「蒼塔決戦、後編 ― 世界の理に抗う者たち」
砕け散る塔の壁面。
その残骸すら因果から切り離されて、音を持たずに虚空へと消えていく。
ゼクルスの一撃は、もはや“物理”でも“魔法”でもなかった。
それは、存在の定義を塗り替える、“概念の暴力”だった。
ユートたちは崩壊する塔の最上階で、ついに真の魔王と対峙していた。
虚空を背景に浮かぶ黒き巨影。
人の姿を模しながらも、その輪郭は常に歪んでいた。
目を合わせるだけで、自分という存在が“定義し直される”錯覚に陥る。
「お前……本当に、こっちの言葉を理解してるのか?」
ユートが問いかける。
だが、ゼクルスの答えは無機質だった。
「言語は不要。我は万象の“再定義”を目指すもの。巫女の因子、勇者の演算、それらすら“素材”だ」
「素材だぁ? 冗談じゃねえよ」
カイルが剣を抜く。
だが、彼の刃がゼクルスに届くことはなかった。
一歩踏み出しただけで、ゼクルスの周囲空間が“未来演算”によって先読みされ、
「その攻撃は当たらない」という結果だけが確定される。
重い沈黙。
それでも、ユートは笑った。
「じゃあ、やってみるか。“未来”に逆らってみるってのをよ」
彼の両手が蒼白く輝く。
背後にある蒼塔の演算陣と、自らの特異スキル《定義干渉》が完全に同期する。
「――演算展開。仮想式投入。強制因果分岐ッ!」
ゼクルスの未来予測に“ノイズ”が走る。
「……貴様、“観測できない未来”を生成したか」
「そっちが“未来を上書き”するなら、こっちは“未定義の未来”をぶつける。それが俺の流儀だ」
その瞬間、ユートの一撃が――時間の間隙を縫って、ゼクルスの右肩を削った。
断面からは血ではなく、“因果構造そのもの”が漏れ出すように揺らめいている。
ゼクルスの視線が、ユートに向けて初めて鋭さを持った。
「……貴様、“神”に手を伸ばすつもりか」
「そんな大それたもんじゃねえ。――仲間の未来、守りてぇだけだよ」
そのとき、塔の内部で再び光が奔った。
リリアの祈りが、記録の根幹へと届いたのだ。
「――私が“記録の巫女”であるなら、この世界の真実を、あなたには渡さない!」
彼女の両手から放たれた精霊光が、塔全体に巡り、再び結界を張り直す。
塔そのものが、“リリアの意志”によって再定義された。
「この空間では、あなたの再定義は通用しません」
「因果遮断領域か……だが、それだけでは足りぬ」
ゼクルスが左手を上げる。
虚空から出現する、魔因果制御核《プロト=エクスクレア》。
それは、世界に存在する全ての“可能性”を並列解析し、最も効率的な未来を選択する兵器。
その構造体が起動すると同時に、ユートの特異演算に狂いが生じ始める。
「っ、チートすぎんだろ、これ……!」
「ならば――こちらも、賭けます!」
リリアが、自らの精霊核をユートに転送する。
その光が、ユートの胸に収束し、“人の限界”を超える。
「おいおい、こんなの――ぶっ壊れるだろ、普通の体じゃ!」
「でも、あなたは“普通”じゃありません!」
ユートの背に、“光と闇の双翼”が形成された。
光はリリアの祈り。
闇は、ユートの記録に刻まれた“もう一人の可能性”。
塔が再び唸り、演算構造が塗り替えられていく。
ユートが両手を掲げると、そこに現れるは――この世界を構成する四つの原初スクリプト。
・時間
・因果
・存在
・定義
「《原初記述式:オーバースクリプト・カルテット》」
ゼクルスが初めて後退する。
「……貴様、それは……神々が禁じた、“最終演算”」
「オレは勇者だぜ? チートしてナンボだろ?」
空間が破裂した。
ユートの拳が、因果の鎧を穿ち、ゼクルスの核心に直撃する。
蒼い衝撃波が空を裂き、塔を超え、雲の上まで光が貫いた。
そして――
ゼクルスの姿が、霧のように溶けていく。
「まだだ……まだ終わらぬ……我はこの世界の“再構成”そのもの……」
「帰れ。“今”は、渡さねぇよ」
ユートの言葉とともに、ゼクルスは次元の歪みに飲まれて消えた。
その瞬間、崩れかけていた蒼塔が静かに修復を始める。
リリアはその場に膝をつき、カイルも地面に座り込む。
誰もが、命を削った戦いだった。
だが――終わった。
一度目の、“神に等しき存在”との戦いが。




