「二人の勇者、交差する視線」
王都ファルメリア、東の訓練広場。
朝靄の中に石畳の広場が広がり、十数人の王国騎士と魔法兵が一列に並んでいた。
その中央に立つのは、一人の少年――篠原ケイ。
黒髪を乱さず立ち、凛とした眼差しを前に向けている。
「それでは、模擬戦を始めます。対象は第三魔導騎士班、実力者三名。武器制限なし、回復支援あり」
「はい」
ケイは短く返答し、腰に下げた剣を抜いた。光の加護を帯びた銀の刀身が、朝日に反射して鋭く煌めく。
その戦いぶりは、まさに「正統派勇者」と呼ぶにふさわしかった。
剣筋は鋭く、無駄がなく、状況判断と指揮能力にも優れている。
そして何より、“人を導く意志”を持っていた。
模擬戦の終了後、王と宰相が満足げに頷くのを、ケイは見なかった。
彼の目はただ、王国の民を、未来を守るための“正しい力”として、自らを律していた。
そのときだった。
訓練場の端に、飄々と歩いてくる一人の少年の姿があった。
「……ん、やってるやってる。なるほど、もう一人の勇者くんか」
片手を上げて歩いてくる――“葛城ユート”。
リリアとカイルを連れ、その足取りはいつも通り軽かった。
「誰だ、あれ……?」
「王城に入る許可は――」
近衛兵が反応しかけるが、ユートは首にかけたペンダントを掲げる。
それは、勇者召喚時に与えられた“神印”――王命と同等の通行証。
「まさか……あれが……」
「ええ。第一勇者、葛城ユート殿。記録上は“破棄”とされたが……実在していたとは……」
訓練場の空気が、張り詰める。
そして、ふたりの“勇者”が、ついに対峙する。
◆
「初めまして。篠原ケイ、です」
「うん、知ってる。記録見た。オレは葛城ユート。高校二年、数学赤点、料理は苦手。特技は……因果改変?」
「…………」
「いやぁ、同郷のよしみってやつ? にしては、随分きっちり仕上げられてるね。王国の皆さんの“手作り勇者”って感じ?」
「君こそ、どういう立場でここに……」
「“召喚されたけど雑に扱われた系勇者”。流行んないかな、これ」
ケイは困惑しつつも、相手の言葉に潜む毒に気づいていた。
「――まさか、君が王都で魔改獣を消し去ったという、あの……?」
「うん。あれ、力入れてないけどね」
「……信じられない」
「オレも自分が信じられない。召喚されてパン一個で追い出されたし」
周囲の騎士たちは、まるで見てはいけないものを見ているような顔で固まっていた。
そして、カイルが口を挟む。
「ユート、そろそろ本題に入れ」
「だねー」
そう言って、ユートは宰相と王のもとへ歩み寄る。
王は驚きの表情を隠さず、その後に苦い声を絞り出した。
「まさか、そなたが……。我らが……“破棄した”はずの……」
「うん、破棄された。召喚されて、放置されて、勝手に街に出て、パン食ってたら魔物が来て、気付いたら最強だった」
「…………」
「で、聞きたいのはひとつだけ。“何で隠した?”」
その一言に、王の顔がわずかに歪む。
宰相が前に出て、丁寧な口調で言う。
「お察しの通り、貴殿の存在は“計画外”でした。我々が望んだのは、制御できる勇者。統治と秩序を守る“理想の剣”」
「オレは理想じゃない。制御もできない」
「ゆえに、“破棄”した」
「それ、神に怒られない?」
「すでに、神は干渉を控えています。……その代わり、我々がこの世界を守るのです」
ユートは、短く笑った。
「なるほど。じゃあ、もう一人の勇者くんを“御する剣”として差し出したってわけだ」
「それは誤解だ」
ケイが口を挟む。
「俺は、自分の意思でこの世界を救うと決めた。誰に命令されたわけでも、押しつけられたわけでもない」
「うん、そういうとこ、嫌いじゃないよ」
「……?」
「でも、忘れんなよ? 英雄ってのは、時に“都合よく作られる”もんなんだ」
「……君は、世界を救う気がないのか?」
「さぁ? 世界の機嫌なんてとる気ないけど、“オレが守りたいもん”があるときは、ちゃんと動くよ」
ケイはしばらく黙った後、静かに問う。
「……君は、何者なんだ?」
ユートは少しだけ、空を見上げる。
そして、目を細めて言った。
「……“間違って呼ばれた最強のバグ”」
◆
その夜。
リリアとカイルは、王都の裏通りにいた。
「ユートが……大丈夫だと、いいんですが」
「平気だろう。あいつは根が折れねぇ。そういう目をしてる」
「……でも、やっぱり、悲しそうでした」
そのとき、背後の路地から、一人の女が姿を現した。
艶やかな黒髪、血のように赤いドレス。
瞳は妖しく光り、足元から闇が立ち昇る。
「ごきげんよう。“勇者の仲間”さんたち?」
リリアとカイルが即座に警戒する。
「貴様、魔王軍……!」
「ええ、“災厄の姫君”と呼ばれてるわ。あなたたちの邪魔をしに来たの。楽しいでしょう?」
――物語は、いよいよ加速していく。
英雄と、理想と、破棄された力。
誰が正しく、誰が歪んでいるのか。
その答えは、まだ誰にも見えていなかった。