15 戦闘訓練 ⑵
視界に加わったのは、敵の移動方向と一定時間後の移動場所予測。
普通の視界に重なって、矢印が出ているように見える。
こんな経験は初めてなのだけれど、意味も使い方もわかる。
更には今まで使う事がなかった新たな攻撃方法があることもにも気付いた。
ならもう、無理して接近戦を挑む必要はない。
だから私は、シャンタク鳥の攻撃を後方側へ避ける。
敵が俺を捉えきれず、上空に戻った。
今まではもう一羽がこちらへと加速し、間髪を入れず次の攻撃を入れるところ。
しかし私は今回、紺音から離れる方向へ動いた。
間合いが先程より伸びた結果、次の攻撃を仕掛けようとするシャンタク鳥の攻撃までの間が少しだけ伸びる。
その隙に私は左腕を伸ばし、狙いをつける。
目標はこちらに向かって来ようとするシャンタク鳥、厳密には新たに加わった移動場所予測が示す、一瞬後のシャンタク鳥の位置。
意識を集中した次の瞬間、私の左手から熱線が放たれる。
狙ったシャンタク鳥が炎に包まれた。
向きを変え上空に逃れようとしたけれど、上昇途中で力を失い、地上へ落ちる。
残った一羽は空中でターンしている途中。
今までは二羽で交互に攻撃することで、隙の無い攻撃間隔を稼いでいた。
しかし片方が倒れた今は隙だらけ。
それでも今までは、空を飛んでいる相手は攻撃出来なかった。
しかし今の私は違う。
左腕を伸ばし、奴の移動場所予測に向ける。
熱線が飛び、怪鳥は炎に包まれた。
これで使役生物は倒した。
あとは紺音に近づき、タッチすれば戦闘訓練は終了。
そう思った時、紺音の声が聞こえた。
「難易度をあげる。闇の顕現」
この『闇の顕現』には覚えがある。
学校の事務棟に行く途中、魔法の見本として紺音が使った魔法。
周囲が真っ暗になり、何も見えなくなった。
紺音の位置だけは、新たに加わった移動場所予測でわかる。
移動方向が出ていないのは、動いていないからだろう。
「次に出すのは狩り立てる恐怖、あるいは忌まわしき狩人と呼ばれる使役生物。小型だが獰猛で動きも素早く、真の暗闇でも動ける。
長さ三米のコブラに二対の腕がついたような外形。攻撃方法は噛みつきとかぎ爪によるひっかき、長い身体による巻き付き。
今回出すのは一体。この一体を倒すか、私にタッチできれば終了」
周囲が真っ暗になったけれど、紺音の移動場所予測は出ている。
だからこの暗闇の中でも、近づいてタッチする事は可能だ。
足下が見えないから注意する必要はあるけれど。
そう思ったところで、もう一体、敵の表示が出現した。
速い! まっすぐこちらに向かってくる。
右に避けつつ、熱線を放つ為に左手を敵表示に伸ばす。
熱線発射。しかし敵表示はすっと右へ移動して避けつつ急接近。
避けられない!
私とっさに左腕を前に出して、身体をかばう。
左腕に強烈な痛み、プラスして締め付けられるような痛み。
噛みつかれた。そして巻き付かれている。
幻影と紺音は言っていたけれど、現実としか思えない触感と痛覚だ。
跡がついたら半袖が着にくくなるかな。でも幻影だから大丈夫か。
しかし幻影にしては、締め付ける強さが半端ではない。
このまま放置したら、複雑骨折して使えなくなりそう。
なので右手で殴ってみるけれど、固くて効果は無さそう。
巻き付いた敵の急所は何処だ。頭だろうか。
場所に見当をつけて握り潰そうと考えたが、身体が伸びているようで頭に手が届かない。
右手で熱線を放って左手の蛇を倒そうとしたけれど無理っぽい。
今の私の場合、熱線を放てるのは左手のみの模様。
ならどうすればいい。
そう思った時、訓練直前の紺音が言葉が思い浮かんだ。
『もし光線や炎、熱線が出せるなら使ってもいい』
光線は出た。なら炎も出せるかもしれない。
私は敵に巻き付かれたままの左腕を伸ばして、意識を集中させる。
ボウッ、左手が明るく輝いた。
巻き付いている縄状の何かが炎を上げ、下へと落ちる。
腕を締め付けていた感触が消えた。
左腕が半ば無意識に下へ向いて、熱線が放たれる。
落ちてもがいていた紐状の何かが更なる炎をあげ、そして燃え尽きた。
「終了」
紺音の声。周囲が一気に明るくなった。
もとの風景、荒れた地面と海へと続く坂、木々が生えた尾根が見える。
「彩香の能力は炎。熱線として放出することも、自分の身体を炎と化する事も可能。炎の剣や槍を作り出して使用する事も可能。それさえわかれば、決闘で後れをとることは無い」
つまり今回の訓練とは、きっと。
「私が熱線や炎を出せる様にする為の訓練だった訳ね」
紺音は頷いた。
「そう。ただ思った以上に早く適応した。Glyu-Vhoの戦士の力が予想以上に強い。そのうち飛行や超高速移動を使えるようになるかもしれない」
えっ!?
「空も飛べるの?」
非現実的だろうけれど、楽しそうだ。
「Glyu-Vhoの戦士は、飛行や星間移動が出来るとされている。人間の身体構造があるから、星間移動は無理だと思うけれど」
「楽しみかな、それは」
この非現実ばかりの島なら、人だって飛行できても不思議ではないのかもしれない。
他の人に見られたらまずいかな。この島でなら問題ないか。
「ただ今のところ、飛行能力を持った生徒はいない。空を移動する際は使役生物に乗る場合がほとんど。あとは呪文かアイテムを使って擬似瞬間移動を使うか」
「そう簡単ではないって事ね」
残念だ。
そう思ったところで気づいた。先程の左腕の痛みが消えている事に。
見て確認。むき出しの左腕に傷は見当たらない。
半袖やノースリーブを着ても問題無さそう。
「さっきの戦闘で、左腕に噛みつかれたり絞められたりした跡が無くなっているけれど」
あれ、結構痛かったのだ。
なのに跡がまったく残っていない。
「今回のは訓練用の幻影。魔法を解けば痕跡は消える。ただ魔法継続中に攻撃されれば痛い。場合によっては死ぬ」
幻影といってもなかなか強烈な代物みたいだ。
この島というか学園、やっぱり洒落になっていない。
「これで訓練は終わり。着替えた方がいい」
パーカーとスウェットの左腕部分が無くなっていて、肩口部分が焦げている。
私自身は熱く感じなかったけれど、熱は生じていたようだ。
もったいないけれど、これではもうこの服は終わり。
大丈夫な部分だけを鋏で切って、布巾や雑巾に出来るかどうかってところ。
でも最初に着ていたジャージでは、熱で溶けて肩口にくっついていたかもしれない。 だから紺音が着替えてと言ったのは、間違いなく正解だ。
そしてパーカーとスウェットより、ジャージの方が高価。
だから今回は安く済んだと思う事にしよう。
訓練するたびにこれではもったいないから、次に訓練する様な時はTシャツくらいにしておいた方がいいけれど。
「それじゃさっきの小屋で着替えるから」
紺音が頷いたのを確認して、さっきの小屋へ。
置いておいたディパックからTシャツとトレーナーを出して……
上半身だけ着替えると、どうにも格好がつかない。
仕方なく上下全部着替え、脱いだ服をデイパックに入れる。
「着替え終わった」
外で待っていた紺音に声をかけ、そして来た時と同じようにカードリーダーに学生証を通し、自転車のところへ。
「帰りついでに購買部に寄って、明日朝食まで買っていい?」
確かにそうすれば、もう一度自転車で購買部まで行く必要はなくなる。
「わかった」
そう返答したところで、紺音が私の自転車の方を見ている事に気づいた。
そういえば自転車を買った時に、後で借りていいか聞いていたなと思い出す。
今の服装なら紺音でも私の自転車に乗れそうだ。
「なんなら帰りは自転車を交換しようか。寮手前まで」
「ありがとう」
うん、これは笑顔だ。今の私にはわかる。