9 まずは自転車
戦闘後、五、六分歩いたところで、眼下に船着き場が見えた。
「あの辺が中央購買」
購買というか一連の建物があるのは、道路よりも下の海に近い部分だった。
この辺からは見下ろす形で全体像を見ることが出来る。
この道路から下っていった道へと続く、そこそこ広い駐車場。
1階建てだけれど横に長く広い、ホームセンター風の建物もある。
私がこの島に着いた場所より立派な船着き場。
更には船着き場に……
「大きいね。あと漁船みたいな船が見えるけれど、ここには学園船以外も来るの?」
「あれは陀嚴秘密教団の漁船。購買にある直売所で魚介類を売っている。新鮮で安い」
ちょっと待ってほしい。
「宗教団体が、魚を売っているの?」
「大学部や第一生徒会所属のサークルにもある。主に海か海辺で活動している連中」
うーん。何というか……
「そんな相手から食べ物を買っても大丈夫なの?」
「問題ない。一般の漁師よりいいのを安く売っている。お買い得」
とりあえずこの教団は、『この学園を敵視する宗教組織は幾つもあるし、その一部は学園内に入り込んでいる』という奴ではないようだ。
しかしこの学園というか島、本当によくわからない。
「自転車で上るのが面倒だから、上の駐輪場に置いて、階段で下りる」
道路脇にある駐輪場に自転車を置き、自転車本体の鍵とワイヤーロックをかけた後。
私達は鉄製の階段を下りて店の方へ。
「まずは中古の自転車で、良さそうなものがあるかを見てみる。あればのって帰れるよう整備して貰っておいて、今日明日の食品を買いに回る」
自転車か。
「中古の自転車って、徳山あたりから業者が出張しているの?」
「主催は大学部の学生課。卒業する学生や生徒等から家具や電化製品、自転車、車まで買い取って整備して売っている。時々掘り出し物があるから、暇があれば見に行くといい」
「この島に、車まであるの?」
「島内でも大学部の研究施設は結構遠い。職員や研究員なら家族持ちもいる。学園船もフェリータイプの方なら車が載る」
なるほど。理解出来た。
「まずはこっち」
階段を下りた後、値札付きの軽自動車が並んでいる前を通って、建物の奥側の入口から中へ。
此処がスクーター、バイク、自転車の売り場のようだ。
新車も何台かあるけれど、中古の方がずっと多く、自転車も五十台くらい、スクーターも二十台くらいある。
自転車はママチャリが半分くらいで、あとは小径とスポーツ車。
スポーツ系でも色々あって、値段も八千円のMTBから、十五万円するロードまで。
私が見ても善し悪しはわからない。
これは適当に安いものに決めるより、有識者の意見を仰ぐべきだろう。
という事で紺音に聞いてみる。
「スポーツタイプにしようと思うんだけれど、この値段の差はどういう意味があるんだ?」
「フレームの材質と強度、そして部品のグレードの違い。この島で移動用に使って三年持てばいいのなら安いので十分。でも私としてはある程度いいものの方が安心だし、乗っていて楽しいと思う。部品交換の楽しみもある」
やはり詳しいようだ。
ついでに言うと、私に説明する事が楽しい感じ。
まだ出会って半日も経っていないけれど、何となくわかる。
「スカートでは乗れないけれど、大丈夫?」
「私服もパンツばかりだから大丈夫」
戦闘に巻き込まれる前提という、悲しい生活の結果だ。
おかげでスカートをはくと、逆に不自然というか落ち着かない気分になる。
というのはともかくとして、自転車について更なる説明をお願いしよう。
「ある程度いいものって、どの辺を見ればいいの?」
「現物を見るなら、ここの部分。こうやってレバーでタイヤを外せるタイプは、ある程度本格的なスポーツタイプでいい部品と交換するのも容易。もしカタログだけで見るなら、変速段数が八から十二の倍数になっているものがいい。ある程度いいギア関係の部品は八速以上が基準。安物は六速か七速が基準」
「なるほど、ギアの段数が違う訳」
「厳密には段数だけでなく、ギアと後輪ハブの構造が違う。七速まではボスフリー。八速からはカセットハブ。例外もごく一部にはあるけれど、基本はそう」
うーん、車軸のレバーや段数以外にも違いがある模様。
よくわからないけれど、とりあえずその基準で選ぶとしよう。
ハンドルはいかにもスポーツという感じの曲がったのがあるけれど、慣れていないから普通のもので。
それでギアが八速以上の倍数で……
何台か見ていると、値段の割に何か良さそうな感じのがあった。
青色のすっきりとしたフレームの、二十二段変速の自転車だ。フレームに書かれているGIANTというのはメーカー名だろうか。
値段は二万円ちょうど。高いけれど、紺音が言った条件に当てはまる中では最安値に近い。
「これ、どうかな?」
紺音がやってきて、どれどれと調べ始める。
「ブレーキはOK。フレームも歪みは……なさそう。少しだけ型は古めだけれどおかしい場所はない。スタンドがついているからこのまま日常使い出来る。あとホイールがいいのに変更されているしタイヤも細めで速く走れそう。大きさも良さそうだし、この値段ならお勧めだと思う」
ゴスロリにロングスカート姿とは思えない動きであちこち調べて、そう判断してくれた。
なら、これでいいだろう。
「じゃあ、これに決定」
私は手をあげて店員さんを呼ぶ。
防犯登録の書類を書いて、学生証を読み込ませれば手続き完了。
ただし今渡すのではなく、点検してからになるので、三十分くらい待って欲しいとのことだ。
「わかりました。それでは他の買い物もあるので、そちらを回ってから戻ってきます」
そう店員さんに告げて立ち去ろうとしたところで。
「ヘルメットは新品がいい。あとカゴは付けたほうがいい。鍵とライトは百円ショップで買えるからそれで」
紺音の言葉で付属品も必要な事に気づいた。
なのでヘルメットはさっと見て、とりあえずSGマーク付きのを購入。
カゴは見たところ、安い中古の出物は無い。
「カゴはあとにした方がいいかもしれない」
紺音もそう言っているので、後でいいだろう。
今日の荷物は、今背負っているディパックに入れればいい。
「わかった」
「それじゃ百円ショップ。ライトと鍵を買う」
言われるがままに、紺音について移動。
歩いている途中に、紺音がこう聞いてきた。
「今度、パンツの時でいいから、一度借りていい。もしくは私のと交代で乗っても」
「勿論。自転車、好きなの?」
「サイクリングと読書が趣味。一人でも大丈夫な趣味だから」
微妙に暗黒面が見えたような気がするのは、私の気のせいだろうか。