棘だらけの場所で
突然現れた二人の貴族令嬢達から、東洋人の混血の孤児のくせに社交界の場に居座ること自体おかしいと言われてしまい、心が萎んでしまうのを感じる。
「…ミーシャのことをとやかく言う前にまず自分の名前ぐらい名乗り出たらどうですか?」
私のそんな様子を見かねたユリアナがそう言ってくれなかったら、二人からもっと冷たい言葉を浴びていたかもしれない。
ユリアナの注意で何も言えなくなった二人が、それぞれ名乗り始める。
「……私は軍事部の統括をしているガルシア侯爵の娘アメリよ、覚えておきなさい」
「…………マティルダ・フローレスですわ」
私よりもさらに小柄で、オレンジの瞳に亜麻色の髪を編み込みにして結んでいるアメリさんは、わざわざ自分の実家の紹介までしてくれた。よほど自分の父に誇りを持ってるのだろう。
マゼンタ色の瞳と長い髪を持つ背の高いマティルダさんはというと、私たちに対するそっけない態度を変えないまま太々しそうに名乗った。
「……私は、ミーシャ・グレイスです」
「あら、ちゃんと名乗れるだけの教養はあるのね!挨拶もろくに出来ないかと思っていたのに!!」
「お父様に恥をかかせるわけにはいきませんものねぇ?あの方もただでさえ野良犬同然の小娘なんかまで引き取ってばかりなせいで"お人好し侯爵"と言われてしまう始末ですし?」
改めて名乗った私に対して、アメリさんとマティルダさんはまた嫌味を言うだけでなく、お父様まで悪く言い始める。
まるで何も考えず適当に恵まれない子供をたくさん引き取ってるみたいな言い方をされているようで、今すぐこの二人の言葉を否定したくなる。
「っ………お父様はそんな軽々しい気持ちで私を引き取ったわけでは…」
「ええ、分かってますよ。あの方は真にお優しい紳士だからこそ、貴女みたいなのを引き取ったせいでそんな揶揄いを受けてしまうことをむしろ私達は案じているの」
マティルダさんは口ぶりだけ心配そうにしながら、私自身が暗に言われる度に気にしないようにしてきたことを改めて直接突きつけて来た。
「……お父様が私のせいで揶揄われる…」
「そんなことあり得ないから大丈夫よミーシャ…!」
「ユリアナさんも相当なお人好しのようね。サイネリア宰相のご子息の前でもそのようにお優しい振る舞いをなさっているのかしら?このような娘にも優しくしていればクロード様の気を引けますものねぇ」
私を庇ったせいで、次はユリアナまで対象になってしまった。本人が恋心を抱いているクロードさんのことで揶揄われて、ユリアナは顔を赤らめながらマティルダさんを睨みつけた。
「私は好きでミーシャと仲良くしているだけよ…!それに今はクロード様のことは関係ないでしょ!?」
「え〜〜!?ユリアナったらムキになってそんなこと言っちゃって…!最近ではあの方がよく行く図書室にまでわざわざ赴いていると噂になってるわよ?相当お好きでないとそんな噂出ないはずなのに…どこからそんな噂が沸いたのかしらねぇ??」
「それ以上仰ってはユリアナさんも可哀想ですわアメリ様。それにそのようなお話をなさっても意味を理解できない方がここにいらっしゃるじゃありませんか?うふふふ」
「やだ、私としたことがすっかり忘れてたわ!ミーシャさんもなんかごめんなさいねぇ」
噂やゴシップ、恋沙汰好きの年頃の令嬢にとっては、元孤児の私だけでなく、クロードさんを好きなユリアナは良い格好の的になってしまうらしい。本当なら、ユリアナは何も言われなかったはずなのに。
クロードさんがよく図書館に行くことは知っていたが、そこからは私も知らなかったことだ。
秘密を気安くアメリさんに話され、マティルダさんと一緒になって馬鹿にされたことで、さっきまで強気で反論していたユリアナは涙目で顔を真っ赤にしてしまった。
それでもユリアナに対して聞こえよがしにくすくすと嘲笑うアメリさんとマティルダさんがいる空間に、もう耐えていられない。
「………っ……や、やめてください…!!ユリアナにこれ以上…何も言わないで…っ…」
理不尽に嘲笑われるユリアナの姿はあまりに見ていられなくて、つい口を出してしまった。後が怖いと分かっていても、これ以上黙ってはいられなかった。
するとアメリさんとマティルダさんは、口答えされたことに対して意地の悪い笑顔から一変して怖い顔になった。
「アンタ…今この私に口答えしたの!?思った以上に身の程を弁えられない生意気な小娘ね!!」
「ち、違います…!私はユリアナが…」
「いくらお優しい飼い主に躾けられても、野良犬は所詮野良犬ってことがよぉくわかったわ。今すぐ立ち去りなさい!」
ただユリアナを守りたかっただけなのに、それで怒りの沸点に達してしまったアメリさんとマティルダさんに酷い言葉で詰められ、恐怖で涙が滲んでくる。
泣いてはダメだ。今はお父様やサラ、グレイに守ってもらえないし、私はもう宮廷に出入りできる淑女だから毅然としなければならない。
分かっていても、アメリさんとマティルダさんに睨まれて詰られる状況に置かれて、私は辛くて堪らない。
「……ぅ…っ……………!?」
堪えていた涙が溢れた瞬間、頭の中でとても辛い出来事が過ぎった。
(今のは……何…?今の状況と似ていて……それより…もっと辛いことが……昔…あったような………)
アメリさんやマティルダさんに詰められてる時と同じ状況で、今以上に辛かった出来事を思い出しかけた時、また頭がズキンと痛んだ。
前世の、美加理だった頃を思い出したり、思いだそうとした時と同じ現象だ。
今以上に辛かったことが、前世にもあったのだろうか。
そう考えただけで、涙が自然と止まらなくなった。
「あらあらついに泣いちゃったわ!!」
「野良犬にはこのような場所はまだ早かったんでしょうねぇ。ユリアナさんか飼い主の侯爵様に慰めてもらえば?」
二人の嘲笑う声で、現実に戻された。こんな辛い現実に戻るくらいなら、頭が痛みを覚えていようと、前世のことを思い出している方がマシだ。
そう思いながら、私は次から次へと流れる涙を拭おうとした。
「一人の女性に寄ってたかって下賤な言葉で詰めようなど、淑女とは思えない振る舞いだな」
「っ………!?」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、その声の主である背の高い黒髪の男性が私とアメリさん達の間に立った。
顔には目元を隠す仮面が付けられているが、私だけはその人が誰だかすぐに理解できた。
(アレン…!!来てくれたんだ…!)
「それに、この令嬢だけでなく育ての親であるグレイス侯爵まで愚弄するとは…君達の方が余程躾が必要な野良犬…いや、野良犬の方がまだ可愛らしいと思えるくらいだな」
「っ………わ、私が野良犬以下とでも言いたいんですの?」
「そうよ!!ガルシア侯爵家の娘である私にまでそんなこと言うなんて…!」
アレンに倍で言葉を返されてしまったアメリさん達は、わなわなと震えて顔を真っ赤にさせた。
「そちらの方の言う通りですよ、ガルシア侯爵令嬢にフローレス伯爵令嬢」
ざわざわし始める中で、また現れた一人の男性が、ユリアナを庇うように前に立った。
「ッ……!?く、クロード様!?」
ユリアナが口にした名前を聞いた途端、いつか話してくれた本人の好きな人だと理解した。
ラベンダー色の髪に、黄色と赤紫のオッドアイを持つ眼鏡の優しげな男性クロードさんは、紳士的な笑顔のまま話を続ける。
「確かに僕は最近ユリアナが図書館にいるのをよく見かけましたが、彼女は教養を身につけるために多くの書物を毎日のように読み進めていました。書物の中には専門の方でなければ解読し難い言語のものもありました。それほどのものを解読できるまで努力し続けたユリアナを嗤う必要なんてありませんよね?」
「…………み、見ていらっしゃったんですか…?」
「はい、それに見かける度に常々思っていましたよ。ユリアナは本当に立派な美しい淑女に成長したなと…」
大好きなクロードさんに褒めちぎられたユリアナは、先程とは違う意味で顔をドレスと同じように真っ赤にさせ、扇で顔を隠してしまった。
それを優しい笑顔で見つめているクロードさんを見て、マティルダさんが悔しそうな表情で爪を噛んでいる。
「ぐっ……クロード様の前でストーカー女だと暴露してやろうと思ってたのに…ッ」
「な、なんなのよこれ…!!」
アメリさんも不服そうな表情をし始めると、周りで見ているだけだった人達から、二人の様子に対してくすくすと笑う声が聞こえてきた。
『ご覧なさい、未来ある宰相子息にまで無様に叱られるあの小娘達…みっともないわねぇ』
『まだ社交界に出たばかりのお嬢さんを虐めるなんて酷い方達…』
『流石はガルシア侯爵の娘と言ったところだな(笑)』
『俺の愛する美しいユリアナ様にまで嫌味を言った罪は大きいぞ小娘共…!!ついでにクロードめ…許さん…!!』
ひそひそ声の中には、私やユリアナを憐れむ人もいれば、アメリさんとマティルダさんを嘲笑する人達がいる。たまにクロードさんへの嫉妬の声もあったけど。
「ッ〜〜〜〜〜〜!!き、気分が悪くなったのでここで失礼いたします…!!」
広間で様々に飛び交う非難に耐えられなくなったマティルダさんは、アメリさんを置いて城から逃げて行った。
「ちょっとマティルダ!?私はまだパ…お父様を待たなければいけないから帰れないのよ!?」
(あんなに意気投合して私に酷いこと言ってたのに平気でアメリさんを置いてくなんて…結局私の悪口でしか繋がりがなかったってことなのかな)
「ひゃッ………!?」
置いて行かれたショックで喚き始めるアメリさんをぼーっと眺めていると、突然誰かに腕を掴まれた。
不審な人かと思い、掴んでいる手の主を見ると、アレンが私をどこかに誘導しようとしていた。
「アレン…?」
「静かに。あの娘にバレないようにそっと行くぞ」
「……う、うん」
突然男性の手でどこか知らない場所に連れて行かれるこの状況には、当然警戒した方が良いに決まっている。
ただ、私に取ってはこの棘だらけの場所にに居続けるよりはずっとマシだった。何より、会いたいと願っていたアレンと少しでも長く一緒にいたかった。
私はアレンに腕を引かれるがまま、誘導されていった。
ーーーーーーーーーー
黒アレンに連れられ、広間から廊下に出ると、どんどん元いた場所から遠ざかっていく。
「あ、あの…どこまで行くの…?」
「……もう少しだけ付き合ってくれ」
広間から遠ざかると、段々と不安になっていく。こんな遠い知らない場所に向かっているせいだろうか。
そうして歩いているうちに、美しい庭園の中にある白い建物の中に入った。それと同時に、アレンが突然後ろを向き、仮面を外し始めた。
「………??仮面取っても大丈………っ…!?」
話しかけようとした言葉が止まってしまう光景が目に入った。
夜の光に照らされて、いつも以上に一層美しく神秘的な青い瞳が、露わになる。
私が今日ずっと探していた人が目の前にいるのだと、嬉しくて仕方なかった。
「…ミーシャ、やっと会えたな」
「……ア、アレン…!?なんでこんな格好で!?」
「この格好のままだと家元まで正体がばれて、後々面倒なことになる。ミーシャのことを助けに行くためには必要だったんだ。見事にバレなかったな…」
確かにあの場ではすぐ気づけなかった。声を聞いた時はそっくりだとは思ったが、目元を隠していたおかげで私でも一瞬似ているだけだと勘違いするぐらい、皆がアレンだと見抜けない変装だったと思う。
「私を助けるためにそこまでしてくれたの…?」
「ああ、あれ以上酷く傷つけられる前に助けられて良かった…ミーシャ」
安心し切ったような表情で、アレンは私を抱き締めてきた。
前に抱き締められた時もあったが、前みたいに心が安らぐだけじゃない。今は身体が熱くて心臓が鳴り止まない。アレンも余程私を心配してくれていたのか、前の時とは違って鼓動がとても早いのを感じる。
だが、抱き締めていた身体が離れた瞬間に、寂しい気持ちになった。前とは全然違う、抱いたことのない感情だった。
それを理解できていないままだが、私はどうしてもアレンに言いたいことがあった。
「………アレン…今日ここに来てから、ずっと会いたいって思ってたの…」
「っ……そう思っててくれたのか…?」
「うん…こうして助けてくれたのもすごく嬉しかった」
短い時間でも会えるだけで嬉しいと思っていたのに、ここで二人で話せることがもっと幸せだと感じられる。
広間にいた時は、煌びやかな世界の裏にある複雑な事情や、周りの視線の冷たさやアメリさん達の棘のある言葉が怖くて辛いと思っていた。そこから、アレンは救い出してくれた。
「助けてくれてありがとう…アレン」
この人はいつも私を救ってくれる。アレンが居てくれるから、負の感情を背負わずにいられる。
「………ミーシャ…俺もお前に会えて嬉しいよ…」
本音を吐露したアレンに頬に触れられ、顔を近づけられる。何をされるのか分からないながらも、本能的に目を瞑ってしまう。それでも、私は逃げようと思うこともなく、アレンの顔との距離がゼロに近づくのを感じていた。
「ミーシャ!!どこに行ったんだ!?」
「お嬢様!!もうお帰りのお時間ですよ!!」
もう少しで唇が触れそうなところでお父様とサラに呼ばれる声が聞こえ、我に帰って目を見開くと同時にアレンとの顔の距離が離れた。
「………もう迎えが来たみたいだな。一人で父の元に行けるか?」
「やだ…」
「ミーシャ?」
無意識のうちに、口から我儘が漏れてしまった。もう帰らなければならない、アレンから離れることが嫌だと思った途端、口が勝手に動いていた。
「っ……ごめんなさい、まだ帰りたくなかったからついこんなこと言っちゃって…本当に一人で帰れるから大丈夫。さよなら、アレン」
「あ、あぁ…」
これ以上我儘を言ってしまわないために、私はアレンに別れの挨拶をして、足早にお父様の元まで向かった。
すでに近いところまで来ていたのか、すぐにお父様を見つけることができた。
「ミーシャ!!すまない…クロード君やユリアナ嬢に聞いたんだが…私がいない間に何か巻き込まれていたんだろう?大丈夫だったか?」
「うん、アレンが助けてくれたからなんともないよ」
「……そうか、良かったな。悪いんだがお父様は少しだけここで大事な用があるんだ。サラと一緒に馬車で待っててくれないか」
「……?分かった」
アレンのことを話した時、お父様がなぜか深刻そうな表情をしていたのが気になったが、大事な用と言われるとここに居続けるわけにもいなくなった。
お父様の言う通りにサラと一緒に馬車で待っているうちに、私は今日色々あった疲れで少し眠ってしまったらしい。アレンと会えて嬉しかったことを考えながら、幸せな夢を見ていたのは、鮮明に覚えている。
その次の日から、段々とアレンが私の元に会いに来ることが減ってしまうこと自体、この時は考えてもいなかった。




