「剣士は背を預ける相手を選ぶ」
王都の北門。
旅人と商人で賑わう朝の大通りを、ユートとリリアの二人は並んで歩いていた。
「次の目的地、どうするんですか?」
「うーん……まっすぐ魔王城行ってもなー。迷子になるのもアレだし。どっか、冒険者ギルド寄ってみる?」
「情報集め、ですか?」
「うん、そう。あとは、ほら……」
ユートはチラリとリリアを見て、茶目っ気たっぷりに口を開く。
「二人旅ってさ、いろいろ面倒だし、誰か連れてこーぜ? 戦闘とか料理とか、分担できたほうが絶対ラク」
「あなた……勇者ってそんな適当でいいんですか……」
「いいの。最強だし。むしろ効率重視でしょ」
呆れたように言いながらも、リリアの口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。
◆
冒険者ギルド・王都支部。
無骨な石造りの建物には、朝から依頼を受けようとする冒険者たちの声が飛び交っていた。
「うぇ〜、人多いな。密じゃん」
「……最近、“北の山岳地帯”で魔物の異常発生が相次いでるって噂、聞きました?」
「北かー。なんか、ボスいそうなニオイするな」
受付で話を聞くと、確かに“北方の鉱山地帯”で、複数の探索隊が消息を絶ったという。
「魔王軍の動きの可能性も……と言われていますが、現時点では未確認です」
「なら、行く価値あるな。どうせ退屈してたし」
「……ユートさん、ほんとに行く気ですか?」
「うん。ボス戦、やっと来た感あるじゃん」
軽く言いながら依頼を受けたユートたち。だが、ギルドを出たところで、一人の人物とすれ違った。
それは――全身に傷を刻んだ、一人の若き剣士だった。
褐色の肌に乱れた銀髪、鋭い目つきに肩で風を切るような歩き方。
背中には大剣。腰には、折れた勲章のような金属片。
「……お前ら、あの依頼、受けたのか」
すれ違いざま、低く響く声がユートたちを止めた。
「ん? うん。行くよ。北の鉱山のやつでしょ?」
「あそこには、もう“人間”じゃ通じねぇモンがいる。やめとけ。死ぬぞ」
「へー、脅しか? てか……誰?」
「元・王国騎士団第一連隊長、カイル=バルナードだ」
「肩書き渋いねー! かっこいいねー!」
「……軽すぎてムカつく」
リリアがそっとユートの腕を引いた。
「ユートさん……この人、本物ですよ。三年前、王国軍の“対魔将戦”で独り敵陣に突撃して、二千の兵を止めたって伝説が……」
「マジ? ヤバ。なんで今ギルドに?」
「失脚したんです。王の命令に逆らって、民間人の撤退を優先したから……」
「うわ、それは……。好きなタイプだな。背中任せたくなる系のやつ」
「は……?」
「じゃあ、カイルくん? 一緒に来なよ。旅、つまんないの。強い人と組んだら燃えるっしょ?」
「ふざけてるのか?」
「いや、マジ。オレ、最強だけど“仲間の力”ってやつに憧れてんだ」
その目には、確かに“真剣さ”があった。
カイルは目を細めると、しばらく沈黙の後、ぼそりと呟いた。
「……だったら、ついてこい。お前がどんな奴か、試してやる」
◆
その日の夕刻、三人は北方の鉱山地帯に足を踏み入れた。
冷たい風と鉱毒の匂いが漂う山の麓――そこには、明らかに“異常な気配”があった。
「……ここの魔力、濃すぎる。地形自体が変質してる」
「うーん、ダンジョン化してるってやつ? この先、ボスいそう?」
「気軽に言うな。生きて帰れると思うなよ」
言いながらも、カイルの手はしっかりと剣の柄にかかっていた。
そして、その“気配”は唐突に現れる。
――ズンッ。
地鳴りのような足音。
岩肌を割って現れたのは、体高三メートルを超える異形の魔物。
黒鉄の皮膚、赤熱する眼、腕に嵌めた斧のような骨格。
「……中ボス、いただきましたっと」
「ッ、こいつ……“魔改獣種”か!」
「リリア、後ろ下がって! 絶対に前に出るな!」
敵が咆哮する。地面が揺れ、空気が裂ける。
それを受けて、ユートは静かに右手を前に出す。
「制限解除――」
風が変わった。
一瞬で、空間ごと色が変わる。
ただ指を鳴らしただけで、魔改獣の両脚が粉砕される。
「なっ……!? 一体、何を……」
「まーね、最強なんで?」
軽く言いながらも、その目は獣から一瞬たりとも逸らさない。
「次で終わらせるよ。目、閉じといて」
そして――
魔獣は、音もなく、空に溶けた。
跡形もなく、痕跡もなく。ただ、「結果」だけが書き換えられていた。
◆
「……お前、本当に何者だ?」
魔獣を消し去った後、静かに立ち尽くすカイルが言う。
その目は、最初の敵意や警戒を超え、尊敬に近いものに変わっていた。
「高校生。あと、勇者?」
「ふざけてるな……いや、ふざけてないな。わかった。……背中、預けてやるよ」
そう言ってカイルは、がっしりとユートに手を差し出した。
それをユートは、笑って握り返す。
「よっしゃ。仲間、ゲットっと」
その日、最強の勇者の旅に、もう一つ“信頼”の影が加わった。