6 事情説明
灰夜さんが上がって、ちゃんと服を着て洗面所から出たのを確認して、私は風呂から上がる。
湯あたり寸前という感じだけれど仕方ない。
中学時代のジャージ上下といういい加減な服を着て、そして部屋へ。
テーブルの上には、
○ 軽く焦げ目がついたトースト三枚
○ 茹でたと思われるソーセージ三本
○ レタスとトマトとキュウリのサラダ、卵焼き
○ 空のマグカップ
が、2組置かれている。
昼食というより朝食っぽいメニューだ。
それでも美味しそうだし、用意してくれてありがたい。
それと同時に感じたのは、私には無い女子力。
体型も私より綺麗だし、何か悲しい……
「昼食を食べながら、この学校についての必要事項を話す。飲み物はコーヒー、紅茶、緑茶、それぞれアイスとホットどれがいい?」
キッチンカウンターの向こう側から灰夜さんが聞いてきた。
どれも好きだと言い切れる程には飲み慣れていない。
風呂で暖まりすぎて冷たいのが欲しいという位だ。
なので逆に聞いてみる。
「灰夜さんはどれが好き? 同じがいい」
「……なら冷たい紅茶。あと、出来れば名字ではなく、名前の紺音で呼んで欲しい。さんはいらない」
冷たいので良かった。
ところで名前呼び捨て方式は、中学時代をほぼぼっちで過ごした私にとって、ちょっとハードルが高いのだけれど。
でも言われたからには、そう言った方がいいのだろう。
紺音さん、いやさんはいらないから紺音は、冷蔵庫から紙パックの紅茶を出して、こちらに持ってきた。
マグカップ二個に注いで、片方を私の前に置く。
「好みがわからないから、無難で簡単なメニューにした。苦手な物があったら言って」
「充分以上よ。家でもこんなにきっちりと食べていなかったから」
悲しい事実だ。
給食は別として、うちの休日の昼食は自由というか『食べたい人が勝手に作って勝手に食べろ』方式。
だから私は袋ラーメンを具無しで作るか、パンを焼いて食べるか程度まで。
サラダがつくのは、自分でカップサラダを買ってきた時くらい。
野菜はちょっと高くつくから、滅多に自分では買わないけれど。
「それじゃ、食べながらこの学校について説明する。いただきます」
「いただきます」
この辺の間合いがよくわからないけれど、なんとなくそう言って。
まずは冷たい紅茶を口に運ぶ。
うん、美味しい。
「それじゃ説明。この学校の目的から。社会に役立てるため、神の力を研究すること。また神の力を使える人材を集めること」
また神という言葉が出てきた。
「神って、神社なんかで祀られている方? それとも一神教的な創造神の方?」
「唯一神ではなく多神教的概念。それに創造神にも何レベルもある。多元宇宙を創造した神、一つの宇宙を創造した神、銀河系レベル、オリオン腕レベル、太陽系レベル、地球的レベル、国、地方的レベル」
何というか……
確かにそう考えれば、同じ創造神でもスケールが違う存在が複数いるのは不思議では無い。
「更にそれらに従属する神、集団の思念で作られた存在、人より進んだ文明を持つ宇宙人、地球の先住種族。それら人以上の力を持ち、その力を人に貸し与える事がある存在は全て神。それがこの学校の定義。ただし物理法則に類するものと、地球上に現に生息確認されている動植物類はのぞく」
動植物類を除かないとまずいのはわかる。
たとえば馬とかは『人以上の力を持ち、力を人に貸し与える存在』にあたるだろうから。
「何でもありという感じで理解していい? 仏陀だろうと天使だろうと、今の定義では神扱いということで」
紺音は頷いた。
「そう。その結果、自分の信仰する神以外を認められないが故に、この学園を敵視する宗教組織が幾つかある。一部は学園内に入り込んでいる」
「危なそうだよね。今まで何も起こらなかったの?」
「そういった組織の神も研究および収集対象。故に排斥はしない。それでも戦闘や破壊活動は時々発生する。でも大抵はたいした事にはならない。そういった神や組織は概ね地球規模。他の神や他の組織より弱い」
弱い神、弱い組織か。
「あの第六生徒会という連中も、そういう組織ってこと?」
「あれは違う。信奉する神そのものは銀河団レベルの強い神。あの三人があの時点で、神の力を充分に行使出来なかった。それだけ」
なるほど。言葉としてはわかった。
状況はまるで理解出来ないけれど。
「神の分類や強さ、名前などは後ほど。この学校には神の力を持つ生徒とそういった生徒の組織がいて、時々戦っている。ここまではわかった?」
紺音が私をまっすぐ見る。
そうやって見られた覚えがないので、正直どきりとした。
挙動不審にならないように自然に視線を逸らして、そして一呼吸分間合いを置いて心を落ち着かせてから。
「わかった」
そう頷いた。
紺音も頷いて、また口を開く。
「神の力を持つ生徒のほとんどは特例クラス、中等部では各学年の一組で、高等部では一組と二組。そして神の力を持った生徒は、決闘を申請出来る。申請先は第一生徒会、別名を学園総合指揮所」
その名前は聞いたし覚えている。
「ドローンを飛ばしていた所よね。あれも生徒会なの?」
てっきり教員か何か、学校側の組織だと思っていた。
「そう。決闘は第一生徒会の専権事項。申請した上で、日時と場所が決定すれば決闘が実施される」
ということは、ひょっとして……
「第六生徒会が紺音と戦おうとしたのも、その決闘だったの?」
「そう。第六生徒会が申請して私が受けた。時間は私が第三希望まで出して、第一生徒会が調整した結果、第二希望となった」
私は何となく理解した。
きっと紺音なら、危険などなくあの三人を倒せたのだろう。
私が勝手に勘違いして、余分な手出しをしただけだ、きっと。
「ごめん。紺音の邪魔をしてしまったみたいね、私」
「問題ない。既に今までの勝利で無償奨学金の額は上限になっている。応じないと奨学金の額が下がるから、あの場に出ただけ。それに……」
紺音はそこで、少し言いよどむ。
しかし決闘で奨学金の額が変わるのか。
でも奨学金の額を変えるなんてのは、生徒会ではなく学園側の権限ではないだろうか。
ところで紺音は、何を言おうとしているのだろう。
私はなんとなく、こう聞いてしまう。
「それに、何かあるのか?」
「嬉しかった。守られる立場なんて、この学園に来て一度も無かったから」