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「決意の巫女 ― 塔を出る日」

神格との戦いから五日。

 蒼塔の周囲には、ようやく“日常”らしきものが戻り始めていた。


 


 かつて霧の断層と呼ばれたこの地は、因果の歪みが消失した今、「塔の平原」と呼ばれ、世界中の賢者たちが視察を行う場所となっていた。


 ユートの名は既に世界各国に伝わっており、“第二の勇者”、あるいは“記録の定義者”として、神格ゼクルスおよび断片神格ルインの両方を退けた唯一の存在として報じられていた。


 


 だが――


 塔の奥深く、かつての記録室に灯る一つの光は、未だ決して消えていなかった。


 


 



 


「……これが、ケイさんの遺した記録」


 リリアは静かに水晶端末を読み込んでいた。


 そこにはゼクルスにまつわる情報だけでなく、“神格生成の根本構造”が記されていた。


 


「記録の巫女が“神格との干渉を受けすぎると”、塔と同化し始める」


 


 ページの端にそう書かれていた。


 


「……つまり、私もこのままだと――“塔に飲み込まれる”のね」


 


 リリアの精霊核は、戦いの中で何度も“塔の因果”と同調した。

 その代償として、彼女自身が“人間”としての在り方を徐々に塔に書き換えられつつある。


 


 記録を守るか、人間として生きるか。


 その選択が、今、目の前にあった。


 


 と、そのとき。


 


「いた。やっぱここだったな」


 


 声がした。


 振り返れば、無造作に記録室へ足を踏み入れるユートの姿。


 


「ユートさん……入るならノックくらい……」


「いや、記録室に鍵なかったじゃん。あとノックは塔が全部吸収して響かない仕様だったろ?」


「……うぐ、たしかにそうですけど」


 


 ユートはリリアの隣に座り込み、彼女の膝の上の記録水晶をちらと覗いた。


 


「見たのか、ケイの遺言。おれも一通り、頭に入れたよ」


「……知ってしまいました。“私がこのまま記録の巫女であり続ければ、人間としての時間はもう少しで終わる”って」


 


 塔の光が彼女の指先を照らす。

 まるで、そこが既に“人ではない領域”に染まりかけている証のように。


 


「怖いです。ここにいると、安心する。でも、それ以上に――消えてしまいそうで」


 


 リリアは、そっと俯いた。


 そしてその肩に、ユートは自分の上着を無造作にかけた。


 


「だったら、来いよ」


「え?」


「塔はもう“お前じゃなくても機能するようにした”。ケイが遺した再定義式、全部組み込んだから。

 お前がいなくても、“記録の守り”は続けられる。だから――来い」


「でも……私は」


「お前はリリアだろ。“記録の巫女”なんかよりも、俺の隣にいる“ひとりの女の子”として――一緒に旅してくれよ」


 


 その言葉は、静かで。

 だけど、どんな演算よりも確かな“意志”に満ちていた。


 


 リリアの目が潤む。


 塔が、呼び止めるように低く唸った。


 だが彼女はその声に背を向け、ユートの手を取った。


 


「……はい。私も、ユートさんの隣にいたいです」


 


 それは、“巫女”から“ひとりの人間”への決意だった。


 


 



 


 その翌日。


 王都から使節団が到着し、蒼塔を“国際管理下”に置く旨が正式に宣言された。


 ユートは一切関与を拒否し、リリアとカイルを伴って――塔を出た。


 


 三人の放浪が、再び始まる。


 


 今度は“魔王”でも“神”でもない。

 ただ、自分たちが選び取る“今”のために。

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