「因果断絶戦 ― 神なき神の、落下」
蒼塔の上空が、断ち割られた。
重力すら拒絶するような空間の裂け目から、黒く歪んだ存在が、ゆっくりと降りてくる。
それは、“翼のない神”だった。
だが、神というにはあまりに不完全で、醜く、不安定で――
まるで、世界そのものが“拒絶しきれなかった情報の塊”。
《断片神格:ルイン・カタストロフ》
“ゼクルスが敗北する未来”を想定し、なお発生しうる“自己再定義の残響”。
黒神核の残滓が引き寄せたこの存在は、もはや意志ではなく“概念”そのものだった。
それは命名される前から、破壊を定義されていた。
「……来たか。これが、おれの――最後の置き土産だ」
篠原ケイが、黒核を見つめながらつぶやく。
隣に立つユートは、既に戦闘演算を展開しながら口を開いた。
「あれは……お前が消したはずの“神格”の、別の可能性?」
「否定された因果は、完全には消えない。“他の未来”として、どこかで揺らぎ続ける」
「つまり――あれは、“消し損ねた未来”そのものってわけか」
塔を囲む空間が、ゆっくりと塗り潰されていく。
草の色が灰へと変わり、風が止まり、時間すら曖昧になる。
存在の“揺らぎ”が拡大していく。
その中心から、ルインが声を発した。
「神は失われた。されど、神格は残った。されば、我は何を以て世界に意味を問う……?」
「定義せよ、勇者。意義せよ、巫女。破壊か、赦しか」
「問答なんざいらねぇ。……あんたが存在するだけで、世界が死ぬんだ」
ユートが叫び、演算展開を最大値に上げる。
「いくぞ、ケイ!」
「ああ!」
二人の“現代日本人”が、世界の神格へと踏み込んだ。
◇
――第一波、“因果遮断圧”。
ルインが身を震わせた瞬間、塔の周囲十キロ圏の“原因”と“結果”が切断された。
剣を振れば当たる、魔力を撃てば燃える――そんな“当たり前”が消える。
世界のルールそのものが壊れる空間。
「ならば、ルールごと塗り替える!」
ユートが《原初記述式・再演算》を起動。
“攻撃が届くために必要な条件”そのものを演算で補填し、世界の穴を縫い直す。
ケイはそれに連動し、自身の魔力を最小単位まで分解。
“神格の波長”にあわせて再構築し、ルインの内部に侵入する――
「《神格遮断槍・破封式》!」
漆黒の剣が、ルインの胸を貫く。
同時に、ユートがその中心に“意味”を定義する。
「お前は、終わった神の遺物だ。今ここで、“無”になることで世界は均衡を保つ!」
演算が完了した瞬間、ルインの身体が一度崩れかける。
が――
逆に、世界が悲鳴を上げた。
塔の結界がひび割れ、リリアが地面に手をついてその崩壊を必死に抑える。
「まだ……足りません……因果の根が残ってる……!」
「クソッ、なら――奥の手を使うしかねぇ!」
ユートの背から、リリアの精霊核が再び転送される。
それは、ケイの残した“神格の上位情報”と結合し――
塔そのものが、ひとつの“神格演算装置”として覚醒した。
「これが、俺たち三人で叩き込む最後の定義だッ!」
ユート・ケイ・リリア。
三人の“定義者”が、同時に詠唱する。
「――《世界再定義式・三柱連結》!」
空間そのものが停止した。
数秒の静止。
その間に、因果の断層が逆流し、ルインの存在根幹が切り離される。
「これが……人の意志か……神の不在を乗り越えた……記録の連鎖……」
「ならば、我は……“何者にもなれなかった者”として……ここに還ろう……」
そして、崩壊する。
黒き神格は、静かに灰へと変わり、大地へと還った。
悲鳴はなかった。
ただ、世界に“静けさ”が戻った。
◇
戦いが終わった。
風が再び吹き、草が揺れた。
ケイは、その場に膝をついた。
身体が、もう限界だった。
「……なあ、東雲」
「ん?」
「おれが、この世界で一番やりたかったこと……」
「……?」
ケイは、笑った。
「“後輩に、ちゃんとバトンを渡すこと”だったんだ。……やっとできたよ」
その言葉と共に、彼の身体は光の粒になって消えていった。
人ではなく、神でもなく。
ただ、“ケイ”という一人の存在として。
その光の最後に、ユートは小さく呟いた。
「任されたよ。篠原先輩」