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36 そして、さようなら

 船にはわりと余裕で間に合った。

 さすが紺音、中一からここで生活しているだけあって、道も手順もよくわかっている。


 中央購買の下にある港で下り、自転車を押して港からの急坂を上る。

 トンネルを抜けて島の反対側、南東へと出た。


 職員住宅の前を通り、道路のアスファルト舗装が終わったところで自転車を降りる。

 そこからコンクリ舗装の作業道を少し上ったあたり──


 右手が開け、海が見える場所に出た。

 海側の崖には柵が設置され、その手前にベンチが置かれている。


「公園予定地。職員住宅に住む職員が予定より少なかったから、工事が中断された。残っているのは崖の柵と、このベンチだけ。そこそこ簡単に来られて、人がいなくて、景色もそこそこいい場所」


 確かに、ここは見晴らしがいい。

 海の向こう側が工業地帯なのは仕方ないとしても、それでも海が見えるのは悪くないし、その奥には緑に覆われた山も見える。


「確かに景色はいいね。ここでお昼にするの?」


「そう。あと少しだけ話したい」


 ベンチに座り、紺音がエコバッグから弁当と箸を取り出す。

 私は自分のディパックからお茶のペットボトル2本を取り出した。


「話って?」


「まずはご飯を食べてから」


 なんだろうと思いつつ、弁当の蓋を開け、割り箸で食べ始める。

 味はまあ、典型的なスーパーの弁当の味だ。


「悪くないけど、やっぱりスーパーの惣菜って味が濃いよね」


「わかる。私もそう。自分で作るときは、袋ラーメンの粉も半分くらいしか使わない」


「確かにあれ全部入れると、味が濃すぎるかスープが多くなるよね」


 そう言ったところで、ふと疑問が浮かんだ。


「紺音も袋ラーメン作ったりするんだ」


 料理が得意そうな彼女に、袋ラーメンのイメージはなかった。


「一人のときは、時々」


 意外だった。


「さて、これで彩香はひととおり戦闘方法を覚えた。もう彩香は危険でない」


 確かに、ここへ来た頃に比べれば、戦闘の腕は段違いに上がった。

 熱線や炎といった人間離れした攻撃だけじゃない。

 敵の動きを予測できるようになったし、身体能力も明らかに向上している。


「紺音やカドちゃんがいなければ、けっこう危なかったよね。使役動物や神の顕現に襲われたりもしたし」


「彩香の戦闘能力は、校内でもある程度知られるようになった。第二生徒会も正常化したし、高梁のような危険な生徒も多くはない。だからもう、不意に襲われることはないはず」


「紺音のおかげだよ、間違いなく。もし会ってなかったらと思うとぞっとする。本当にありがとう」


 紺音と高梁たちの戦いに巻き込まれなければ、私は注目されず、普通の生徒として過ごせたかもしれない。

 でも特例での編入なら、いずれ力の種類は知られ、似たようなことは起きていた気がする。


「だからこれで、私がいなくても、彩香は大丈夫」


 えっ!?

 想定外の言葉に、思わず固まる。何か言ったほうがいいのだろうか。私はとっさに反応できない。


「私にも、彩香を強引に引きずり込んだ自覚はある。危険だから、必要だからって理屈をつけて。でももう、その口実は使えない」


 確かに強引ではあった。男子寮にある扉が、紺音の部屋に直結しているなんて。


「でも私はありがたかったよ。一人じゃ危なかったのは確かだし」


「でも、もう危険じゃない。危険を口実にはできない。それに私は怖かったから、自分の神の力を極力使わなかった。私を化身としている神の通称も言わなかった。彩香に拒絶されるのが怖くて。本来なら間違いなく、彩香の背後にいる神と敵対する存在だから。でも、それはフェアじゃない」


 実際はカドちゃんから聞いて知っていたし、高梁も決闘中に言っていた。

 けれど、ここでそのことを口にしていいのか迷い、私は黙ったまま紺音の言葉を聞く。


「私を化身としているのは、地球上では|Nyarlathotepナイアーラトテップと呼ばれる神。多くの人間と関わり、そして破滅させてきた、邪神と呼ばれても仕方ない存在」


「神はどうであれ、紺音がそうしたわけじゃない。同じ神の化身だからって同じ行動をとるわけじゃない。それに、前に言ってたじゃない。『神同士は相容れなくても、人はわかり合える』って。違う?」


「……神の化身としての能力で検索した。たぶん彩香が言ってるのは、野殿先輩たちのことを説明したとき。

『神同士は相容れなくても、人はわかり合える。先輩たちはそういう立場だし、私もそう信じたい』

 あの時の私はそう言った。信じたい、というのは、そうじゃない例の方がはるかに多いことを知っているから。それでも彩香に余計な苦労をさせるべきではない。それに……」


 それに、何?

 紺音は一瞬言葉を詰まらせ、それから続けた。


「彩香と私が出会ったのは、ある存在──私と同じ邪神の化身が、そうなるように仕組んだから。私以上に、光辺先輩以上に神の力を使いこなすその存在が。昨日の時点で気付いた。でも、気付かないふりをしていた。私のエゴで、知らないふりをしていた」


 誰かが仕組んだ?

 しかも第一生徒会会長以上に神の力を操る存在がいる?


「誰なの? 学園の上層部の人?」


「違う。彩香が知っている人。それ以上は言わないし、言うつもりもない。何を企んでいるのかもわからない。それでも彩香を危険に巻き込みたくない。私と同じ失敗をしてほしくない。普通に憧れつつ、普通じゃなくなって孤独になる──そんな失敗は。

 彩香は、たぶんまだ間に合う。この学校で何もなければ、普通に戻れる。そのためには私に近づかない方がいい」


 私が知っている人!?

 真っ先に浮かんだのはカドちゃんだ。

 でも彼はイス人で、神の化身じゃない。

 しかも、私と紺音が出会うことに関与してはいないはずだ。


「だから彩香は、ここで私と離れて、普通の高校生活を送るべき。クラスは同じでも、私に近寄らない方がいい。寮の扉は元に戻しておくし、荷物も本来の部屋に移しておく。心配はいらない。でも必要なら、夕食は帰りに中央購買で買っていけば。

 教室で会っても、必要以上に関わらない方がいい。その方が、きっと彩香のためになる。今までありがとう。そして──さようなら」

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