「お前、やっぱり只者じゃない」
ゴブリン討伐から一夜明けて――
ネルヴィル村の空気は一変していた。
村人たちは、まるで神を崇めるような目でユートを見ていた。
昨夜の“因果律の書き換え”によって、誰一人として怪我をすることなく、ゴブリンの群れはあっけなく消滅した。
「こ、これはほんの気持ちです……!」
村長は目を潤ませながら、ユートの前に木箱を差し出した。中には大量の野菜と燻製肉、そして銀貨が数枚。
「おう、やった! これで三日は生きられる!」
「いや、そんなにお役に立てたなら……もっと何か……」
「いやいや、十分。てかオレ、基本野宿で慣れてるし」
へらっと笑うユートに、村人たちは困惑しつつも笑みを浮かべる。
だが、そんな中――
「……やっぱり、あなたは只者じゃない」
ぽつりと、リリアが言った。
◆
その日の夕方。
村の外れ、小高い丘の上に腰掛ける二人の姿があった。
ユートは木の枝を口にくわえ、リリアは彼の隣で静かに空を見上げていた。
「……なんか、最近よく言われるんだよね。“只者じゃない”って」
「でも、事実でしょう? 昨日のあれ、普通じゃできません」
「……まあね」
ユートの笑みには、どこか曇った色が混じっていた。
「オレさ、“最強”って言われるの、別に嫌じゃないけど……“期待される”のはちょっと苦手なんだよ」
「……どうして?」
「背負わせようとしてくるから。誰かの“願い”とか、“希望”とか。そういうのってさ、重たいじゃん」
リリアは目を瞬かせた。
確かに、ユートは冗談ばかり言っているようで――時折、妙にリアルな重みのあることを口にする。
「けど、あなたが救ったんです。この村を。人を」
「それは、たまたま。気分とタイミングが合っただけ。……だから、勘違いさせんなよ?」
「…………」
静かに風が吹いた。
リリアは俯き、ぽつりと呟く。
「それでも、私は……」
「……ん?」
「私は、あなたに救われたと思ってます。あのとき、街で。助けてくれたの、あなたですから」
その声は、真っ直ぐで、柔らかかった。
ユートはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑って言う。
「……そっか。じゃあ、ありがと」
不意に、彼がリリアの頭をポンと撫でた。
「な、なにをっ……」
「いや、感謝の表現? オレ、勇者だし」
「関係ありませんっ……!」
リリアは頬を赤くしながら目をそらした。
◆
その夜。
ユートは、村の広場に腰を下ろし、焚き火を前に空を見ていた。
空には、三つの月が浮かんでいる。異世界らしい光景に、ようやく少しだけ「現実感」が追いついてきた気がする。
「……魔王、か」
遠いどこかで、今この瞬間も何かが進んでいる。
それは、昨日まで“ただの高校生”だった少年が知るには、まだ早すぎる真実。
その時だった。
――黒い霧が、空気を揺らした。
「っ……!」
直後、視界の端に“何か”が現れた。
人の形をしている。だが、明らかに“生き物”ではない。人形のような外皮、虚ろな眼。
異質な気配。戦慄するほどの静けさ。
「……お前、何者だ?」
ユートが立ち上がると、“それ”は口を開いた。
「……勇者、ユート。貴様が力を持つ理由、確かめに来た」
「何、監査? オレ、試験とか苦手なんだけど」
「我は、“ゼクルスの影”……魔王直属の監視者だ」
「ほう、ついに魔王の関係者か。じゃあそろそろ、“話が動く”ってわけね」
ユートは笑った。
そして、右手をそっと構える。
「じゃあ、歓迎の挨拶、しとくか」
次の瞬間、“空間”が裂けた。
黒い霧は一瞬にして吹き飛び、“影”は抵抗もできぬまま消え去った。
ほんの一撃。だがその一撃に、世界の運命を動かすほどの力が込められていた。
◆
翌朝。
ユートはリリアに何も告げず、笑顔でこう言った。
「さーて。そろそろ次、行こうか」
「どこへですか?」
「うーん。行き当たりばったり? でも……魔王ってヤツにも、そろそろ挨拶しなきゃな」
その言葉は冗談のようで、どこか本気だった。
――最強の勇者と、優しいヒロインの旅は、まだ始まったばかり。