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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
第1章
13/33

壊れゆく関係

前半は宮廷サイド、後半はアレキサンドラの弟グランディエ視点の話です。

世継ぎ誕生の宴から二ヶ月経ち、秋半ば特有の肌寒さを少し感じ始める季節に入った。


2年前から解決が遅れていた国王の長弟グランディエの婚約相手や、今後の国政についての人材にようやく纏まりがついた。

今日はそれら二つのことを、宮廷で報告されることになっている。特に、婚約の件については、グランディエの女好きという噂も相まり、なかなか相手が渋って纏まりが付かない状態が続いていたため、皆やっと決まったかと安堵していた。


その一方で、国王アレキサンドラは執務室で沈んでいた。レオン・グレイス侯爵から送られてきたある手紙を読み返しては、憂いを含むため息を吐いてばかりである。

世継ぎ誕生の宴の後、レオンからの手紙によって、しばらくの間はグレイス侯爵邸によほどの用が無ければ、"アレン"としてミーシャに会いに行くことを実質禁じられてしまったせいだ。

ミーシャに正体を明かさなかった自業自得であることは、アレキサンドラ本人も重々分かっていた。宴中に連れ出した際の変装を解くタイミングで、自分は王であると明かすべきだったと後悔もしている。

元々は初めて会った気がしなかった相手であるミーシャへのその違和感の正体を確かめたかっただけで、それを理解できればすぐに自身の素性を明かすことに抵抗はなかった。


だが、アレキサンドラは正体を明かすことを躊躇ってしまった。

正体を明かすことでミーシャから失望されるという、たった一つの恐れによって。


(……我ながら随分情けないものだ…騙し続ける方が余程向こうからの嫌悪が大きくなるというのに…)


ただミーシャに対して感じた最初の違和感を知りたかっただけなのに、いつの間にか常に会いたいと願うばかりか、本人に嫌われることを恐れてしまっている。


(レオンの手紙にも書かれているように…何も言わずにこのまま会わずにいて忘れさせる方がミーシャのためなのだろうか…)


忙しさを理由に会わないうちに、いっそフェードアウトするべきかと悩む中、ノック音が聞こえてきた。


「兄上、ラルフが皆広間でお待ちしているのでお急ぎ下さいとのことです」

「グランディエか………今行く、少し待っててくれ」

「そう言って何回もこっちは待たされ…って兄さん!?どうしたんだ!?めちゃくちゃどんよりしたオーラ出まくってるけど!?」

アレキサンドラが沈んだ声のまま返事をすると、弟のグランディエが呆れたような面持ちで入室した。だが、あまりに暗い表情をする兄を見て驚きを隠せなかった。

「別に何もない…」

「いやいや絶対あるでしょ…今にも死にそうなんだけど…?」

「本当に…俺個人の問題だから大丈夫だ…」

「ふーん…良からぬ噂が纏わりつく厄介者の俺の婚約者を決めること以上に面倒なことが起きたんだな」

人の良さそうな雰囲気とは裏腹に、グランディエは嫌味っぽい表情になる。親身になって話を聞こうとする姿勢は全くなく、むしろわざと嫌味っぽい物言いばかりだ。

そんなグランディエに対し、アレキサンドラはまた溜め息を吐きたい気持ちになる。

「………気持ちは分かるがそのような言い方は改めろ。お前の婚約については、俺とリナリアの結婚の影響を受けて纏まりがつくのが遅くなっただけだ。それにお前の噂の元は全て演技のものだと分かっている…だから厄介などと言うな」

アレキサンドラによるフォローしながらの注意を聞いても、グランディエは安心したような表情もしない。たとえ顔は笑っていても、冷めた目は変わらないままだった。

「……兄さんが俺のことちゃんと分かってくれてるのなら嬉しいよ。まぁ、俺としてはそれぐらい分かってて当然であって欲しいんけど」

グランディエはアレキサンドラの言葉に感謝を示しながらも、また意味ありげに嫌味を残した。


(………お前をここまで歪ませたのは俺のせいだな…)


弟グランディエの女好きの噂は、全部国王陛下の契約結婚について良からぬことを言われないために、臣下達が弟に頼んで演技をさせていたためだ。

かえってその方が悪影響が出やすいことも知らずに弟に演技を頼んだ臣下達は勿論反省すべきではある。それに、元を辿れば自分にも責任があると、アレキサンドラは弟に罪悪感を持っていた。

どうしても自分達の弟セルレウスにはさせられないと考えて自ら引き受けたとしても、グランディエには辛い思いをさせたことに変わりはない。


「それより。兄さんはどうして沈んでたんだ?」

グランディエが重苦しい空気を払拭させようと話題を変えてくれたが、アレキサンドラにとっては沈む気持ちを思い出させるに過ぎなかった。勿論、グランディエ本人もわざとではない。

「………レオン・グレイスから手紙で説教を受けてな…」

「あの人から??珍しいな、孤児の娘を引き取ってからはあんまり会ってなかったのに…まあ、あのレオンが説教ってことは兄さんが相当やらかしたってことだろ?」

「…………そういうことだ」

「それにしても説教でそこまで落ち込むなんて兄さんらしくないな」

落ち込んでるのはレオンの説教ではなく、娘のミーシャと会えないからだ。などとグランディエに言えば、弱みを握ったとばかりに皮肉と嫌味をたっぷり返されるため、アレキサンドラは黙っておくしかなかった。


「…陛下にグランディエ様。これ以上皆様をお待たせして何を呑気になさっているのです?早くおいで下さい」


扉の向こうから、ラルフの低い声が聞こえた。

ずっとアレキサンドラ達が来るのを待ち続けていたためか、ラルフが我慢の限界で怒りのオーラを出しているのが、国王兄弟にはひしひしと伝わっていた。


「げっ…!!ラルフ…分かってるって今行くから!!」

「すぐ行く。そう急かすな」


これ以上待たせてラルフから雷が落ちることを恐れた兄弟は、急いで準備して広間に向かって行った。



      ーーーーーーーーーー


やっと玉座の広間に到着し、国王としての顔になったアレキサンドラは、挨拶は省略して本題のグランディエの婚約と今後の国政についての報告をし始める。


「我が弟グランディエの婚約についてだが、相手は隣にいるラルフ・ヴィクトワールの義妹君ルイーズとなった。グランディエやラルフのために祝福してやってくれ」

国王に促された臣下達は、立ち上がってグランディエの婚約決定とその相手の兄であるラルフにそれぞれ祝福の言葉を送る。

「ご婚約おめでとうございますグランディエ様!」

「やはりグランディエ様のお相手はルイーズ嬢でしたか!」

「ルイーズ嬢もヴィクトワール家のおかげで幸運なことだ!」

「ヴィクトワール家一門の今後も安泰ですな!」

皆から祝福され、グランディエは変わらず飄々した笑顔を浮かべ、ラルフの表情には兄としての喜ばしさが滲み出ていた。


「この際なんだが、ラルフには伝えておきたいことがある」

祝福の空気の中、アレキサンドラが割って入った。

「はい、何でしょうか…?」

「ドルーゼ、こちらに来なさい」

「は、はい陛下…!」

緊張した面持ちで、ドルーゼがアレキサンドラの元にやって来る。

ドルーゼとラルフが向かい合う状態になると、呼び出したアレキサンドラはラルフに向かって口を開いた。


「明日からお前にはドルーゼの補佐と若い人材の教育を担ってもらう」

「えっ…!?お…僕の補佐って…」

「…………………は??」


アレキサンドラの言葉に対し、ドルーゼは驚くだけだったが、ラルフは怪訝そうな顔をしながら一際低い声を発した。


「………陛下、何故そのようなことをお考えに?それに若い人材の教育ならグレイス侯爵がいるでしょう?」

「レオンが現在もその役目を担うことに変わりはないが、レオン一人では今後心配だ。だからこそ宮廷勤めの経験が長いお前が中心となり、ドルーゼ達を補佐をするのが適任だと思っている」

「っ………期待の言葉を頂けるのは光栄ですが…ドルーゼ殿が陛下の側近の立場というのはまだ早いのでは…?」


ラルフは納得がいかなかった。今までは自分がアレキサンドラの側にいる立場だったというのに、突然ぽっと出の若造であるドルーゼにあっさり奪われてしまったことに。

そのドルーゼは、自身にとって納得のいかない結婚相手である、アレキサンドラの妻の弟のため、屈辱さえ覚えていた。


「どのみちお前だけに側近の立場にさせて、これ以上負担をかけ続けるつもりはなかった。だが、ドルーゼには荷が重いと分かればすぐにラルフと交代させる。それまでは教育と補佐に力を入れて欲しいんだ、聞き入れてくれるか?ラルフ」


頼みを聞いてくれとばかりに、アレキサンドラから真剣な眼差しで見つめられる。その圧倒されるような眼差しを受けたラルフは、はっきり嫌だと断る気が失せた。


「………はい、ご命令通りに務めさせていただきます…」


そう言って頭を下げるラルフの表情は、屈辱と恨みで歪んでいた。その恐ろしい表情は、誰からも気づかれることはなかった。



      ーーーーーーーーー


数時間後…


張り詰めた空気が続く中でやっと話が纏まり、皆解散となった。

婚約発表のためだけに来させられたグランディエは、やっと解放されたとばかりにため息を吐いていた。そして、今後は結婚するまでルイーズのいるヴィクトワール公爵家に通わなければならないため、憂鬱な気持ちを抱えていた。


(今日からルイーズの元で過ごさないといけないのか…まぁ、そうなるだろうなとは思ってたけど)


ルイーズのことは嫌いではない。だが、特別好きでもない。だからこそ、気持ちが盛り上がらないのに毎日顔を見せに行く退屈さを考えるだけで、足取りが重くなっていた。

それ以上に、グランディエにとってはむしろ従兄かつ今後は許婚の兄となるラルフ・ヴィクトワール公爵の方が苦手だった。いちいち堅苦しくて、昔ながらの考え方に縛られている五歳年上の従兄兼幼馴染とは、グランディエからすればどうしてもウマが合わなかったのだ。

そんな男と上手くやっていけているのは、自分より二歳年上の兄アレキサンドラぐらいであると、周りの人間達も認識している。グランディエは兄のそういうところは尊敬できるが、同時にラルフほどではないが苦手でもあった。


(無駄にキラキラしてる兄さんとは真逆だったからむしろ上手くいってたのかもな…つーかそれだったらラルフも最初から兄さんとルイーズを結婚させれば良かったのに…!)


結婚する予定のルイーズも、本当はアレキサンドラの方が良かったのかもしれない。せっかく前王の妹が嫁いだヴィクトワール公爵家に引き取られたのなら、結婚相手は次期国王を望むはずだ。他の貴族や貴婦人、令嬢達のように、どうせ皆自分よりも兄の方が良いと思っているのだから。

その考えが根付いてしまっているグランディエは、堅苦しく古風な考え方を持つラルフの被害者同士でも、ルイーズと簡単に仲良くなるのは難しいかもしれないと感じていた。


薄暗い気持ちに支配され始めていると、クリーム色の髪の青年を見かけた。


「おっ、ドルーゼくんじゃないか!おめでとう、明日から兄上の側近になれるなんてツイてるなお前!!」

グランディエは表向き用の明るい表情を取り繕って、ドルーゼを祝う言葉を並べて茶化しながら肩をバシバシと叩く。

「僕には勿体なきお言葉です、グランディエ様。グランディエ様もヴィクトワール公爵の妹君ルイーズ様とのご婚約が決まったではありませんか」

「あははは!ドルーゼ、お前の方がツイてるのは間違いないぞ。だってお前…あのラルフと立場を交代させるなんて何か事情がないと絶対有り得ないだろ??ドルーゼくんに聞きたいんだけどさ、兄上に何か言ったんでしょ?」

グランディエが顔を近づけて真相を尋ねると、ドルーゼは張り付いたような笑顔のまま、質問に答える。

「………ただの忠告ですよ。ヴィクトワール公爵がグランディエ様と自分の義妹ルイーズを結婚させれば、公爵家の権力拡大に繋がる。そうなればいずれは王をも凌ぐ存在になり得るとね」

「ほーーん…それで兄上にラルフのことを警戒させるために、権力拡大を防ぐという建前を兄上に持たせてラルフを側近から外させたと…お前優しそうな面して恐ろしい奴だな」

「建前だなんて…!僕はヴィクトワール公爵が本当に王を凌ぐ権力を拡大させた時の危険を防ごうと…」

困ったような眉をしながら尤もらしいことを述べるドルーゼに、グランディエは即座に嘘くさいと感じた。

ドルーゼの言ってることは一理あっても、こんな男に騙される兄も兄だと、グランディエは弟ながら呆れそうになる。


「あーあ…兄上が羨ましいなぁ、こんなできた義弟ができるなんて。俺には堅物でめんどくさい義兄上だぞ?最初から兄上にルイーズ、俺にリナリア様って感じに事が進んでれば全て上手く収まってたのにな……いでででっ!?」


肩に組んでいた手を強い力でぎゅうっと握りしめられ、グランディエは思わず声を上げてしまった。そして、ドルーゼの顔を見て戦慄まで覚えた。

リナリアと自分が結婚すれば良かったといった趣旨のことを口にした瞬間から、グランディエに対してアクアマリンの鋭い瞳を露わにし、ギロッと見据えていたのだ。

流石に王弟の立場でも不敬に当たるかもしれないことを言ったのは自覚していたものの、憎しみすら感じるドルーゼの眼差しに、グランディエは不敬だけが理由ではないとすぐさま感じ取った。

「いやいや冗談だぞ!?今の発言は不敬にも値するし何よりルイーズにも失礼になることは俺もちゃんと分かってる…!!だからつねらないでくれ!!」

「…今後はお気をつけ下さいね、グランディエ様?」

「ッ〜〜〜!!と、とにかく明日から頑張れよドルーゼくん!」

このドルーゼという男を、安易に揶揄ったりしてはいけない。

はっきりと理由はわからなくともそんな危機感を覚えたグランディエは、逃げるようにルイーズの元へと向かって行った。



一人取り残されたドルーゼは、グランディエに汚いもので触られたとばかりに、手で肩を払っていた。


「………チッ、油断ならないめんどくさい男だな。大体お前なんかが僕の姉さんと結婚できるわけないだろ。まあいい、それでもやっと邪魔なラルフを退けて屈辱を与えられた…次は陛下、貴方に沈んで貰います。運が良ければ、ミーシャ・グレイスにも協力してもらうとするか…」


張り付いた笑顔を歪ませ、一人怪しく笑うドルーゼの思惑を、グランディエは知る由もなかった。


堅物系モラハラVS腹黒シスコン糸目の始まりです

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