第3話 禿頭のボールド族と 美しい人類と 青いオオカミと
原始時代よりずっと昔、レイク族とボールド族は同じ種だった。
この遠浅の美しい湖は、ある種族に守られ陸上と異なり、大型の天敵がいない猿人たちの楽園であった。
その頃エサの少ない樹上しか安全を担保できなかった多くの猿人たちはこの楽園に逃げこみ、大きな集落を安全な湖内に作った。
湖で魚や海老を採り、夜には身体を直立に伸ばすことで安全な水中に隠し、湖上に顔を出し寝る生活をはじめた。その後、頭以外の身体も生活も水生生物のそれになり、交尾も水生生物の腹合わせ型に変わり、二足歩行化、また体毛も薄く流線形化も進んだことに伴い美しい人類が誕生した。
この美しい人類の誕生が、ホールド族の不幸の歴史の始まりであった。
平和で豊かな状況下で肉体の強さや狩りの力の価値は下がり、子供を産む美しい雌は内政に強く政治力を強めた。
そして不幸なことにその頃から頭髪が薄くなるホールド族の先祖が現れることになる。
彼らは当時呪いや感染症の類とされ、雌の権力から忌み嫌われていくことになる。
髪が豊かで美しい雄が優遇され、醜く雌にモテず、子育てに必要な頭髪も持っていないボールド族の先祖たちは、呪いや感染症の濡れ衣を着せられ、ひとりずつ危険な大型動物が台頭してきていた湖の外へ追放されていった。
それらの野良の猿人、ボールド族は、徐々に身を寄せ合い集まり、また他の追放された病人や罪人、捨てられた障がい者、老人の受け皿となり、集落をつくっていくことになる。
そして現在
ボールド族に拾われてから数か月が経っていた。
温和なボールド族に囲まれ「トンボ」は集落にすっかり溶け込み、質素な精進料理と畑仕事、タケノコやキノコ狩りなどをして過ごした。
肌は日に焼け浅黒く、ダボついていたお腹はすっかり凹み、脂肪がそぎ落とされた肉体は痩せ筋張っており、禿頭であることも含め、身長が頭一つ抜けてデカい以外は、見誤ることなくまさにボールド族となっていた。
この日は『サンポ』に行くと、笑顔で誘われたのでキノコ狩りくらいのイメージでついてきたら、この前サワガニを捕った沢はもうとっくに過ぎ、長距離を歩かされて結構しんどい。
わかっていれば絶対についてこなかったのに。
このいつもの『サンポ』メンバーの年長者のボーイは、事前にあまり説明をしたがらないタイプだ。
俺は、足の裏の皮が他のボールド族よりまだ薄く悪路の長距離移動は苦手なのだ。
今度みんなに草履でも作ってみるかな。こいつら野生児がすぎるっ。いや、こいつら原始人か。
荒れていて見通しの良い土地をひたすら歩いている。木の槍を持って張り切っている彼らボールド族を見る限りキノコや昨日食べたホド芋掘りではない様子だが、獲物なんてどこにも見えないんだけど、、、何を狙っているのかさっぱりわからない。
「大丈夫。もうすぐ来るよ」年長のボーイは教えてくれた。
ホールド族は約200名ほどの大所帯でいくつかグループに分かれている。狩りのグループも20から30人の編成で2、3グループあるとのことで、俺はまだどこかに属したわけではないが、いまはこの親切なボーイと行動を共にしている。
そして、ほんとにほどなくして獲物はきた。
大きな犬、オオカミの群れのようだがファンタジーの世界らしく毛は青色で艶があり、しなやかで俊敏な性質を表現するかのような美しい姿が現れた。
青いオオカミたちは数は3匹しかいないが身体はホールド族の2倍ほどありそうだ。そして180度ホールド族を囲む陣形を採っていた。ホールド族はいつのまにか円形に集まり追い込まれていた。
俺は勘違いしていた。
獲物はボールド族で、青いオオカミたちが猟師でした。
やばいんじゃない。どう逃げる?
身体は硬直し、いまにも襲い掛かってきそうな青いオオカミから目を離せず立ちすくんでしまった。
逃げられる気がしないんですがっ
横目でボーイに助けを求めると、目がランランでアドレナリン全開のお顔…
え?なんで士気が上がっるのっ?。
彼らは木の槍を脇に抱え固定し、先端部を30センチほど体から突き出し前傾姿勢をとった。
そして、イノシシのごとく体ごと突進、まさに猪突猛進、人間槍、ただの体当たり。
玉砕覚悟で突進してくる小さなサルをしなやかに躱し背後をうかがう体躯のオオカミ。
やっと理解した。こっち狩られる側じゃん
それでも彼らはただただ突進を繰り返す。そして誰かが背後をとられそうになると、そこを好機ととらえ突進をしていく仲間。
ドンっ、初めてボーイによる体当たりが決まった。相打ちとはいえず10Mほど飛ばされるボーイ。青いオオカミは少し苦い顔をしただけのようだ。
戦闘力に差がありすぎるっ
ボーイ血も出てるし、首少し変な方向に曲がってない?
それからは目まぐるしく戦況は進んでいった。ただただボーイが入れた一太刀を広げるかのようにひたすらその1匹目がけて30もの人間槍が突進していく。
ほかの2匹のオオカミは、吹き飛ばされ立ち上がれないホールド族を軽く噛み殺し、肉塊を咥え遠くに消えていった。
どれくらい時間がたったのかわかない。硬直し立ちすくんでいるため手足の感覚はもうない。
その間ただただ勇敢に純粋に木槍を脇に抱え、相撲の立ち合いのように体当たりをかますホールド族の戦士たち。ただ1匹残された青いオオカミは初めのボーイの一太刀で足を怪我したようでうずくまり、牙を向け威嚇するもそれに怯まない小さな塊の体当たりを受け続け、その木槍でできた小さな穴が徐々に体力を削っていった。
こうして自分たちを捕食者にさらし、仲間を犠牲にし、玉砕覚悟で体当たりを繰り返し、狩りは成功した。
仲間を失ったのに立ちすくむしか何もできなかった。
初めてヒトが噛み殺されるのをみた。
初めて美しいオオカミを殺した。
その夜、僕らホールド族は、青いオオカミの生き血を呑み、ホルモン鍋を囲み、団欒をし、また踊った。
失った仲間ことは誰も何もいわなかった。それはそれが日常であることを示していた。
次の日、長老は、首が曲がったボーイを従え、命を差し出し得た青いオオカミを、レイクに献上しに行った。腐りやすい血と内臓を処理した後の、衣服になる美しい青い毛皮、正肉部分は、全てレイクに収めるのが習わしだという。
俺はみんなに内緒で昨日青いオオカミが息絶えた場所に1人で再びきていた。
あの血だらけの惨禍のあとは攫われたボールド族の折れた木槍が1本落ちているだけで、きれいにになくなっていた。
理不尽な搾取はどの世の中にも必要なのだろうか。




