プロローグ
(…………ここはどこ?長い間眠ってた気がする…)
長い眠りから目が覚めた気分でぼんやりしていると、下半身の腹部の辺りに鈍い痛みを感じた。おまけに全身がやけに怠い。
私は、"水瀬真佑"と浮気のことで揉め、掴み掛かろうとした拍子に頭をぶつけたせいで、19歳で短い人生を終えたはずだ。
恐らく、私はそれによってこの世界に転生したのだろう。なんというテンプレな展開だろうか。
私が転生の事実を慌てふためくことなく受け入れることはできるのは、前世の私がアニメや漫画鑑賞が趣味のオタクで、転生モノなんかいくらでも読んできたからだ。
こんなオタク女の私に乗っ取られたこの身体の持ち主には、なんだか申し訳ない気持ちを抱く。
ひとまず辺りを見回そうと思い、起き上がってきょろきょろと首を動かす。
西欧風な建物の造りは、若干アンティーク調ではあるものの、まるで小さい頃に親友との人形遊びで使っていたお城の中みたいだ。自分はこんな雰囲気のある素敵な世界に転生できたのかと密かに喜び、本当に綺麗な所だと感動しながら、自分の身の回りも確かめようとした。
「……………誰?この人」
同じベッドで、やたらと顔の造形が美しい肉体美で、蒼銀に煌めく髪色を持つ襟足の長い男が、見る限りで上半身だけ服を着ていない状態で眠っているのを発見した。
目のやり場に困る前に、私はその人をどこかで見たことがあるような気がした。
だが、綺麗な顔のほとんどがふかふかの枕で埋まってるせいで判別し難く、なかなか思い出せない。
(………………ところでなんで私は服着てないんだ?)
自分がベッドで何も着ていないことに、今頃気がついた。この身体の持ち主は全裸で寝る主義の人なのだろうか。それとも、昨日の夜はたまたま全裸で寝てただけかもしれない。
しかし、そんな単純な発想は、今ある事実を認知して思考を重ねるうちに覆されていく。
まず、隣には銀髪のイケメンがいる。
次に、その人は少なくとも上は着ておらず、自分に至っては何も着ていない。
最後に、私は全身が怠く、お腹の下に鈍い痛みが残っている。
これらの状況は銀髪イケメンとの事後だと、高確率で証明できてしまう。お互い何も着ていなければ確率は上がるが、本人の尊厳も考えると確かめる気にはなれない。
というか、今はこの状況が事後であるかを考えている場合ではない。もう一度銀髪イケメンの正体を確かめるため、丁度寝返りをしたタイミングで顔をよく覗き込んだ。
「……………………は?」
だが、男性の顔をしっかり見た私は、目ん玉が飛び出そうなくらいの衝撃を覚えてしまった。
(ちょっと待って…この人ってまさか……!?)
銀髪イケメンの正体を知った途端、今自分の身に起こってる状況もあって本気で泣き叫びたくなった。
(この人って前世で一時期ハマってた乙女ゲームの『花園の天使』に出てきた…国王のアレキサンドラ・サッピールス!?)
よりによって昨晩この体が国王と一夜を過ごしてしまったなんて、いきなり人生が詰んだようなものだ。その上、アレキサンドラと一夜を共にするとどういう結末を迎えるかを私は知っている。
だからこそ、人生終了宣告を受けたも同然な状況から絶望感を覚え、布団に潜り込むなり蹲って頭を抱えた。
「……ぅ…んん……"ミーシャ"…まだ夢の中か………?」
私が布団の中で絶望していると、後ろから色気を含む低い声が聞こえてきた。ゲーム通りのイケボで、第三者としてなら最高に気分が上がる。しかし、今は状況的に盛り上がれない。
(………って"ミーシャ"…!?ちょっと待って今この人"ミーシャ"って言った!?)
今アレキサンドラが呟いた名前に、私はかなり動揺している。
自分があのゲームヒロインの"ミーシャ・グレイス"なのか、それともファミリーネームが異なる知らないキャラなのかが気になり、別の意味で心臓がバクバクと鳴り止まない。
自分の正体を確かめたいが、今布団から出てわざわざ鏡を探して確認しに行くのは不自然すぎる。
身体の持ち主がどういう振る舞いをしていたか分からない以上、"作るべきキャラ"を間違えたら変に思われる。
(あ、またキャラ考えて振舞おうとしてた…前世であんな目に遭ったっていうのに…)
また、いつもの癖が出そうになった。だが、私が作った性格が身体の持ち主のものとがっつり外れていたら、流石にこの男もびっくりしてしまうだろう。
こうなったらもう寝てるフリをしよう。ゲームのバッドエンドみたく、絶望したかのように泣くよりはまだマシなはずだ。
そう思い、蹲っていた足をそっと戻しつつ、静かに目を瞑った。
「ミーシャ……寝顔も本当に可愛らしいな。起きたら食事に付き合うから、それまではゆっくりおやすみ…」
私が寝たふりをしてるのも全然気づかず、アレキサンドラは布団を少し捲って私の顔だけ見るなり、頬にキスしてきた。
(ひぇッ…!?!?こ、この人ほっぺにキスした!?なんていう色男…というか、アレキサンドラってこんなに愛情丸出しな人だったっけ…?)
驚いて固まっている間に、アレキサンドラは服を着込んで部屋を出て行った。身体中に集まった熱で、本当は起きていることがバレていないだろうか。
起きたらわざわざ食事にまで付き合ってくれるなんて、一時的だとしても余程愛していなければ絶対ないと思う。
本気で愛しているのかどうかは置いといて、今のは寝たフリで大丈夫だったらしい。
アレキサンドラの足音が全く聞こえなくなったと同時に、私は急いで丁寧に畳まれていた服を着た。改めて自分の姿を確かめるために、鏡のある場所に向かう。
鏡を見ると、首や鎖骨辺りに小さくて赤いのが散らばっているのが目に入った。アレキサンドラにしては意外と激しいタイプかもしれない。
否、それは今はどうでも良い。それよりも私の見た目だ。
それを確かめるために顔をじっくり見たら、最悪の事実が発覚した。
(嘘…!?この姿どう見てもゲームヒロインの"ミーシャ・グレイス"の特徴そのままじゃん!!!)
光の辺り具合によって、赤味にも黄味にも寄らないこげ茶(というよりブルネットと言った方が正しい)から、透き通るように映る髪色。
前世よりは流石に彫りは深いものの、設定上として東洋から来たミーシャの母の血を継いでいるため、東洋人特有の雰囲気が混ざったことで少し幼い感じに仕上がった顔立ち。
前世と変わらず、巨乳でこそ無いが男的に揉むには充分ぐらいの大きさを持つ胸。
極め付けには、作中で唯一強調されるミーシャのチャームポイントである、ハイライトの強いブルーグレーの瞳。
今の私の姿は、完全にゲームヒロインの"ミーシャ・グレイス"だ。
よりによって、この世界のヒロインに転生してしまった上に、アレキサンドラと寝たら人生も宮廷も終わる未来が待ち受けることが確定しているなんて、信じたくない。
今はまだ見捨てられた感じはないため、まだマシだ。だが、この後アレキサンドラが突然現れたカルミアという怪しい魔女みたいなキャラに誑かされて、皆で堕落してしまう可能性はまだ残っている。
(最悪…!なんで転生してもこんな面倒くさい目に遭わないといけないの!?)
これ以上の面倒を回避するため、この後自分はどうすれば良いのか考えたい。だが、そもそもなぜこんなことになってしまったのかが分からないため、前提がわからなければどうしようもないのだ。
うんうん唸って考えても、全く思い出せない。転生モノであれば、こういう時は前世のことを思い出すと同時にこの身体で過ごした記憶も分かるはずだ。
なのに、この世界での現在に至るまでの記憶だけは、なんとか掘り起こすどころか、そもそも探し出すことさえも出来ない。
まるで、隠した本人でも見当がつかない所に封印されているかのようだった。




