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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
第1章
16/37

知らなかった頃には、もう戻れない

一週間前、久々に会えたと思ったアレンは、病気のお父様のお見舞いを兼ねて話をしただけだった。私とは、何も言葉を交わしてくれなかった。


少しだけでも話をしたいのに、アレンは私を避けているような気がする。ただ会えないだけならまだしも、直接会えても避けられるのは辛い。


アレンは私と関わるのが嫌になってしまったんだろうか。

そう思った途端、胸が痛くなってきた。アレンに嫌われたと思うと悲しくて、人から傷つけられる以上の苦しみに襲われる。


(なんであの人に嫌われるって思っただけで…胸が苦しくなるの…?)


私と同い年のユリアナは、この苦しみを経験したことがあるんだろうか。最近話す機会が増えたと言っていたクロードさんに会えない時、辛くないのだろうか。

その原因をもし知ってるのなら、ユリアナでも誰でも良いから教えて欲しい。少しだけ病が回復してきたお父様付き添いとして城に行く今日なら、ユリアナかアレンに会えるかもしれない。

ユリアナに相談するか、アレンともう一度話せたら、この苦しみは消えるだろうか。


そう思いながら、私はあくまで付き添いとしての最低限の身だしなみを、サラや他の侍女達の手で仕上げられていく。いつものように顔周りの髪に二つ括っただけだが、今日は初めて外でアレンに買ってもらった組紐で結んでいる。

深い青を基調とした軽装用のドレスを纏った私は、前より痩せたお父様を支えながら馬車に乗り込んだ。

「お父様…本当に大丈夫…?」

「あぁ…もう休んではいられない状況だから…」

そう言っているお父様の顔色は、ここ最近では良い方だが、元気だった頃に比べると良くないことに変わりはない。

お父様がゆっくり休めないほど宮廷は大変なことになっているのかもしれないと、さまざまな心配は増していくばかりだ。

「旦那様、ご無理はなさらずに。何かありましたらすぐにこの私グレイをお呼び下さい」

「私は大丈夫だ…それより、ミーシャの方を頼んだぞ」

「はい、承知致しました」

グレイは恭しく頭を下げて、他の従者と共にお父様が城に向かうのを見送る。


「少しだけ庭で暇でも潰しますか?許可はいただいておりますので…」

「……そう、しようかな…」


庭園に行けば、ユリアナかアレンに会えるかもしれない。

そう思った私は、グレイに付き添ってもらい、城の庭園に向かった。



      ーーーーーーーーー


「グレイと二人でいるのって新鮮な気がする」

「そうですね、いつもは旦那様のお守り…お仕事が潤滑に進むよう手伝いをしておりますゆえ、中々こうして話すことも少なかったと思います」


ユリアナかアレンを探しながらグレイと二人で庭園を歩く途中、私はいつも隣にはいない人がいる新鮮さに気づいた。

思えば、グレイと話すのはサラやお父様もいる時以外ではほとんどない。だからこそ、まだグレイのことがよく分かっていない。


礼儀正しく、紳士的な振る舞いの反面でたまに毒舌っぽい所と、サラや他の侍女、従者達のように元は孤児だということしか分からない。

ここで15歳になる前まで過ごした記憶を少しずつ思い出してきていても、何故かグレイのことは思い出せなかった。単に元々情報が少ない可能性も否定できないが。

「思ったんだけど…私ってグレイのことをあまり知らない気がするの…」

「えっ…?ああ…確かに私はあくまで旦那様専属なので無理はないと思いますが…」

「それもそうなんだけど…サラとか他の侍女達がどういう生い立ちだったかは具体的に聞いた記憶はあるのに、グレイのことは思い出そうとしても出て来なかったから気になって…」

身近にいるのに、他の人に比べてあまりに情報が少なくて、グレイス家の中で一番謎に思っていたグレイについての話を、今なら聞けるかもしれない。

私は、改めて生い立ちについて聞こうとした。

「グレイって、元々私やサラみたいに孤児だったんだよね?」

「はい、左様ですが…」

「そうなる前までグレイは…」



「今日はグレイス侯爵が復活なされて誠にありがたいことこの上ない!ヴィクトワール公爵とドルーゼ殿の関係修復を託せるのはやはりあの方しかいませんな!」

「…いくらお優しい方だからと言ってあまりグレイス殿にばかり重責を押し付けるのではなく、そちらも自分で解決させる方法を探るべきでは?ガルシア侯爵」

「っ…あ、相変わらずジルコニア公爵は真面目でございますね…」



"どんな風に過ごしていたの?"


グレイにそう聞こうとした言葉は、低い声達に飲み込まれてしまった。


2人の中年の男性が、庭園でお父様について何か話している。

ジルコニア公爵と呼ばれた一人の白い髪が特徴的な中年の男性は、お父様にばかりヴィクトワール公爵とドルーゼさんの仲立ちを任せるべきではないと、相手の人に注意しているようだ。表情は厳しいが、内心は優しい人なのかもしれない。それでも話しかけようと思う勇気なんて絶対出ないぐらい怖そうな人だ。

「あっ、そうだグレイ!さっきの話なんだけ……ど…………あれ?グレイ??」

ちょっと目を離したら、何故かグレイがいなくなっていた。

少しの間しかさっきのジルコニア公爵達を見ていなかったから、何処かに行ってしまったにしても、そんなに遠くには行っていないはずだ。

「探しに行くより待ってた方が良いかな…」

お父様からはいつも言われていた。突然一人になったり迷子になった時は、手早く見つけてもらうために無闇に歩かず、余程の危険が迫っていることがなければその場で立ち止まって待つようにと。今回は一緒にいたグレイも冷静でしっかりしているから、いなくなっても迷わずここまで帰って来れるだろう。

そう思い、私はグレイが来るまで立ち止まって待つことにした。



「おや、こんな所で立ち止まるとは迷子ですか?」


グレイを待っている私に話しかけてきたのは、クリーム色の髪に閉じたような目を持つ男性だった。

実際一度も会ったことがない人だけど、お父様から聞いたことのある人の特徴と一致している。それを思い出した私は、その名を口にした。

「……ドルーゼ様?」

「私のことをご存知だったんですね、ミーシャ嬢。グレイス侯爵からこの国の王の顔すら知らないほどの無知さを心配されて、私のことも教えて頂いたのでしょう?貴族から引き取られた数多の娘の中でも一際幸運なご様子で羨ましい限りです」

ドルーゼさんは笑ったような表情とは裏腹に、言われるたびに気にしていることを直接的に言ってきた。

同じように嫌味を言ってくるアメリさんやマティルダさんみたいな意地悪な表情をしているわけではないのに、何故か笑顔が怖い。

「えっ……そ、その…父がよくドルーゼ様のことを話していたので…」

あからさまに怖そうな人と会話するのと同じぐらい、緊張してしまう。私が迷子であることを気にかけて話しかけてきたのかと思っていたのに、ドルーゼさんからそんな様子は全く見えてこない。

私に何も用がないなら、早く帰って欲しいと願ってしまいそうになる。肝心のグレイは本当にどこに行ったのだろうか。

お父様がよく話題にしていることを話すと、ドルーゼさんは嬉しそうに笑った。その顔だけは、不思議と本当に笑ってるように見えた。

「そうでしたか!グレイス侯爵は素晴らしく優秀でお優しい方だとお見受けしておりますので、そんな方に話題にしていただけるなんて光栄です」

だが、ペラペラとおべっかみたいにお父様を褒め称えるのを見ると、嘘臭いと感じてしまう。

「……あの…私に用があって話しかけたんですよね…?」

そうでなければ、王妃であるリナリア様の弟のドルーゼさんが私に話しかける理由が分からない。

話しかけてきた理由を尋ねた私に対し、ドルーゼさんは耳元に顔を近づけてきた。


「……貴女は、自分が慕ってやまない人はこの腐った貴族社会にいるとは思えないような、裏表がなく美しいばかりだと夢想する哀れな少女に過ぎない。良い加減、その人のためにも夢を見続けるのはお止めなさい」

「っ…………!?」


ドルーゼさんの言葉は、心を突き刺すようだった。まるで、私が一番に会いたいと願っているアレンを信じるなと、関わりを持つのは止めろと言ってるようなものだった。

裏表がなく、綺麗なばかりだと思っているのは、夢想なんかじゃない。アレンは、初めて社交界に来た時、不安で苦しみを抱えていた私を救ってくれた人だ。

「……っ…私は……あ、アレンに……そんなこと…思ってない…」

事実がどうであれ、私はアレンのことを信じたい。夢想をしてるわけではないと訴えると、ドルーゼさんから静かに舌打ちが聞こえてきて、思わずビクッと震えてしまった。

「……だからそれが夢想だって言ってんだろ。これだから物事を客観的に見れない頭の悪い女のガキは…」

「ドルーゼお前何やってんだ!!」

「っ……!?」

「…………はぁ、今度は貴方ですか…"グランディエ殿下"」


突然間に入ってきた青年が、ドルーゼを制するように私の前に立ちはだかった。それよりも、何故王弟グランディエ様がここにいるのだろうか。

グランディエ様は今度は私の手を掴み、そのまま走り出した。


「えっ……!あ、あの……??」

「ほらこっちだよ!!あのドルーゼには関わっちゃダメだ!!」


輝かしい金色のウェーブがかった前髪が、ゆらゆらと揺れている。ドルーゼさんには関わるなと訴えるエメラルド色のまっすぐな瞳は、形も色も違うのに私の知っている人とよく似ていた。


グランディエ様に連れられて、庭園に繋がる階段に辿り着いた。


「はぁッ…!!はぁあッ……!!あ…の…っ……はぁッ……」


全く走り慣れてないせいで、荒くなった呼吸を整えられない。よく分からずともお礼を言うべきにも関わらず、声が思うように出て来なかった。

だが、グランディエ様はそんな私に対して気さくな笑顔で話しかけてきた。

「お礼なんか良いよ。たまたまドルーゼを見かけてやばそうだなぁ…って思って勝手にやったことだからさ。あ、俺はアレキサンドラの弟のグランディエ・サッピールス。君は?」

「っ……ミーシャ・グレイスです。この度は…」

「今は堅苦しい挨拶は無しで良いよ!それより、アイツに何か酷いこと言われてたでしょ?」

「っ…………その……」

改めて事情を聞かれて、アレンを否定されたのに強く言えなかった悔しさが蘇り、目頭が熱くなってくる。

「…慕っている人に夢を見続けるのは止めなさいと…言われました…アレンは…他の人みたいに陰口叩いたり…嫌味なこと…絶対言わないのに……っ…」

王弟であり、もう婚約者もいるグランディエ様にとっては、私の話などどうでも良い話かもしれない。それでも、聞いてもらえるだけで安心してしまう。

それまで抱いていた悔しさや寂しさを吐露した途端、堪えていたはずの涙がぼろっと零れ落ちた。


「ッ…………話は分かったけど…君、今慕ってる人のこと何て呼んだ…?」

一通り事情を聞き終わったグランディエは様の顔は、深刻そうな表情だった。

「あ、アレンです…!知ってるんですか…!?」

「…………君もしかして…俺の兄上の顔も知らないのか…?」

「っ……!?あ、兄上って…?」


アレンの名を聞いたグランディエ様は、何故か兄に当たる国王アレキサンドラ様のことを口にした。

グランディエ様とアレンの見た目はぱっと見ではあまり似てないため、冗談かもしれないと思いたかった。

だが、この人を見ていると、たまにアレンに似ていると思うことがある。それこそ、ドルーゼさんから引き剥がしてくれた時に。


(あの違和感が、グランディエ様の言葉通りだとすれば………)

「落ち着いて聞いて欲しい…そのアレンって人は…」


考えたくないことが頭の中に浮かびつつある私に、グランディエ様はアレンに似たまっすぐな目を向け、口を開こうとした。



「グランディエ殿下、ご自分の立場も忘れて一人の令嬢に言い寄るとは良い度胸でございますね」


あと少しの所で、いつの間にかグランディエ様の背後にいたヴィクトワール公爵の小言で遮られてしまった。

「うわぁあっ!?!?らららラルフぅ!?なんでこんなとこにいるんだ!?ってかもう仕事終わったのか!?」

「はい。それはもう新参のドルーゼ殿に負けじとあくせく働いたおかげで、貴方が不埒な行為をしでかす前にこうしてお迎えに上がることができました」

「わざわざ来たのかよ…そのご親切を無下にするようで心苦しいけど、今この子に大事な話が…」

「我が妹ルイーズの元にいるよりも重要なことがその令嬢にあるとはとても思えませんが??」

ヴィクトワール公爵はグランディエ様の言い分をすべて論破する物言いで、噂通りの怖い人らしい。その人にとっては妹婿にもなるグランディエ様は、たとえ王子でも苦労するかもしれないと思った。

「いやいやいや!!ほんっとにそれどころじゃない問題が今起きてて………」

「……そんなおぼこい小娘相手になんの問題が起きるのやら。さ、グランディエ殿下、私が付き添い致しますのでキビキビ歩いて下さい。では失礼」

「ちょっ…!!おい引っ張るなって!!じゃ、じゃあこの話はまたの機会にしよう…!!」

「は、はい…」


手を振って別れを告げたグランディエ様は、姿が見えなくなるその時まで、ヴィクトワール公爵にずるずると引き摺られているようだった。


(それより……グランディエ殿下がアレンのことをお兄さんみたいに言ってたのが本当だったら…)


私が今まで慕っていた人は、アレンという真っ直ぐな心を持つ美しい人ではなく、自由奔放で王妃リナリア様を放置する酷い国王のアレキサンドラ様だったということになる。

そして、後者だとすれば、自分のせいで放置されていたかもしれないリナリア様には、とても申し訳ない気持ちになる。


そんな嫌な可能性は、あって欲しくない。ましてや、アレンが私に嘘ついているなんて信じたくない。


「……………グレイのこと…早く探さないと」


最悪な予感を、今すぐ忘れたい。アレンを疑いたくない。

グレイを探しながら、私はこの場から早く立ち去りたいと強く思っていた。


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