14 戦闘訓練 ⑴
「準備は動ける服装と、念のための着替えと、タオル」
そう言われたので、寝室に戻って着替える。
なお香妥州学園は、中高ともに制服も体操服も指定がない。
なので体育等で使用するジャージ等は、
『各自運動できる服装を用意してください。中学等で使用したものでも結構です。また学園島でも購入出来ます』
となっている。
ただそれでは格好つかないので、一応メーカー品のジャージを買って貰って持ってきた。
それにトレーナーやTシャツ、短パンも用意済み。
という事でメーカー製ジャージに着替えたところ、紺音からダメ出しを食らった。
「学校の体育ならそれでいい。でも戦闘訓練なら熱で溶ける衣服は避けるべき。彩香は炎を操るから特に」
寝間着兼用のスウェットとパーカーに着替え直し。
着替えとタオルが入ったディパックを持ってリビングへ。
紺音も既に着替えていた。
今日の服装は、黒い大きめのトレーナーにやはり黒いルーズパンツ。
トレーナーの前側にはおどろおどろしい化物のイラストが描かれていて、背中には何らかの紋章みたいなものが入っている。
これもやっぱり地雷系と言っていいのかな。
詳しくない私は、よくわからない。
「これでいい?」
「綿なら大丈夫。あと今日は自転車で移動予定だから、自転車置き場で待ち合わせよう」
自転車で行くという事は……
「訓練場所って、遠いの?」
「島の南西端近く。五キロくらいある。準備運動を兼ねて自転車で行く。二〇分くらい」
自転車で二〇分か。
「結構あるね」
「大学部の訓練場だけれど、中高等部でも申し込めば使える。学園内SNSで予約可能。遠いから空いていて、当日でも予約を取りやすい」
なるほど。
「わかった」
先に部屋を出て、自転車置き場へ。
昨日買った自転車の鍵を外したところで紺音がやってきた。
寮生で自転車を持っている人は少ないので、すぐわかる。
自転車を引っ張り出して、ヘルメットをかぶって、跨がって。
横目で見ると、紺音もほぼ同時に準備完了。
「行こう」
紺音について、自転車で西方向へと向かう。
◇◇◇
トンネルを潜った先には車三台分の駐車場と、物置小屋よりちょっと大きい程度の建物。
小屋の両脇横方向に伸びている緑色のネットフェンスで、先に進めないようになっている。
小屋の前で自転車を停めて鍵をかけ、小屋の中へ。
中は小さい更衣室が二つと、カードリーダ端末があるだけ。
「学生証を通すと、道路側の鍵が閉まり、訓練場側の鍵が開く。使用者全員の学生証を通す必要があるから、彩香も学生証を通して」
「わかった」
言われた通り、紺音に続いて学生証を通す。
二人とも通したところでカチッと、前後の扉から音がした。
「これで外からは入れない。此処に着替え等を置いておいても大丈夫。訓練で壊すとまずいから、スマホも学生証もここに置いておいた方がいい」
言われたとおり持ち物を置いて、手ぶらで訓練場側の扉から外へ。
幅百米、長さ二百米程の谷間状の地形で、先は緩やかな坂で砂浜に繋がっている。
地面は基本的に土と岩で、所々に焼け焦げた草がある。
「荒れている感じだけれど、これって戦闘訓練のせい?」
「そう。ただ訓練場は周囲を障壁魔法で覆っている。よほどの魔法を使わない限り周囲に被害は生じない」
いくらなんでも、銃火器は使わないと思う。
ということは焼け焦げたのも、魔法によるのだろう。
岩が崩れたり土が削れたりした跡もある。
こんな相手と戦うことになるのだろうか。
そんな事を思いながら紺音の後についていく。
小屋から少し下ったところに、ペンキで雑に赤線を引いてある場所が二箇所あった。
「基本の戦闘訓練の場合の開始位置。今回は私が向こう側、彩香がここから訓練を開始。ちょっと待っていて」
そう言って紺音は、小走りで向こう側の赤線に移動してこっちを向く。
「私が使役生物を出す。倒すか避けるかしながら私に接近し、タッチできれば訓練終了」
タッチできれば終了か。
でもそれが簡単だとは思っていない。
今までの話を聞く限り、紺音は相当に強いようだから。
「それでは使役生物を召喚する」
紺音の前一米の地上に、クジャクくらいの鳥が二羽出現した。
ただし形はクジャクというか、鳥と恐竜の合いの子というか、始祖鳥に一本角をつけたような形だ。
「シャンタク鳥。本来は象くらい巨大だけれど、最初の訓練ということで小型にした。主な攻撃は噛みつきとかぎ爪での攻撃。ただ今回は実物では無くて魔法で作った幻影」
幻影ということは、比較的安全な状態で訓練する為だろうか。
それとも自分が召喚した生物を傷つけるのが嫌だからだろうか。
「もし光線や炎、熱線が出せるなら使ってもいい。この訓練場は障壁魔法がかかっているし、私もかなり強力な障壁魔法を展開する。だから問題はない」
「わかった」
「それじゃ訓練開始」
二羽の怪鳥は羽を広げて浮き上がる。
どうやら普通の鳥のように羽ばたいて浮くのでは無く、魔法的な飛行方法を使っているようだ。
今回は紺音にタッチする事が目的。
だから私はダッシュして、紺音に近づこうとする。
ふっと一羽が羽をこちらに傾けた。
嫌な雰囲気だ。
私は右足で地をけり、左へ進路を変える。
すぐ右を怪鳥が通り抜けた。
動きが普通の鳥と明らかに違う。
「使役生物を含む神話生物は、通常の動物と動きが違う。まずはその訓練」
なるほど。魔力とか魔法とかを使うから、物理法則に従う常識的な動きと異なる訳か。
なんて事を口で返答するような余裕はない。
交代で襲ってくる怪鳥二羽の攻撃を避けるだけで精一杯。
紺音に近づくどころか、むしろ遠ざかりつつある。
今のままでは速度的にも間合い的にも、こちらからの攻撃は不可能だろう。
羽を攻撃できる範囲に入った場合、次の瞬間に嘴かかぎ爪が襲ってくる。
最低限必要なのは間合いの長い武器か、飛び道具。
そう思った次の瞬間、私の視界が変化した。