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34 船上にて ⑶

「話を戻すのです。Nyarlathotepはこの宇宙において、Azathothの意思を実現しようとする存在です。ただ、この宇宙で活動するためか、人格的な思考を持っているように見えるのです。Azathothの意思を実現するという目的は共通しているのですが、その解釈や行動の取り方は化身ごとに異なるようで、統一的な方向性が見えてこないのです。だから私は以前、紺音ちゃんに直接聞いたのです。紺音ちゃんを化身としているNyarlathotepとは、どんな神で何をしているのかと」


 紺音の神の側が、どういう方針で動いているのか。

 これまでの行動を見る限り、邪神と呼ばれるような存在には思えない。

 それでも不安は拭えない。

 私は手を握りしめながら、カドちゃんの話に耳を傾ける。


ある大きな存在(Azathoth)の退屈を紛らわせること。これが、紺音ちゃんを化身とするNyarlathotepの目的。そう紺音ちゃんは言っていたのです。ただ、その“退屈を紛らわせる”手段は化身ごとの判断に委ねられているそうです。NyarlathotepはAzathothによって創られた存在であり、この世界のことを把握しているとは言い難いため、化身を多数作って目的と力を与え、各々に動かせているとのことです」


 私なりに、今の説明を自分の言葉で確認してみる。


「多数の人に力を渡して、その様子を観察してる……そういう理解でいい?」


「そんな感じなのです。退屈をどう紛らわせるかについては、完全に化身に任されている。だからこそ、化身となった相手の意思を制限したり、行動を誘導したりすることもせず、自由にしているのです」


 ということは……


「実質、タダで力を渡して、あとは好きにしろっていう解釈でいいの?」


「そうらしいのです。そして紺音ちゃんの説明通りなら、化身ごとに目的や行動が異なるように見える理由も理解できるのです。ただ、調査対象が少なすぎて、まだ定説にはできないのです」


 いずれにせよ、それなら問題はない。


「なら、紺音について警戒する理由は何もないよね。少なくとも紺音の“神としての方針”で問題が起きることはないと思うけれど、どう?」


「その通りなのです。でも、また別の問題があるのですよ。この話を聞いたとき、紺音ちゃんはこう続けたのです。

『私が課された目的は、退屈を紛らわせるために、自分が楽しいと思える物語を見つけ、あるいは演じて提供すること。でも、自分が何を楽しいと思うのかが、私にはわからない。趣味らしいものを作ろうとしてみたし、ある程度習熟してみた。それでも、これが楽しいのかどうかは、結局わからなかった。本を読んで楽しいと感じることはある。でも、自分という物語で楽しいと感じられる自信がない。傍観者として、他の“楽しい”を観察するだけの存在にしかなれないのかもしれない』」


 自分が何を楽しいと感じるのかわからない。

 そして、本を読んで楽しいと思っても、それは自分の物語で楽しんでいるとは言えない。

 考えすぎな気もする。

 でも本人が本気で悩んでいるとしたら、それはそれで……


 いや、違う。

 私は思い出した。


 少なくとも私は、紺音が楽しそうにしているところを見ている。

 鼻歌を歌いながら夕食を作っていた時、私の自転車を選んでいた時、大学の訓練場からの帰りに自転車を交換して中央購買まで走った時……


 カドちゃんが頷いた。


「そろそろ気づいたと思うのです。彩香氏と一緒にいる時、紺音ちゃんは楽しそうな様子を見せるのです。残念ながら、私にはできなかったのです。イス人である私でも無理だったのです。悔しいので、謝罪と賠償を要求したいのです……という、まぎれもない本音は、とりあえず置いておいて」


 えっ! 本音!?

 ツッコミたいけど、カドちゃんはお構いなしに話を続ける。


「だから私は、彩香氏に質問したのです。“神としては明らかに相反する立場にある紺音ちゃんを、それでも好きでいてくれるか?嫌ったり敵視したりせずに、変わらず好きでいてくれるか? 紺音ちゃんを悲しませないか?”と」


 そうか……それが、カドちゃんの本題だったんだな。

 私はようやく、それに気づいた。


「紺音ちゃんが“家族”を求めている理由を、私は知っているのです。紺音ちゃんは、半ば親に捨てられた状態だったのです。幼い頃からNyarlathotepの力を使えた紺音ちゃんは、年齢相応ではない判断力と、Nyarlathotep経由で得た知識も持っていたため、周囲に迷惑をかけるような事件を起こすことはなかったのです。

 それでも、常識外れの判断や、無意識に使ってしまった力による現象により、両親は精神的に追い詰められてしまったのです。家庭は崩壊寸前となり、小学4年になる頃には紺音ちゃんは一人暮らしのような状態。父親は希望して遠方に単身赴任し、母親はそれについて行き、紺音ちゃんだけが取り残されたのです」


 前にカドちゃんが言っていた言葉を思い出す。


『私は紺音ちゃんの親友のつもりなので、彼女が潜在的に“家族”や“帰る場所”を求めているのを知っているのです』


 あの言葉の裏には、こういう事情があったわけか。


「誰が悪いわけでもないのです。でも、紺音ちゃんは“自分が悪い”と思っているのです。仕方ない、自分が家族と離れて暮らすのが一番正しい方法だ、とも。だからこそ紺音ちゃんは、自分が何者であっても一緒にいてくれるような存在、つまり“家族”を心から求めているのです。

 というわけで、そろそろ大学部下の船着き場です。私はここで降りて新聞部へ戻らなければならないのです。悲しい悲しいお仕事が待っているのです。決闘の号外を書かないといけませんし、第二生徒会の幹部が交代した影響も各誌面に反映しないといけないのです」


 確かに、船の後方には出発したのとは別の船着き場が見えている。

 既に船は前進から後退に切り替わり、岸に近づいていた。

 今まで話に集中していたせいで、全く気がつかなかった。


「わかった。ここまでありがとう」


「礼はいいのです。それでは、紺音ちゃんとのデート、頑張ってきてくださいなのです。今日も夕食をたかりに行く予定なので、お土産があればその時によろしくなのです。できれば、美味しいスイーツがいいのです。高価(たか)すぎたり、量が多すぎたりしてもかまいませんので、よろしくなのです」


 カドちゃんはそんなことを言いながら、ひらひらと手を振って、船尾の方へと去っていった。

 しかしデートか。

 それって異性同士の場合に使う単語で。今回の場合は違うのではないだろうか。

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