小話:隠し事と攻防の末に
手足が凍つくほどの寒空の中、アレキサンドラ・サッピールスは、レオン・グレイス侯爵家に遊びに来ていた。
今年22歳を迎え、来年の6月には23歳となるまだ若い盛りの男だが、アレキサンドラはれっきとしたディアナ王国の国王である。
蒼銀の美しい髪と、深い青色の瞳を持つ絶世の美男子であり、一見近寄り難く感じられるも、実際は寛大で人当たりが良い。誰に対しても平等に接する、王として相応しいとされている。
だが、アレキサンドラはまだ王となって一年も経ってない頃に、リナリアと契約結婚をした。
王でありサッピールス家の当主でありながら、自分の家と敵対するルベウス王家の派閥に所属していた伯爵家の娘リナリア・グレナデンと。
その娘の両親が、アレキサンドラの率いるサッピールス派の一人の人間に侮辱され、殺されたことまでは知らなかった。だがアレキサンドラは、同い年のリナリアの哀れな現状に同情し、持ち前である目の前の困ってる人を放っておけない性分により、リナリアとの結婚を決めた。
その経緯で契約結婚してから4年経った今は、娘のフェリシアがいる。
この結婚は、周りの人間に反対された上で成立したものだ。その者達には、リナリアが王妃でいられるのは自分が死ぬまでで、その後は寡婦年金で宮廷外の場所で静かに過ごさせると何度も説明して、やっと認められた。
それでも、リナリアとの関係の中に、お互い真実の愛などというものは存在しない。またお互いにとって愛する人間さえも、存在していなかった。
しかし、現在に至る4年の間で、アレキサンドラの方には変化が起きた。
多忙な父の代わりとして育ててくれたレオン・グレイス侯爵が引き取った、東洋人との混血の孤児ミーシャのことだ。
ミーシャに興味を抱いたのは、アレキサンドラが昔に出会った少女に似ていたからだった。どのような娘だったかは具体的には思い出せない。だが、ミーシャと同じように、純粋で儚げな雰囲気を持っていたことだけは、本人も確かに覚えている。
最初は、本当に昔出会った少女かどうかを確かめたいだけだった。だが、今はそんなことは関係なしに、アレキサンドラはミーシャを愛してしまっている。
二ヶ月前に、息子である王太子アレックス誕生を祝う宴の後、意地の悪い娘たちに絡まれていたミーシャを助け出したことをきっかけに、恋心を自覚し、守りたいという気持ちまで芽生えたのだ。
だが、ミーシャはアレキサンドラのことを、一人の優しい貴族の青年"アレン"だと思い込んでいる。本当は既に妻も子もいる国王であることなど、全く思ってもいない。
今まで見てきた貴族女性の中でも稀な、純粋無垢でか弱い少女をそうして騙すことは、アレキサンドラとって心が痛むことではあった。
だが、自分の正体を隠していなければ、ミーシャが他の宮廷女性達に妬まれ、絡まれるだけでは済まないぐらいに踏み潰されてしまう。それを防ぐためには、どうしても必要なことだった。
だが、一週間前に、ついにミーシャの父レオンから、『早くミーシャに正体を明かしてやってくれ』と手紙で頼まれた。
だからこそ、王ではないと騙し続ける日々を終わらせるために、アレキサンドラは今日この日、ミーシャに自分の正体を告げることにした。
ただひたすら、天使のように可愛いと思ってきたミーシャを一人の女性として意識してしまうことがある今、リナリアの元に行ってその気持ちを押さえつけることが多くなっている。
そのせいで、ミーシャの元に行けずにこれ以上寂しい思いをさせるくらいなら、自分が王だと告げて、嫌われた方が良い。リナリアにも申し訳ないことをしているのだから、早くこの問題を解決させるべきだ。
アレキサンドラなりの、けじめのつもりだった。
今日は、自分の正体を告げるために、ミーシャの家に来ていた。ミーシャの養父であるレオンからは、今日言わなければ公用以外でグレイス家に来るのを禁ずると宣告されている。
アレキサンドラはいつになく緊張を感じながら、ミーシャにいつ告げようかと、タイミングを計っていた。
もうミーシャは、記憶喪失になったばかりのように、精神が幼い故に御伽噺だけで喜んでいた年ではない。一人の立派な淑女として歩み始めている。そのための勉強をしている姿を、アレキサンドラはただ感心して見ているなんてできなくなっている。
真剣に本に向き合うミーシャの横顔に見惚れるだけじゃない。解けかかっている組紐で少し乱れている髪に触りたい。窓辺からの陽に透ける頬を撫でたい。
何故か心が衝動的に惹きつけられる綺麗なブルーグレーの瞳で見つめて欲しい。そのまま、ミーシャを自分のものにしてしまいたい。自分自身でも、6歳も年下の少女にこんな想いを寄せるなどどうかしているとは分かっていても、思わずにはいられない。
そんな思いで、溢れかえっていた。
「ねぇアレン、アメリさんとマティルダさんの話なんだけど…」
「……!?ミーシャを馬鹿にしていたあの令嬢達か?まさか何か酷いことでもされたのか…!?」
「ううん、そういうわけじゃないの。この前家に来たユリアナから聞いたんだけど、あの人達がこの国の王様の…愛妾?っていうのになりたいって言ってて…」
「そ、そんなことを言ってたのか…あまり関心できない話だな」
ミーシャの口から国王の話題を出されて、一瞬心臓が跳ねかけたアレキサンドラだが、すぐに平静を装った。
「うん…それで、私もそれぐらい人気な王様はどんな人なのか気になってきて…アレンは知ってる?」
「ッ…………それは…」
その王は、ここにいる。
今、隣で勉強を教えている一人の貴族が、王だと伝えたい。
ミーシャに嫌われる覚悟はできている。
人を騙すような人間なんて大嫌いだと罵られる準備はできていた。
「ミーシャ…実は……」
「お嬢様、少し休憩しましょうか」
「うん、分かった。アレン、一緒にお茶飲もう」
「あ、ああ…ありがとう…」
伝えようとしたところで、グレイが入ってきてしまった。内心邪魔が入るのならサラのほうがまだマシだったアレキサンドラは思った。
グレイの目は、どことなくミーシャに正体を明かさないことを責めるようでいて、どちらかというとなかなか思い通りにいかないことを嗤っているようだと感じさせられる。アレキサンドラはそれが苦手だった。
こうして話せるタイミングの良いところで入ってきたのも、実はわざとなのではないかとさえ思っていた。
「ん?アレン、なんか肩に白い毛が付いてる…」
アレキサンドラへ追い討ちをかけるように、肩に自身の地毛が一本落ちていた上に、ミーシャにそれを発見された。
「っ!?そ、それは…」
「ああ、それは私の毛ですね。先ほどアレン様がつまづきかけた所を支えたので、その時に落ちたのでしょう」
「そうだったんだ…アレン大丈夫?」
「っ……大丈夫だ…ミーシャの執事は優秀だな」
グレイが助け舟を出したことで、なんとか地毛だとバレずに済んだ。だが、ミーシャの知らない所でつまづいて転びかけていたという、恥ずかしい嘘を言われたアレキサンドラは、グレイを睨みつけたい気持ちを堪えた。
「ねぇグレイ、この国の王様って本当はどんな人なの?」
ミーシャは、グレイにまで同じ質問をする。その質問を聞くなり、グレイはアレキサンドラをちらっと見た。
そしてニヤリと小さく笑うと、質問につらつらと答え始めた。
「この国の王はこの世のものとは思えないほど美しく、人柄も大変良い方ですよ。しかし一つ大きな欠点がありまして、御本人と同じ年頃の王妃様よりもずっと年下の娘にしか興味を持たない、所謂"幼女趣味"らしいです。旦那様はそのことについては大変嘆いておられました」
アレキサンドラの正体を知っているグレイは、敢えて後半から本人の前で悪く言い、その時だけお手本のような執事の笑顔になっていた。
その勝手な悪評も今の状況においてのみ該当してしまっているため、アレキサンドラは半ば追い詰められている。
(……グレイめ…あくまで俺の思い通りにはさせないつもりだな…?)
「…そういえば、アレンってアメリさんが言ってた王様と目の色が似てるよね?もしかして、王族と親戚だったりするの?」
ミーシャが無邪気に聞いてくる質問は、アレキサンドラの心を抉るものだった。普段は天使のような存在のミーシャが、今のアレキサンドラには小悪魔のようだった。
(親戚ではなく俺はその本人だ!!ミーシャ…頼むからこれ以上グレイを焚き付けるようなことは言わないでくれ…!)
しかし、アレキサンドラの願いは届くことはなく、グレイは良い餌をもらったとばかりにまたニコニコと話し始めた。
「親戚な訳じゃないですかお嬢様。こんなお優しいアレン様と、見た目と資質を全て台無しにするロリコンすけべ野郎の国王なんかと血が繋がってるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないことですよ!ねぇ、アレン様??」
「この国の王様って自由に歩き回ってるだけじゃなくてすけべなの…?………なんかやだ」
アレキサンドラにとっては、この空間は地獄と化していた。
"アレン"の正体を知った上でのグレイの悪意たっぷりの話と、それをまんまと信じて嫌がるミーシャを、目の当たりにしたせいで。
「ところで…ロリコンって何?」
「それは知らなくても大丈夫ですよお嬢様」
(もう言えるわけがない…ミーシャに正体を明かして普通に嫌われるよりも…すけべ野郎として嫌がられたら本当に立ち直れない…)
こうしてアレキサンドラは、この日は結局言えなかったことがレオンにバレてしまい、また手紙で説教を受けることとなった。そして、グレイス家に用事があっても、ミーシャとは会うことは出来なくなったのだった。
グレイス家の個々のアレキサンドラへの感情
レオン→正体明かさない上でまたうちの娘に近づいたら今度は出禁にしますからね
サラ→なるべく早く、お嬢様が悲しまない程度に正体明かして欲しい
グレイ→お嬢様を誑かした罰として一回痛い目見ろ




