7 挨拶に来るもの
嬉しかった、か……
その気持ちは何となくわからないでもない。
何せ私も、守られる経験は無いから。
あとサラダをいただいている最中に気付いたことについて、紺音に尋ねてみる。
「この分の食費は幾らくらい? 後で払うから」
「この分はいい。さっきのお礼。あとは買い出しの時に交互に払えばいい。どうせ朝と夜は一緒」
この島での買い物は、学生証で決済して奨学金で払う形式。
買い物時に割り勘は使えないから、買い出し時に交互に払う訳か。
しかも朝と夜一緒ということは、間違いなく同居。
でもそうなると、此処はやっぱり……
「でも家賃とかは大丈夫? どう見ても此処って寮よりずっといい部屋よね。家賃とか、あとガス代とか電気代とか水道料金とかは大丈夫? 私は奨学金暮らしの予定だから、そんなに出せないと思う」
どう考えても、あの寮の部屋よりこっちの方が良さそうだ。
「大丈夫。大してお金はかからない。ただ窓の外をじっくり見たり、玄関扉以外から外に出ない方がいい」
確かに窓の外の森からは、何か通常と違う暗さを感じる。
場所の名前も説明も何か怪しかったし。
でも、それなら……
「ならこの部屋にいても大丈夫? 窓から襲ってくるとかはない?」
「この部屋に居る限りは絶対的に安全」
何かそういう仕掛けがあるのだろうか。
そう言い切るからには大丈夫なのだろうとは思うけれど。
「あと、食べたら案内兼買い出し。でも疲れている? なら休んで、行くのは明日でもいい」
確かに疲れてはいる。ただでさえ
① 埼玉県から山口県の離島まで移動してきた上
② 訳がわからない連中と戦い
③ 今までの常識が通用しない世界にいる事に気づかされた
のだから。
一人だったら今日はもう終わりとしたい。
しかしせっかく案内してくれるというのだ。
ここはお願いしておいた方がいい気がする。
「ありがとう。案内してくれると嬉しいし助かる」
「なら後で」
今、何となく笑顔になったように見えた。
気のせいかもしれないけれど、無表情なりに表情は変化したように見えたのだ。
私の気のせいかもしれないけれど。
◇◇◇
部屋を出ると、それぞれ別の部屋の扉に繋がってしまう。
だから別々に部屋を出て、寮の出入口の外で待ち合わせ。
ただ予想外だったのが、紺音が自転車を引っぱって現れたことだ。
てっきりすぐそこ、食堂横の購買部に行くものだと思っていたけれど、違うのだろうか。
「行くのって、そこの売店じゃないの?」
「中高等部厚生棟の購買部は物が少ないし高い。だから大学との中間地点、大学寮や職員寮等と同区画にある中央購買部に行く。それに今なら自転車等の中古も出ている」
そう言って、彼女は自転車を引いて歩き始める。
しかし自転車か。
「島なんだから、自転車は使わないと思ってた」
「中央購買部まで歩くと十分かかる。自転車ならすぐ。徳山で買い物する際も自転車が便利。自転車なら小さい学園船にも無料で乗れる」
「徳山に行くこともあるの?」
「割と。中央購買部でも売っていないものは多い。通販もいいけれど直接見たいものもある。あと中央図書館がそこそこ便利」
なるほど。
確かにあると便利そうな気がする。
「中古ならそう高くない。でも足りないなら私が買って、後で返してくれてもいい」
そこは大丈夫。
「それくらいなら、手持ちがあるから大丈夫。新生活に必要だろうからと言うことで、そこそこ貰ってきた」
優秀な高校に合格したという事で、父も母も割と大盤振る舞いしてくれている。
あと、紺音にそこまでお世話になるのは申し訳ない。
「おすすめはスポーツタイプの自転車に前かごを付けること。坂に強くて買い物にも便利。ただスカート派だと乗りにくいから、私が乗っている様なものになる。ママチャリは勧めない。重くて遅いから。
あとそのディパックは、今はこっちのカゴにいれておく」
紺音は俺が下げていたディパックを預かって、前カゴに入れる。
なお紺音が引いているのは黒色の小径折りたたみ自転車だ。
ただよく見るものに比べると、どことなく高級というか、速そうな感じがする。
「タイヤは小さいけれど、速そうだよね」
「ロングスカートで乗れる中では、かなり速い方」
ゴスロリスタイルは変えない前提らしい。
さて、長いフリル付きのスカートで自転車を引いているのは、割と大変そうな気がする。
ここは代わるか、いっそ……
「何なら先に自転車で行って待ってて。どうせ一本道だから迷わないし」
どう考えても自転車を引いて歩くより、乗った方が楽だ。
そう思って言ったのだけれど……
「今回は一緒で、私が自転車を引いている方がいい。多分、途中で挨拶がある」
挨拶というのは何だろう。何か不安を覚えたので、聞いてみる。
「挨拶って何?」
「彩香が第六生徒会を下したことと、私と組んだこと。このことは、上位のサークルや生徒会なら既に把握している筈。なら何かしら挨拶を仕掛けてくる可能性が高い」
サークルとか生徒会とか言っているけれど、どうせ実際はわけがわからない非常識な集団だろう。
仕掛けてくると言うことは、また戦闘だろうか。
ここは遠慮せず聞いてみよう。
「仕掛けてくるって、また戦うの?」
「多分。おそらく使役生物や奉仕種族を出してくる。彩香が此処がどんな場所か知るのにもいい機会。もちろん危ない時は私が手を貸す。心配はいらない」
心配はいらない。そう言われても不安は消えない。
そもそも知らない言葉というか生物が出てきているし。
「使役生物とか奉仕種族って、何?」
何せここは魔法が使えて決闘制度がある島。
使役生物といっても、きっと犬とか馬のような普通の動物ではない気がする。
「どちらも神に遣える人間以外の生物。呪文や命令で呼び出して使役が可能。大きさや形、能力は様々」
念のため、更に確認してみる。
「犬とか猫とか、そういった普通の動物じゃないよね」
「神話生物という呼び方をする者もいる。ただ今回はあくまで挨拶。大したものは出さないと思う」
やはり想定外の化物という可能性が高いような……
たいしたものは出さないとは言っているけれど、その基準が想像できない。
左側が森、右側が海でその先は工業地帯という道を歩いて行く。
他に歩いていたり、車や自転車で通ったりする人は少ない。
「人がいないね」
「春休み期間で、中高生のほとんどは実家に帰っている。帰りはだいたい明後日の日曜」
なるほど。つまりは化物の襲撃にはちょうどいいと。
海の向こう側に工業地帯があるけれど、望遠鏡でも無い限り人間が動いているのは見えないだろう。
そう思ったところで、彼女がふっと視線を上げた。
「来た。Night-gaunts」