10 お買い物
学校の購買部に百円ショップがあるのは便利でいい。
なんて思いながら自転車の鍵二種類、あとライトを紺音のアドバイス通り買って、ディパックに入れて先へ。
「あとは食料でいい?」
紺音は頷いた。
「米は十キロの袋が半分以上残っている。調味料も一通り。パンやパスタは無いから、いるなら買う。あと野菜や肉は此処で買うけれど、魚はその先の売店が安い。ただ魚は毎日入荷状況が違うから、先に寄った方がいい」
あの宗教団体の魚屋か。
大丈夫なのだろうかという思いと、怖い物見たさとが半々……
なんて思いつつ、紺音について歩いていると。
「魚、苦手? 苦手なら肉にする」
いや、問題ない。
「魚は好きだよ。海無し県だったからあまり食べていないけれど」
埼玉県には海がない。
流通が優秀だから刺身も生魚も普通に売っている。
でも海沿いの県と比べるときっと高めだし、鮮度も落ちているだろうと思う。
少なくとも肉よりは高くつくので、我が家ではあまり食べなかった。
「苦手な食べ物はある? 和風と洋風どっちが好み? パンとごはんどっちが好き?」
確かに今後は夕食と朝食が一緒だから、お互い知っておいた方がいいのだろう。
「特に好き嫌いは無いかな。強いて言えば梅干しは苦手だけれど、そのくらい」
「なら今夜はごはん、明日朝はパンでいい?」
「それがいい。ありがとう」
何か夫婦とか同棲みたいだなと思う。
単に一緒に住んでいるだけだし、同性なのだけれど。
そう思って、そして気づいた。
同居なら紺音に料理を任せっぱなしなのはまずいよね、やっぱり。
「あと食事を作るのは、毎日交代でいい?」
「私が作る。作るのは好き。一緒に食べる相手がいる場合は」
一方的にお願いしていいのだろうか。
でもそう言っているのに、断るのは申し訳ない気がする。
あとここで断るのは、逆にまずいような感じもした。
何故かはわからない。
でもまた一瞬、闇を感じた気がしたから。
「じゃあお願いしていい? 疲れたり用事があったりする場合は遠慮無く言って。ある程度は私も作れるから」
これでも一応は女子だし、休日は自分の分は自分で作るという家だ。
だから簡単な料理くらいなら何とかなるだろう。
実は鍋で作ったことがあるのは、具無し袋入りラーメンと、玉子焼きくらいしか無いけれど。
目玉焼きは美味く玉子を割れないから無理。
「わかった。それじゃ夕食に使えそうな魚があるか、見てみる」
ここまで来ると、魚屋はもう目の前だ。
何と読むのかよくわからないけれど『海産物専門 蔭洲升』なんて看板が出ている。
店頭にはプラ樽や籠を並べて生魚や貝、更には海藻などが並んでいた。
並んでいる魚は真鯛、ヒラメ、カレイ、穴子、黒鯛、アジ、サバ、大きいイカ二種類といったところ。
そして紺音の目にとまったのは、大きい長円形のイカの模様。
「Chthonian、いやアオリイカ」
「いあ、いあ。Chthonianなんて取ったらShudde-M'ellに襲われちまうっすよ。仮にも同じ大いなる神を仰ぐ連中なんだから、そんな事出来ませんって。で、どうっすかこのアオリイカ。見たとおり肉厚で新鮮っすよ」
目が大きくて何となく離れている、大学生くらいのお兄さんがそんな事を言っている。
確かにこのイカ、まだ動いているし新鮮そうだ。
大きさも普通のスルメイカの倍以上ある。
ただしお値段もその分お高めで、一杯で二千百五十円。
二人で食べるにしても、ちょっと高い。
あと同じ大いなる神というのが気になる。
しかし此処では聞かない方がいいのだろう。
そう思ったところで、紺音がイカを見たまま口を開いた。
「どうする。予算的には高め」
私にそう聞くという事は、食べたいという事だろう。
「美味しそうだし大きいし、私も食べてみたいかな」
「ならこのアオリイカ一杯。あとそのアジ一カゴ」
「毎度~。いあ、いあ」
『いあ、いあ』というのは何だろう。
最初にもそう言っていた気がするけれど、方言か何かだろうか。
あと確かにアジが安い。
一匹一匹は小さいけれど、数がどっさり入っているのが一かご二百円だ。
そして値段を意識して気がついた。
昼食は紺音に出してもらったから、今回は私が払った方がいいだろう。
慌てて財布を出そうとしたけれど、紺音の方が早かった。
「こっちは私が払う。野菜や肉の方を頼む」
「わかった」
魚を購入して、そしてスーパーっぽい方へ。
こっちは何というか、普通のスーパーっぽい。
なお買い物をしているのは大学生以上か社会人風が多く、ほとんどが一人。
なら紺音と二人で買い物している私は、他人からどう見えるのだろう。
女子同士で共用のキッチンで作ってわけるのは、普通と思っていいのかな。
急にその事が気になる。
大丈夫だろうか、一緒に買い物をして。
そう思ったところで、前から男女二人組がやってきた。
ニ人ともポロシャツ姿で高校生風。
私達と同じように二人で買い物をしているようだ。
何者でどんな関係だろう。
そう思ったところで二人がこちらを見る。
「おっと、灰夜が勝門以外と一緒なのは珍しいな」
どうやら紺音の知り合いのようだ。
そう思ったところで、紺音が頭を下げる。
「先日は済みませんでした。せっかくの話をお断りしてしまいまして」
紺音も普通に話すことは出来る様だ。
ところでこのせっかくの話とは何だろう。
前提知識が無い私にはわからない。
「いや、無理にお願いすべきものではないからさ。気にする必要は無い。それにしても、僕達以上に呉越同舟な組み合わせだね」
「こっちは業務上、仕方なく組んでいるだけですけれど」
向こうの女子はツンデレ系なのだろうか。
それとも本当に仲は良くないけれど、仕方なく組んでいるのだろうか。
そもそもこの二人は、どういう組み合わせなのだろうか。
呉越同舟と言っているけれど。
そう思ったところで、紺音が私の方を見る。
「こちらが三年一組の光辺先輩と野殿先輩。あとこっちが今度一年に編入してきた伊座薙。今は伊座薙にこの学校の案内をしていました」
一組という事は特例コースだ。
つまりは二人とも、何らかの神の力を使えるということになる。
「という事で学年は違うが、よろしく」
「私もよろしく。あと紺音ちゃんをよろしくね。この馬鹿と違って繊細だから」
「灰夜をよろしくと頼むのは、立場上は僕の筈だろ」
「そうだけれど、光辺はそっちらしくないでしょ」
「自覚はあるけれどさ。という事で、それじゃ、また」
何かよくわからない二人組だなと思いつつ、見送った後、紺音に聞いてみる。
「あの二人は、どういう知り合い?」
「此処では話さないほうがいい」
何か秘密にした方がいい事情があるのだろうか。
でも何か理由があるのだろう。
だから私は頷いておく。
「わかった」
取りあえず男女で買い物をしている高校生もいるのだ。
私と紺音が一緒に買い物をしていても、決しておかしくはない。
今はそれがわかっただけで良しとしておこう。