家に向かって以来、国王アレキサンドラはずっと沈んだ様子で、一向に立ち直る気配がない。
俺はその原因が、前々から本人が通っていたグレイス家の養女ミーシャであろうと予感していた。
(陛下が沈んでいる原因であるあの記憶喪失の小娘の父親から色々聞きたい所だが…本人の体調が悪ければどうにもならないではないか…!!クソッ…!!)
ただでさえ気に食わないドルーゼへの側近教育でストレスが溜まっているというのに、アレキサンドラ様がミーシャのことで落ち込んでいるという問題まで生じ、多方面でストレスが悪化していく。
せめて事情を聞けるグレイス侯爵がいれば、アレキサンドラ様のことはなんとかケアできる。だが、その本人がいないため、俺からすれば八方塞がりであった。
「陛下、ここ最近元気がありませんね。余程何かお辛いことでもあ…」
「そう思うなら今すぐ俺の前から立ち去れ」
冷え切った空気を読まないドルーゼに声をかけられたアレキサンドラ様は、やり場のない怒りを隠さずに冷たい言葉を投げつけた。
こんな状況で話しかけているのを見た俺は、ドルーゼに向かって「馬鹿なのか貴様は!!」と言い放ちたかった。
だが、こんな公の場で怒鳴りつけるのは、普段の俺とはかけ離れて不自然に思われる。俺は、平謝りで去っていくドルーゼを鋭い目で睨みつけるしかできなかった。
普段は温厚な質の陛下が、八つ当たりのように怒りを露わにすること自体、俺自身ほとんど直面したことがなかった。長年の付き合いによる勘で、あの人は相当精神的ダメージを負ったのだろうと、俺は思った。
それでも、その原因であるミーシャと何があってそこまでになるのかが、全く見当も付かない。なぜこうもアレキサンドラ様の周りには問題ばかり生じるのかと、俺は自分の不運さを嘆きたくなっていた。
(いくら父上の跡を継いで公爵位に就き、グランディエ殿下と我が義妹のルイーズを婚約させることができても、他で"思い通り"にならなければ話にならない…!!クソッ…!!それもこれも全部………!!!)
━━━━━━━━のせいだ。
「……ラルフ」
「……っ!!は、はい。何でございましょうか?」
ずっと沈黙を続けていたアレキサンドラ様が、目を伏せたまま俺に声をかけてきた。
怒りに任せてあのまま考え事をしていたら、あらぬ事を思ってしまっていたかもしれない。ドルーゼではない誰かのせいにしたこともだが、その相手を思い返そうとすると取り返しのつかないことになると。
俺はそんな焦りを隠そうと、ポーカーフェイスを貫いて応じた。
「……ドルーゼのことなんだが…」
「……!!ああ、陛下に気遣いもなしに話しかけるなど…」
「少しでも良いからドルーゼと仲良くしてやってくれないか」
「…………は??」
ドルーゼが叱られた流れからして、側近はお前のままで良いと言ってもらえることを期待していた。だが、返ってきたアレキサンドラ様の言葉は、ドルーゼのことを嫌う俺にとっては非常に最悪のものだった。
「……あれだけお怒りになっていたというのに、何故突然そのようなことを…?」
「あの青年を近くで見てて思っていたのだが、必要時以外ではリナリアとしか話していないらしい」
「まさか俺…私にドルーゼ殿と仲良くなれと…?」
「先程は苛立ちのあまり八つ当たりして恥をかかせてしまった。そのせいで誰とも関わろうとしなくなるのは本人にとっては後々面倒なことになり、孤立してしまう。そこでお前から一言声をかけてやってくれないか?お前に教育を任せたのも、対象のドルーゼと絆を深めてほしいと思ってのことだからな」
何故ドルーゼのために、俺が負担を課せられなければならないのか。公の場で話していても、時々鼻につくことを言ってくる"彼奴"なんかのために。
「っ〜〜〜…!!声をかけるだけならまだしも…そこまでのことを…この私にできるとお思いですか…?」
本音としては絶対的に仲良くしたくない。だからこそ、あくまで俺の技量ではできないことにすれば、"人は話し合えばいつか分かり合える時が来る"などという綺麗事で生きているようなこの男でも、流石に他で妥協してくれるだろう。
しかし、俺の謙遜で塗り固められたような拒否など、アレキサンドラ様に届くはずがなかった。
「早急に仲良くなれとは言っていないから安心しろ。今は一声かけてやるだけで良いんだ。それにラルフ、お前も一人ぐらい友人を作れ」
最後の一言で、俺は一瞬で抱いてはならない感情が湧き上がったのを感じた。
一瞬のことだとそれを忘れることはできても、アレキサンドラ様の考えは理解不能でしかない。そして、何を言っても通じないような感覚で、頭痛がしてくる。
長年従兄弟兼幼馴染として支え、絆を深めてきたはずのアレキサンドラ様との間に、大きな壁が築かれていくような気がした。
「っ…………まあ、そうですね。まだ近くにいそうですし、声ぐらいはかけに行こうと思います」
俺にとっては、屈辱レベルの妥協だった。仕事のために声をかけるぐらい容易いことだと思うことで、なんとか自分の中で納得させるしかなかった。
俺の返事を聞いたアレキサンドラ様は、まだ落ち込みが抜けていないなりに満足そうにしていた。
今までなら、アレキサンドラ様の満足する顔が見られれば、俺は何だって頑張ることができた。グレイス侯爵の養女ミーシャと秘密裏に交流することにも、目を瞑ってしまうほどに。
しかし、不思議なことに今はその顔を見るのが辛い…否、最早腹立たしいとさえ思った。
ーーーーーーーーーー
話し合いが終わった頃には、もう夜を迎えていた。
ドルーゼに声をかけたら、早くサッピールス三兄弟の自由人No.2のグランディエ殿下を捕獲…失礼、連れていかなければならない。そして、一刻も早くあの内気なルイーズとの仲を深めて欲しい。
これはドルーゼと俺が仲良くなることの何十倍も大事なことだ。さっさとフォローして帰りたい気分になる。
(全く…ドルーゼは一体どこにいるんだ!?)
早歩きでイライラしながらドルーゼを探していると、曲がり角の向こうでひそひそ声が聞こえてきた。
「グレイス侯爵は一向に体調が良くならないそうだ」
「今まで貴方とラルフ殿の立ち回りでお忙しかったので、随分無理をされたのでしょう」
「そう思うと私も本当に申し訳ない気持ちです。私の至らなさのせいで…」
「ドルーゼ殿のせいではありません!元々侯爵もお身体が丈夫ではいらっしゃらないですし…」
グレイス侯爵の体調を心配する若い貴族達の中に、ドルーゼがいた。
明け透けにグレイス侯爵の噂をする若造共に呆れながらも、俺は何も注意できず曲がり角を利用して隠れるしかできない。
他の者がいなければ、さっさとドルーゼに一声かけて帰れるというのに。
(それよりも…あの男ちゃんと話せる相手がいるではないか!!俺がわざわざ声かけること自体時間の無駄としか思えない…!!)
心底舌打ちしたい気持ちを抑え、陛下の命令だからと、ドルーゼに話しかける機会を待つ。
「それはそれとして、宴の際に見た侯爵の養女ミーシャ嬢はとても可愛らしい娘でしたね!」
「ああ、友人のユリアナ嬢ほどの華やかな美しさはなかったが、やはり結婚するならあの令嬢をと思ったなぁ…」
若造共はグレイス侯爵の心配をしていたのかと思えば、その養女ミーシャが目当てらしい。
清楚で品行方正なルイーズを幼くしただけのような娘のどこが良いのか、俺には理解し難い。あの手の処女信仰が強くて夢見がちな若造や初老共にはさぞかし魅力的に見えるのだろう。
呆れながら聞いていると、黙って聞いていたドルーゼがやっと口を開いた。
「……私も前にお会いしたことがありましたが、確かにろくに物事を知らなさそうな所が可愛らしかったですよ。ついこの間まで陛下の顔すら知らないご様子だったので、それとなく教えて差し上げたのをよく覚えてます」
ドルーゼが、アレキサンドラ様の正体をミーシャに教えていた。
その事実を知った俺は、余計なことしやがってと、今すぐ掴みかかりたかった。
「陛下と言えば…この頃やけに落ち込んでいらっしゃるな」
「ドルーゼ殿は何か知ってますか?」
「恐らく、ミーシャ嬢に正体を知られた挙句、拒絶されたのでしょう」
「拒絶ってどういうことだ!?」
茶髪の青年の驚く反応に対し、ドルーゼは全て知ったかのように話し始めた。
「今まで陛下は正体を隠して、記憶喪失のミーシャ嬢のご様子を見ていらっしゃったそうです。しかし、正体を隠されていたことにショックを受けたミーシャ嬢に拒絶されて……ということだと思います」
陛下がミーシャのことで落ち込んだ原因はドルーゼだったと、俺は本人の口ぶりで理解してしまった。
この男が余計なことをしなければ、陛下が落ち込むことはなかった。上手くことを運ばせて、いずれミーシャからフェードアウトさせるつもりだったのに。
そして、落ち込んだアレキサンドラ様に八つ当たりされたドルーゼと、仲良くしろとわざわざ言われることもなかった。
この男はどこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだと、憤りが沸々と湧いてくる。
「……ちょっと待てよ?それって知らなかったら愛人関係になる可能性もあったってことか!?」
「まあ…その可能性はありましたね。ですが、こうなったのであればミーシャ嬢が愛人になることはないでしょう。私としても、陛下の妻となった姉上のために他の女性の存在は無くしてもらいたいですし」
「貴方結構恐ろしい方ですね…」
順調に進んでいたことを引っ掻き回しておいて、何を得意げに語っているのか。
俺は、ドルーゼへの怒りがじわじわと湧き上がる。そして、そんな男を側近にしようとするアレキサンドラ様の見る目のなさには、呆れるよりも腹立たしさが勝る。
アレキサンドラ様がドルーゼの出身であるグレナデン家の女と契約結婚しなければ、そのせいで俺の順調な道を塞がれると知っていれば、意地でも反対すれば良かった。
俺は今頃、"国王の右腕"の存在になれていたかもしれないというのに。
(………それもこれも全部………っ…アレキサンドラのせいだ!!!!)
綺麗事だけで順調な道を踏み躙ってくる、あの男が憎たらしい。取り返しがつかないなどと考える余裕もない。憎悪を誤魔化して隠そうとするのすら馬鹿馬鹿しい。
恨みの炎が、じりじりと燃え上がっていく音がする。
それはドルーゼに抱いた怒りすらも、遥かに超えていくほどだった。




