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「もう一人の“勇者”と、王国の嘘」

王都・ファルメリア城――謁見の間。

 黄金の天井と絨毯が敷かれた広い空間に、王と宰相、そして近衛騎士たちが集まっていた。


「……確認する。そなたの名は、篠原ケイ。異世界“ヤマト”より召喚された者で間違いないな?」


「はい。俺は、ヤマトの高校三年、篠原ケイです」


 凛とした声音。整った顔立ち。短く切り揃えた黒髪と、無駄のない佇まい。

 ユートとは正反対のタイプの男が、堂々と頭を下げた。


 


 だが、その後ろにはもう一人。

 肩まで伸びた黒髪に、大きな瞳を持つ少女――


「……えっと、あたし、村上ヒナ。ケイくんと同じ学校の……あの、何でここにいるのか、まだ分かってませんけど……」


「うむ、そなたもまた“勇者候補”の一人として、この世界に呼ばれた」


 


 ――そう。

 ユートとは別のルートで、**“第二の勇者召喚”**が、極秘裏に実施されていたのだった。


 


「では、頼むぞ。篠原ケイ殿」


「……はい。俺は、全力を尽くします。この世界と、人々を守るために」


 まっすぐな答えに、王も満足げに頷く。

 だが、玉座の後ろに控えていた宰相の口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。


(――あくまで、使える駒として)


 


 ◆


 


 その頃、王都西側・商人街の宿屋「茜の蔵」では、ユートたちが新たな計画を練っていた。


「じゃあ次は東回りでいく? 西はもう行ったし」


「それって、“魔王領の境界線”超えるルートですよね?」


「まぁ、そろそろ接触してくるんじゃね? 魔王軍もさ。前回の“影”だけじゃ済むはずないでしょ」


「はぁ……もう慣れましたけど、本当にこの人、命の重みが違う気がする……」


 呆れ顔のリリアに、カイルが苦笑しながら同意する。


「まぁ、気持ちは分かる。……けど、そろそろ“お前の正体”をはっきりさせておいた方がいいんじゃないか?」


「正体? オレ、高校生だけど?」


「そうじゃねぇ。……昨日、王都で妙な噂を聞いた」


「おや、なんか出た?」


「“新しい勇者が召喚された”って話だ」


 その一言に、場の空気が一瞬、静止した。


「……新しい?」


「そうだ。お前とは別に、もう一組。王直属で護衛され、表向きには極秘裏に動いてるらしい。だが、情報は漏れるもんだ」


「…………」


 ユートは沈黙したまま、テーブルの縁を指でトントンと叩いていた。


「……面白くなってきたな」


「怒ってないんですか?」


「怒ってはないけど……そうだな。ちょっと、聞きたいことが増えたな、王様に」


 


 ◆


 


 その夜、王宮の地下で、ひとりの神官が書類を焼却していた。


 勇者召喚に関する記録――“ユート”の名が記された最初の勇者召喚報告書。


「……この者の存在は、計画外だった。神の意志に近すぎる」


 燃え上がる炎の中で、神官はひとり、呟いた。


「次なる戦争のために必要なのは、“御しやすい勇者”だ」


 


 彼らは、“偶然召喚された最強の少年”を制御する手段を、すでに捨てていた。

 だからこそ、より“管理可能な勇者”――篠原ケイが選ばれたのだ。


 


 ◆


 


 翌朝、ユートたちは王都の外れ、忘れ去られた古図書館の地下室にいた。


 カイルの伝手で得た“召喚記録の隠し写し”を手に入れるためだ。


「……あった。これが、最初の召喚文式図……」


「うわ、字ちっさ! 誰が読むんだよこれ……あ、でも“名前”の欄、見てみ」


 そこには確かに、“葛城悠翔”の名が刻まれていた。


 だがその上には、赤く線が引かれ、備考欄にこう記されていた。


 


「召喚対象:不適合。精神構造逸脱の疑いあり」

「管理不能につき、破棄」


 


 しばらく誰も、言葉を発せなかった。


 


「……つまり、オレは最初から“想定外”の存在ってこと?」


「それは……」


「へぇ、いいじゃん。最高にオレらしくて」


 そう言って、ユートは笑った。


 いつものように、飄々とした、軽くて、どこか投げやりな――それでいて、どこか悲しい笑顔で。


 


 ◆


 


 その夜、王宮の天文塔から、魔王領へ向かって巨大な光の柱が放たれた。

 魔族を討つ“封呪兵器”――だが、それは同時に、“戦端の開放”でもあった。


 その光を見て、ユートは小さくつぶやいた。


「始まったな。世界が……本気で、オレを試しにきてる」


 


 傍らのリリアが、そっとその手に触れる。


「大丈夫です。あなたは……ひとりじゃありませんから」


 ユートは、無言でその手を握り返す。


 


 ――異世界に現れた“二人の勇者”

 片や最強にして規格外、もう片方は真面目で従順な理想の英雄。


 その運命が交わる日は、もう、遠くなかった。

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