4 灰夜さんの約束
「さっきの戦闘は神の力を使っていた。具体的には未来予測、最適化、強制身体制御。力の源泉はおそらくOrryx。なら特例編入が出来る筈」
灰夜さんの口から、そんな言葉が出てしまった。
彼女もあのコスプレ男子と同じような、電波系なのだろうか。
勿論私に、そんなのと関わった覚えはない。
それでもすぐに否定できないのは、思い当たる節があるから。
思い当たる節とは、私の異常な戦闘能力のこと。
未来予測、最適化、強制身体制御といった要素にわけると説明しやすい。
何の訓練もしないのに使える事も、自動的に身体が動いてしまうのも、神という自分ではない存在の関与と言われれば理解できる。
灰夜さんの言葉は更に続く。
「試験以外の特例と一般の違いは、奨学金の有無。特例ならば奨学金が出る。一般編入は出ない」
私は奨学金を申し込んだし、学校からも支給するという返答を受けた。
しかし特例についてはまったく記憶にないし、記憶とも大分違っている。
「奨学金は申し込んだし、支給されると書類に書いてあった。でも特例だという話は無かったと思うわ。それに特例については、申し込み時のパンフレットにも書いてなかったし。Webの説明にも無かったと思う、多分」
「ならそれは特例用のパンフ。それに学校の情報がWebで出せるのは特例対象者だけ。魔法的にアクセス制御されている」
更に常識から外れた、日常では絶対使用しない単語が出てきてしまった。
「魔法って、実在するのか?」
「使える人は使える。見本」
灰夜さんは何でもない口調でそう言って、歩きながらすっと右手を前に伸ばした。
「闇の顕現」
声と同時に、周囲が真っ暗になった。
何も見えなくなった私は、立ち止まって周囲を見回す。
真っ暗というか真っ黒というか。瞼を閉じても開いても変化はない。
ただし視覚以外の感覚は今まで通り。たとえばバッグを持った手の感触は、そのままだ。
「解除」
灰夜さんの声。
景色がふっと先程と全く同じ路上の風景に戻った。
光が眩しく感じる以外、暗闇の痕跡は一切無い。
「実例」
頭が混乱しかけるけれど、これは認めるしか無い模様。
灰夜さんは魔法を使えて、此処ではそれが特別ではないらしいというを。
私の十五年間生きていた常識が全否定されてしまう。
しかし現に今、体験した事を否定は出来ないだろう。
となると、先程の電波男子三人のコスプレや衣装には、意味があったのかもしれない。
それならあの『邪神の手先』という言葉も……
そんな事を考えている私の横で、灰夜さんは頷いた。
「理解した。間違いなく特例コース。実力もある。でも知識が足りない。今のままでは危険」
ただでさえ常識外の場所らしい此処で危険とは、いったい何なのか。
悪い予感しかしない。
「危険って、何?」
「この学校は神の力を使用出来る勢力が群雄割拠している。先程のように襲撃に遭うこともある。実力があってもそれなりの知識は必要」
それなりの知識というのは……
今までの流れからは、こうとしか考えられない。
「神とか、そういった存在に対する知識のこと?」
常識的ではないが、ここまで来たら認めるしかないだろう。
灰夜さんは頷いた。
「あとは魔法や神力等についての知識と、そういった力に対する対処法。普通は属している教団や結社等が教える。所属はある?」
そんな物はない。
祖父の葬式の時が寺だったから、家は仏教の曹洞宗なんだろうけれど。
だから私は、首を横に振る。
「わかった。なら私が何とかする。ただ今は受付がある。だから後で」
灰夜さんは何とか出来るような力があるのだろうか。
でも魔法を使えるし、何も知らない私よりはましな気がする。
邪神の手先、という単語が頭をよぎらない訳ではない。
それでもあの三人と比べれば、言葉が通じるだけ灰夜さんの方が信用できる。
格好と口調はちょっと変わっているけれど、ここまで案内してくれる程度には親切だし。
ただ、もうすぐ受付の建物だ。
「終わったらSNSか何かで連絡しようか?」
正直、不安たっぷりだ。先程から続く常識で説明できない色々で。
今のところこの学校で知っているのは灰夜さんしかいない。
名居がいれば別だけれど、奴の到着は明後日の夕方。
それまで何事もなく過ぎるという保証はない。
そうでなくとも、私は不幸というか面倒事に出会いやすい体質だ。
此処でも既に戦闘に巻き込まれたし。
ここは少しでも用心した方がいい気がする。
「大丈夫。寮の部屋についたらわかる」
どういう事だろう。
なんて考えたところで、灰夜さんが足を止めた。
建物の玄関前だ。
『香妥州学園』という青銅製看板と、『学園総合受付』というプラスチック製看板が出ている。
「それじゃ、寮についた後で。あと……」
何だろう。
そう思ったところで、灰夜さんは私を見て、再び口を開いた。
「さっきはありがとう。嬉しかった。誤解があったとはいえ、他人に守られたのははじめて。
だから彩香が私より強くなるまでの間、私は彩香を護る。約束」
えっ。何と返答していいか、とまどった次の瞬間。
六米幅くらいのアスファルト舗装の道路。3階建ての四角く素っ気ない建物。青銅製とプラスチック製の看板と出入口。
全く同じ景色の中、灰夜さんの姿だけが消えていた。
ここまで一緒に歩いてきて、話もした筈なのに。