27 怪しい戦闘服
翌朝八時。カドちゃんが宣言通り、インターホンを鳴らして入ってきた。
昨日と同様、ポロシャツにチェックのスカートだけれど、今日はポロシャツが水色だ。
昨日と同様、どこかの喫茶店のモーニングといった感じに味と完成度が高い朝食を食べた後。
「とりあえず連絡なのです。寮から歩いて行くと、間違いなく途中で襲撃に遭うのです。今回は使役生物ではなく、操られた生徒や先生なのです。最低でも二十組は確認できるのです」
カドちゃんの言葉になるほどと感じる。
一般人なら化物と違って倒すわけにはいかないから、障害として有効だなと。
ただし疑問も生じたので聞いてみる。
「一般人を操るのって、学校的に問題ないの? 警察とかでは証拠を出せないだろうけど」
「当然アウトなのですよ。第一生徒会や、この学校を真に管理している方々のお怒りを受けるのです。でも日布野も吉森も、そこまで留意する余裕がないのです。こちらの目的が神の力の剥奪と気付いているので、阻止するために使える全ての手を使ってきているのです」
学校を真に管理している方々か。第一生徒会より上の存在がいるようだ。
気になるけれど、今はカドちゃんの説明が続いている。
確認するなら後の方がいいだろう。
「でもこれは、想定された事態なのです。だからこそ中高等部特設決闘場を指定して、日布野や吉森程度の力では操作できない皆様を見物客兼監視として集めたのです。
つまり決闘場周辺は手出しできないのです。なので決闘場に人が集まっただろう八時五十五分頃、この部屋から直接決闘場へ移動するのです。ちょうど紺音ちゃんは移動用のいいアイテムを持っているのです。だから問題はないのです」
この学校を真に管理している方々とやらの前に、軽く確認しておこう。
「ここで朝食を食べるというのは、危険を避けて3人同時に決闘場へ着くためだった訳?」
「それもあるけれど、紺音ちゃんのごはんが美味しいのが最大の理由なのです。このために中等部一年の時から、受けられる依頼は紺音ちゃんと組んで受けているのです」
「それが一ヶ月に六回って事?」
「任務だけでは足りないので、何かと用事を作るのですよ」
何だかなあ、という気がしないでもない。
もちろんカドちゃんなりの謙遜なんてのも、少しは混じっているのかもしれないけれど。
さて、それでは真に管理している方々について、聞くとしよう。
そう思ったところで、カドちゃんの方が先に口を開く。
「さて、まだ移動まで二十分以上あるのです。ところで彩香氏はその服装で戦闘、大丈夫なのでしょうか。戦闘スタイル的に焼け焦げる可能性は高いので、もっと安価な格好の方がいいと忠告しておくのです」
今の格好は下がチノパンで上がポロシャツ。
両方とも綿なので、溶けて張り付くなんてことはない。
しかし確かに勿体ない気がする。
特にチノパンは、これが焦げるとちょうどいいボトムが無くなってしまう。
昨日この格好で神の顕現と戦った時は、何とか燃やしたり焦がしたりせずに済んだ。
しかし決闘でもそうできるとは限らない。
かといって学校用に買ったジャージは熱で溶けるし、実はチノパンよりお値段が高い。
それでも下が短パンで衆目の前に出るのは、何か恥ずかしい。
焦げてボロけると、もっと恥ずかしい事態になる。
つまり……
「でも外に着ていける服の在庫、もうこれだけしかない。既に一着焦がしちゃったから」
厳密にはスカートがあと一着あるけれど、あれで戦闘というのは避けたい。
というかスカートなんてここ数年はいていない。
今更はくのは不安すぎる。
「だろうと思って、実は準備済みなのです。学園購買部で売っている戦闘用作務衣・女性用上下なのです。今回の決闘で着用する場合に限り、御代はいらないのです」
戦闘用作務衣というジャンルがあるというのは、正直よくわからない。
それでもカドちゃんの手元から、それっぽい折り畳まれた服の上下セットが出てきた。
確かにありがたいけれど、作務衣ということの他、無料というところが引っかかる。
「戦闘服用作務衣ってなんなの? あと無料でいいの?」
「作務衣は元が作業服だけに、案外動きやすいのですよ。紐で縛って固定なので、身体にもフィットしやすいのです。あと無料でいいのは確かなのですよ。条件は今度の決闘で着てくれるだけでいいのです」
作務衣ということは、とりあえず了解した。
でも無料の方は怪しい。何か引っかかる。
「そんなわけで試合での着用を約束して欲しいのです」
絶対に怪しい。何かある。
そう思ったところで、紺音が口を開いた。
「広げてみればわかる。その上で着るかどうかは個人の判断」
「あ、広げる前に約束して欲しいので……」
カドちゃんの言葉を無視して、私は上衣を広げる。
なるほど、理解した。
こういうことかと。
「宣伝付きっyrことね、これは」
「スポンサードと言って欲しいのです。有名スポーツ選手のユニフォームと同じなのです」
背中にあたる部分に、かなりの広さで広告の文字が躍っている。
『学内能力者年鑑 六月発売予定』
『中高新聞一部三百円』
『本決闘の号外は明日十時発売予定!』
そんな感じで。
どっと疲れを感じた。
何というか、これは……
「まさか高校の活動で、広告付きの服を着るとは思わなかった」
自分でもピントがずれた言葉だとは思う。
でも今の気分に適当な言葉が出てこない。
「この作務衣は学園が製造販売に関わっている関係で、上下で三千八百円と比較的お安いのですよ。多少穴があいても付属修復布をアイロンでくっつければいいので便利なのです。ボトム部分は布も厚めで、破れにくく出来ている優れものなのです」
確かに布地は厚めの木綿でしっかりしている。
色も濃い小豆色で、シチュエーションを選ばなそうだ。
その分背中の広告部分が目立つけれど。
ただ値段を聞いて、微妙に疑問を覚えたので聞いてみる。
「確かに広告が派手だけど、今回の決闘とその見物人だけで、ペイできるほどの効果はあるの?」
「それは問題ないのですよ」
カドちゃんは自信たっぷりという感じだ。
「今回の決闘については、百人前後は見に来ると思うのですよ。更に学内掲示板に広告部分が見えるような写真を載せれば、認知数は更に増えるのです。
あと『学内能力者年鑑』は一冊二千七百八十円するのですよ。印刷も製本も自前なので、割と利益率がいいのです。更に号外が売れてくれればウハウハなのです。
本当は『各生徒会・サークル一覧』の宣伝も入れようかと思ったのです。しかしあれのターゲットである新入生は、この時期の決闘は見ないだろうと思って入れなかったのです。その分予定より広告が少なく、すっきりしたデザインになったと自負しているのです」
いや、ちょっと待ってほしい。
「これのどこがすっきりしたデザイン? 背中はほぼ全面広告だよね」
「その代わり前は最低限で抑えたのです。それにこれを縫うのは結構面倒だったのですよ。昨日連絡が遅れた罰ということで、梅波副会長に刺繍作業を押しつけられたのです。なので一人暗い新聞部部室で夜なべをして刺繍したのです。これで彩香氏が服に困らないで済むからいいんだと、自分に言い聞かせつつ作業したのです」
確かに背中の文字や枠線は、全部刺繍だ。
なら相当に手間がかかっただろう。
私の家庭科的技能だと、一晩どころでは済まない。
そう思うと、何か微妙に申し訳ない気分になってきた。
確かにこれがあれば着る服がなくて困るということはないから。
そう思ったところで、紺音が口を開く。
「新聞部は第五生徒会、イス人の領域。印刷・製本に限らず、便利道具が山ほどある。去年武闘大会のために作った大漁旗も全面刺繍だったけれど、十五分かからなかった」
えっ!? それって、つまり……
「そこは言わないで欲しかったのです。さて、そろそろ着替えないと間に合わないのです。だから諦めて彩香氏はこれに着替えるのです」
あきらかにカドちゃん、誤魔化そうとした。
誤魔化しきれていないけれど。
確かにこれを着るのはなんだかなとは思う。
でもまあ、着る服が無くなるよりはずっとましだろう。
だからここは、妥協という事で。
「いいわ。着替えてくる」
私は紺色の作務衣(背中側全面広告入り)を持って、自分の寝室へ向かった。