29 対日布野戦
「来い、ドリーム・クリスタライザーの守護者よ!」
私と日布野の間に、黒い水たまりみたいなものが2つ出現する。
反射的に片方めがけて熱線を発射。
右側の黒い水たまりは、蒸発するように消え失せた。
しかし左の水たまりは攻撃する前に立体となり、空中へと浮き上がる。
浮き上がったそれは、形状はエチゼンクラゲっぽくて、色は真っ黒。
頭部に黄色い目のようなものが一つ輝いている。
これも使役生物とか奉仕種族というものだろう。
解説担当が黒霧の中だからわからないけれど、いずれにせよ敵には違いない。
熱線で攻撃しようと思って左腕を上げたところで、何か抵抗を感じた。
敵からの攻撃ではない。私自身に内在する何かだ。
私は改めてその何か、空中に浮かぶ黒いクラゲを観察する。
全長は二米くらいで、下が地上ぎりぎりの位置で浮いたまま静止している。
黒いクラゲは空中に漂ったまま動かない。
今すぐにどうこうしようという感じではないようだ。
私の中の何かが告げている。
こちらからの攻撃は効かない。
近づかなければ攻撃してこない。
これはそういう存在だと。
一昨日、黒い悪魔みたいな化物と遭遇した際に紺音が言っていた。
『彩香はNight-gaunts相手の攻撃データを持っているはず。身体が動くように戦えば問題はない』
この言葉の攻撃データというものと、私に告げている何かというのは、きっと同じだ。
伝達方法が違うだけで、私の力と同様に、神が与えたものだろう。
なら素直に従った方がいい。
つまり私が攻撃すべきなのは、この黒いクラゲではない。
黒いクラゲの背後に隠れている日布野だ。
日布野は私から見て左へとダッシュした。
黒いクラゲに隠れ、私からの攻撃を避ける。
私が近づいた場合は、黒いクラゲが迎撃するだろう。
そういう作戦のようだ。
今の私の位置では、日布野の背後に紺音たちがいるだろう黒い霧の一部がかかっている。
万が一を考えたら、位置をずらしておいた方がいい。
私は左側の黒いクラゲに近づかないよう、右側へ向けてゆっくりと動く。
日布野にも黒いクラゲにも近づかないようにすれば、黒いクラゲは攻撃してこないだろう。
そんな予感がしたから。
十歩ほど移動したが、予想通りやはり黒いクラゲは動かない。
そして日布野は私との間に黒いクラゲを挟むよう移動している。
日布野までの距離は五十米ちょっと、黒いクラゲはちょうど中間地点にいる形だ。
クラゲを中心に、右へ円弧を描くように日布野に近づこうと一歩踏み出す。
クラゲがふっとこちらを向いて、少しだけ近づいた。
近づくという基準はクラゲに対してではなく、日布野に対してなのだろうか。
それともまた別の基準があるのだろうか。
あと軽い眠気を感じる。これは日布野の攻撃だろう。
おそらくは私の攻撃をあのクラゲで防ぎつつ、魔法か何かで私を眠らせる作戦だ。
日布野が使うのは、眠りの神ヒプノスの力。眠らされてしまえば、私に勝ち目はない。
そしてこの眠気を誘う攻撃は、晒されている時間が長いほど危険だそうだ。
『蓄積型の魔法なのですよ。五分も継続してかけられた場合、Orryxの加護がある彩香氏でも眠ってしまう可能性があるのです。ですから眠気に気付いたら、早々に倒してしまった方がいいのです』
シミュレーター訓練の際、カドちゃんがそう言っていた。
それに今は、高梁の足止めを紺音とカドちゃんにしてもらっている。
あの二人は私より強いから問題ないとはわかっている。
それでも長く待たせるのは申し訳ない。
だから私は、日布野を中心にした円弧を描くよう、右へと走る。
クラゲは位置を変えない。
そして日布野は私から見てクラゲの影になるよう動いている。
私から見た日布野の背後が、黒い霧の範囲外となった。
勝負だ。
私は両足をしっかり踏みしめ、左手を向ける。
黒いクラゲには攻撃は効かない。
そう私の中の私ではない知識は言っている。
しかしそれは攻撃をはじき返すという意味ではない。
この世界では実体を持たない生物だから、攻撃が通用しないという意味だ。
つまり黒いクラゲは、盾としては機能しない。
なお日布野は盾を持っている。
そこそこの攻撃は、あれで防がれてしまうだろう。
そうでなくとも今まで普通に使っていた熱線では、吉森はなかなか倒せなかった。
だから今回は、強力な一撃で倒す。
石壁の遺跡風の場所で、神の顕現を倒した時の威力で。
背後方向へかかる強い反動とともに、熱線が放たれた。
黒いクラゲを通過し、背後にいる日布野に命中。
吉森の時以上の火柱があがる。
何か叫び声のようなものがしたと感じたが、それも一瞬。
日布野の移動方向表示や場所予測が消えた。
黒いクラゲも同時に消え去っている。
吉森と日布野を倒すことができた。
しかしシミュレーションの時と比べ、かなり手間取ったように感じる。
あの時と違い、戦っていない敵を紺音やカドちゃんに抑えてもらっているのに。
そう思ったところで、前方の黒い霧が晴れた。
紺音、カドちゃんも、そして神父服風の姿が見える。
三人とも開始直後と変わらない感じだ。
そして次の瞬間、紺音とカドちゃんが私の背後に瞬間移動してきた。
後の戦いは任せたという事だろう。
つまりここからは、私とフル装備状態の高梁との一騎打ちだ。