煌びやかな世界には棘がある
「………今日は失敗しないと良いけど…」
「大丈夫ですよお嬢様!今日のために今まで頑張ったのですから、自信を持ってください!」
記憶を失ってから約一年以上経ち、私はこの世界で16歳を迎えていた。
今日という日を迎えるまで、様々な出来事があった。
二ヶ月前、私と同じ誕生日の日にディアナ王国の世継ぎが誕生したのだ。その当時はお父様も泣きながら喜ぶあまり、また書類で足を滑らせていた。そろそろお父様の身体が心配になっているところだ。
それはそれとして、王妃リナリア様にずっと付きっきりの弟の代わりに仕事をしていて中々会えなかったアレンも、先月やっと家に来て、世継ぎの誕生を喜んでいた。
ただ、一通り喜んだ後に何故か深刻な顔でこんなことを言っていた。
『"あと一人"で、また辛い思いをされることはなくなる』
事情を聞くと、今の世継ぎが夭折してしまった時のためにもう一人男の子がいないとダメらしい。
お父様の客人の話で、出産はとても大変なものだということを耳にしたことがある。リナリア様はまた辛い思いをしなければならない日が来るのかと思うと、胸が痛む気持ちだった。
それでも万が一のために、国王の王弟二人も順番に王位継承権を持っているとのことだ。ただ、長弟グランディエは女好きで軽薄だから王位を任せるのは不安だと、アレンが自分のことのように呟いていた。王族とそこまで関わりが無いのに、アレンは本当に優しい人だと思ったのを、私は鮮明に覚えている。
そういう複雑な事情を知った中で、産後の病を患っていたリナリア様の体調が二週間前に回復した。それに伴って、今日は正式に宮廷で世継ぎ誕生の祝いの宴が夜に開かれることになった。
その祝いの席にはお父様も参加しなければならない。これを機に、養女である私は社交界デビューすることが決まった。
だからこそ、私は今とても緊張して身体が震えている。友人のユリアナも来てくれるが、既に向こうは社交界デビューしているため、私だけが初めて宮廷に行くということになる。
ただでさえ元孤児かつ、血統主義の貴族からは蔑まれる東洋人との混血の身の私に、上手く宮廷の雰囲気に打ち解けられるだろうかと、心配でたまらなかった。
(宮廷の宴にアレンがいてくれたら良いけど…もしいなかったらすごく不安だ…)
そして、もう一つ心配なことがある。
社交界デビューをするということは、記憶喪失後では実質今日で初めてアレンやお父様、グレイ以外の男性と会話をすることになる。
私はどちらかと言うと人見知りな方だ。知らない男性に話しかけるなんて恥ずかしいとかよりも、どう対応すれば良いのか分からない。
お父様からは話しかけられるまでは基本的に黙っていれば大丈夫だと言われているが、問題はそこからなのだ。
せめて空気と化してやり過ごすしかない。
そう決意しながら、私はサファイアブルーをアクセントにした淡い青色のドレスを着せられ、それに似合う化粧や髪型を施されていく。
それでも祝いが始まる時刻に近づくに連れて、緊張はどんどん高まっていった。お父様と一緒に馬車で向かう頃には、身体が石で固まっている感覚だった。
「それじゃあ行こうか、ミーシャ。そんなに緊張しなくても大丈夫だ。とても可愛らしく仕上げてもらったのだから自信を持ちなさい」
「は、はいっ……!」
緊張のあまり、声まで思わず裏返ってしまう。だが、お父様がそれを見て大丈夫かと心配そうな顔をしたため、とりあえず笑って誤魔化しておいた。
ーーーーーーーーーー
移動から二時間後…
「ふぅ…やっと着いた…災難だったよ…」
「うん…これって遅刻になるのかな…?」
「いや、いつもの道が塞がっていて通れなかったという理由があるから大丈夫だ」
宴が行われるディアナ王国の首都イオスの中心にある城に辿り着くのに、かなり時間がかかってしまった。
いつも通るらしい道が塞がっていたため、遠回りするしかなかった。それだけでなく、宴が開催されるということなのか、遠回りするための道さえも他の馬車で混んでいた。
それらのせいで遅れに遅れ、着いた頃にはもう宴は始まっていた。
「ただ…王妃陛下はともかく国王陛下にご挨拶は難しいだろうな…挨拶が終わったらすぐにどこかに行ってしまうお方だから…」
「そうなんだ…」
この国の国王は自由人なのだろうか。今日は自分の子供の誕生を祝う日だというのに、どこかに出かけるなんてあり得ないと思ってしまう。お父様だけでなくアレンは世継ぎ誕生を喜び、さらにはリナリア様の心配までしていたというのに。
今の治世は平和だと言われているけど、本当に何でも自由に行動するような人で大丈夫なのかと、大きなお世話かもしれないが心配になった。
「ひとまず王妃陛下にご挨拶に向かおう」
お父様の言葉にコクっと頷き、私はただ後を着いて行く。
会ったこともない人と会話をするのはとても緊張するため、城の中に入る直前まで心臓の鼓動が鳴り止まなかった。
だが、いざ城の中に入るとそんな緊張は全て消え去った。
「っ………すごい…」
煌びやかな世界が目の前に広がり、自分の知らないばかりで新鮮さを感じている。
辺りを見回していくと、とても華やかな衣装や宝石で飾り立てている女性達があちこちにたくさんいる。少し圧を感じるぐらいに。
「ミーシャ、行くよ」
「は、はい…!」
お父様の差し出した手を取り、広間の目立つ場所にある玉座に座るリナリア様の元に向かう。やはり国王のアレキサンドラはいなかったようだ。
しかし、向かう最中にそんなことを気にしていられないような視線が突き刺さるのを感じた。
あの子は誰なのだろうと不思議がるような、生易しいものなんかではない。
むしろ、蔑みさえも感じさせられる冷たいものばかりだ。
『……あれが東洋人との混血の娘かしら?』
『相変わらずグレイス侯爵もお人好しな方。あんな混血の孤児まで引き取るなんて…』
『まあ混血の孤児だなんて…リナリア様の血筋がマシに見えてしまうわね』
私を見てみんなが静まり返っている中で、ヒソヒソと陰口が聞こえてくる。私だけでなく、お父様やリナリア様まで悪く言う言葉が胸を刺していく。
(………ここは綺麗なとこばかりじゃないんだ…それ以上にみんなの嫌な感情の方がたくさん詰まってる…)
怖くて泣きそうになるが、本当に泣いたらみんなに笑われてしまう。嫌な表情を変えないままで。
何とかぐっと堪えて、リナリア様の元に辿り着いた。
「王妃陛下、この度は誠におめでとうございます。レオン・グレイスは王女殿下並びに王太子殿下共々健やかなるご成長を祈っております」
いつもの穏やかなお父様が、跪いて厳かな言葉遣いで祝いの言葉を告げている。私はドレスの裾を持って頭を下げるしかなく、その間はずっと緊張しっぱなしだった。
「……ありがとう、グレイス侯爵。そちらの可愛らしい方が貴方の娘ですか?」
「はい…今回を機に社交の場に出すことに致しました。ミーシャ、ご挨拶なさい」
お父様に促されて、私はぐっと喉を鳴らして口を開く。
「っ……ミーシャ・グレイスです。お初にお目にかかれて光栄です…っ」
何とか噛まずに、最後まで言い切ることができた。
まだ慣れていない様子丸出しの私でも、リナリア様はニコニコと聖母のように笑って見守っていた。
「ミーシャさん、今夜はゆっくりしていらしてね」
「っ………!!は、はい…!」
こんな優しい聖母みたいな人がなんで自由にどこかに行ってしまう国王と結婚したんだろう。そう思ってしまうぐらい、リナリア様はとても素敵な人だと思った。
再びお父様に連れられてリナリア様の前から去ると、広間の端っこに辿り着いた。
「申し訳ないがお父様は向こうで話をしなければならないんだ。少し待っててくれ」
「分かった、私はユリアナを探してくる」
お父様がいなくなり、私はユリアナを探しに広間の中を移動する。
だが、人があまりに多くて探すのも時間がかかってしまう。
「っ………!?」
「ひゃっ……!!」
きょろきょろと見回しながら歩いていると、誰かとぶつかってしまった。
女の子のような小さい悲鳴が聞こえ、その主を見てみる。
(わっ…可愛い…!でも…なんか顔色が悪い…?)
ぶつかってしまった女の子は、ハニーブロンドの三つ編みと黄色の瞳が特徴的な可愛らしい雰囲気だ。しかし、転んだ拍子にクリーム色を基調とした可愛い花柄のドレスの裾をぐしゃぐしゃにしてしまっていた。
「ご、ごめんなさい…大丈夫ですか?」
「っ……!!私もすみません…っ…あの…急いでるので…っ…」
起こすために手を差し出そうとしたが、断られて逃げられてしまった。
女の子が私以上にとても不安でいっぱいになっている目をしていることが、ずっと頭から離れない。
(……あの子も緊張してたのかな…?でも…それにしてはなんか…)
不安を感じているというより、何かに怯えているようだ。私はそんな気がしていた。
「ミーシャ!ここにいたのね」
「っ……!ユリアナ…!!」
ぶつかった女の子のことが妙に引っかかって頭から離れないまま歩いていると、ようやくユリアナと会えた。
ボルドー色の髪とターコイズブルーの瞳に似合う真っ赤なドレスに身を包むユリアナは、いつも以上に華やかで綺麗だと思った。
そんなユリアナは、私の後ろの方に視線を向け、少し驚いたような顔をした。
「ヴィクトワール公爵の義妹のアリス様まで来てたのね…ほら、後ろにいる三つ編みの子…」
ユリアナが指した方向を見てみると、そこにはさっきの女の子が沈んだ顔で俯いていた。
「……ぶつかった時も思ったけど具合でも悪いのかな…」
「………やっぱりあの噂は本当かもしれないわね。前はとても活発な方だったのに」
女の子もといアリスさんの顔色が悪いことを心配していると、ユリアナがぼそっと呟いたことが気に掛かった。
「噂…?」
私がそう尋ねると、ユリアナが顔を近づけ、扇子で口元を隠したまま話し始めた。
「アリス様は…王弟グランディエ様の婚約者候補に上がってる姉のルイーズ様から嫌われているらしいの」
「っ………!?えっ……」
私にとってその噂の内容は、あまりに衝撃だった。時々思い出しかける前世の家族だけでなく養父とも仲が良い方の自分には、血の繋がっている家族なのに嫌われるということが想像し難いせいかもしれない。
「お姉さんに…?グランディエ様のことで何かあったとか…?」
「一応…グランディエ様の女好きも可能性としてはあるみたいだけど、ルイーズ様は所詮政略結婚だからと特に気にしていらっしゃらないみたい。それよりむしろ、ヴィクトワール公爵の教育の仕方に原因があるらしいわ」
女好きのグランディエ様も十分問題はあるけど、そんなことが気にならないぐらいに教育の関係で何かあったのだろうか。
「…………もしかして…どっちかにばかり厳しかったの?」
「……そんな感じね。ヴィクトワール公爵はかなり男尊女卑な方だから、グランディエ様と婚約を結ばせるために"上品な淑女らしくあれ"と、義理の妹として迎えられたルイーズ様には厳しく教育されているのよ。だから今もルイーズ様は、良く言えば上品…悪く言えば華がない感じなの。今もグランディエ様やヴィクトワール公爵と話してるわ」
噂の的がアリスさんからルイーズ様に切り替わり、ユリアナはルイーズ様がいる方に視線を向けた。
グランディエ様らしき人は、ユリアナの視線の先にある空間の中で一際美貌が際立っていた。少し吊り上がった深いエメラルドのような瞳と輝かしい金髪を持ち、ウェーブがかった前髪を左の方で分けている。
その人と主に話しているヴィクトワール公爵は、コバルトブルーの髪をきっちり纏めたオールバックで、琥珀色の目はとても鋭い。
その隣で静かに話を聞いているルイーズ様は、ヴィクトワール公爵と同じ色の髪を下の方で結び、ピンクレッド色の瞳を伏せている。本当の兄妹じゃないのが不思議なくらい、二人の似ている気がした。服装の色味は本人に似合う淡い菫色を基調としているが、ユリアナの言う通り華やかと言うよりは清楚という感じだった。
「……ヴィクトワール公爵ってなんか怖そう…」
「……ルイーズ様と言い、本当にあの厳しい兄を持つと大変ね。大抵の貴族はあの公爵に目をつけられないよう心がけているの。ミーシャも気をつけなさいね」
「う、うん…」
ユリアナからヴィクトワール公爵に関する話を聞いて、ルイーズ様が可哀想だと思いながら、私には気になることがあった。
グランディエ様を見た時、一瞬アレンと少し似ていると思ったことだ。
二人の見た目と雰囲気は全く違うはずなのに、なぜかとっさに似ていると判断してしまった。
アレンと同じようにグランディエ様も美形だと思ったから、自然と似ていると感じただけなのだろう。
(……それにしても…今日はアレンいないのかな…?)
グランディエ様に似ていると感じたアレンのことを思い出し、会いたい気持ちが強まった。
(はぁ…会いたいな…)
寂しさを感じて、思わずため息をついてしまった。
「ミーシャ…大丈」
「あらごきげんようユリアナさん。そちらにいらっしゃるのはもしやあの噂の…?」
「本当に噂通りの…ねぇ?」
心配してくれたユリアナの言葉を遮るように、二人の貴族令嬢達が意地悪そうな表情でやってきた。亜麻色の瞳に、オレンジ色の髪を編み込みのハーフツインテールにしている子が、マゼンタ色の瞳と長い髪を持つ女性の言葉に合わせて、ニヤニヤ笑いながら見てくる。
「………噂ってなんのことです?」
「そりゃあもう東洋人との混血の孤児のくせにこの場に居座ってるミーシャ・グレイスのことに決まってるでしょう?」
「っ………!?」
見下すような目つきで亜麻色の髪の子から私の出生も含めてあからさまに揶揄され、私は戸惑いを覚えた。




