「勇者、初任務に駆り出される」
朝日が差し込む宿屋の部屋。
目を覚ましたユートは、天井を眺めながらぼんやりと伸びをした。
「……あ〜、寝すぎた。つーか、ベッド快適すぎ」
異世界に来て以来、初めてまともに眠れた気がする。野宿とは格が違う。
ユートはゆっくりと体を起こすと、隣のベッドを見る。
そこには小さく丸まるようにして眠るリリアの姿があった。
ちゃんと二人部屋がもらえたとはいえ、別にやましいことなど何もない。……たぶん。
ユートはそっと立ち上がり、窓を開けて外の空気を吸い込んだ。
澄んだ空気。活気づいた王都の朝。
騎士団の号令が遠くから聞こえる。
「……さてと。そろそろ、“勇者っぽい”こともしないとな」
◆
朝食後、ユートとリリアは宿屋を出た。
リリアは身だしなみを整え、昨日よりも少し表情が柔らかい。街のざわめきも心なしか穏やかに感じられる。
だが、その穏やかな空気を破るように、数人の兵士がこちらに駆け寄ってきた。
「そこの者たち、止まれ!」
「おっと、なんか来たぞ」
ユートが片眉を上げると、兵士の一人が言った。
「……お前が、昨日の“装甲猪獣”を倒したという勇者か」
「いや、寝てたら勝手に倒れてた」
「……王より、通達がある。勇者ユート、今から“初任務”に就いてもらう」
「えぇ……」
◆
半ば強制的に連れてこられたのは、城の一室だった。
昨日放り出されたとは思えないほど、豪華な椅子が用意され、ユートは半分寝かけながら座っていた。
「……で、仕事って?」
「魔物掃討です。王都近郊の村でゴブリンの群れが出たとの報告がありまして」
「ゴブリン? ああ、テンプレ的なやつね」
説明を続けるのは、王国軍の副司令官。銀の鎧を身に纏った女性だった。
その姿には威厳があったが、ユートはまるで興味がなさそうに聞き流していた。
「そもそも、それオレが行く必要ある?」
「勇者だから、です」
「雑な理由だなおい」
「……しかし、民は勇者の力を求めています。あなたがこの国の希望だと、誰もが信じています」
「……信じるのは勝手だけどさ。オレが行くと、ゴブリンじゃなくて森がなくなるかもよ?」
「…………」
「ま、いいけど。報酬次第かな?」
◆
翌朝。
ユートとリリアは、王都から東に半日ほどの距離にある小村「ネルヴィル」へ向かった。
道中、リリアは地図を見ながら説明してくれる。
「ネルヴィル村は、王国の食糧を支える農村なんです。もしゴブリンに荒らされると、大打撃が……」
「へー。でもゴブリンって、普通はちょろいやつでしょ?」
「それが……今回出ているのは“黒革ゴブリン”って言って、普通のよりも知能と耐久力が高くて……」
「強化個体かよ。なにそれ、どこのモンスターパ○ター?」
呆れながらも、ユートは内心で少しだけわくわくしていた。
この世界の“戦い”が、どれほどのものなのか。
魔王とやらの強さを測るためにも、小手調べにはちょうどいい。
◆
ネルヴィル村に到着すると、村長が慌てて飛び出してきた。
「おお、勇者様! 本当に来てくださったとは……!」
「うん、来た来た。だから宿と飯、先にお願い」
「は、はあ……!」
村人たちは明らかに不安げな表情を浮かべていた。
――これが、魔王に怯える世界の“普通”なのだと、ユートは実感する。
◆
そして、夜。
森の中、薪を囲む村人たちの視線が、緊張に染まっていた。
その中心にいるのはユートとリリア。そして、弓兵を中心とした村の自警団。
「……来ます」
リリアが小さくつぶやいた瞬間、森の奥から物音が響いた。
──ガサガサ、ガサッ……
赤い眼を光らせた小さな影が、次々と姿を現す。
その皮膚は黒く、革のような質感。
通常のゴブリンよりもずっと動きが滑らかで、戦術的な布陣を取っている。
「うわ……マジで黒革じゃん。やだなぁ、こういうガチ勢系の雑魚」
「ユートさん、どうしますか?」
「……よし。ちょっとだけ、本気出そっか」
そう言って、ユートは静かに右手を前に出した。
◆
「――因果律書換」
彼の足元から光が走った。
次の瞬間、敵陣の地面が崩れ、ゴブリンたちが一斉に穴に落ちる。
しかも穴は、落ちた瞬間に自動的に封鎖され、完全に封印された。
「……なにあれ」
「なにそれ?」
「え、あれで終わり?」
村人たちがぽかんとする中、ユートは背伸びをしながら言った。
「うん、終わった。あー、肩こった」
その姿は、英雄というよりは、世界を小突いて遊ぶ少年のようだった。