「蒼塔決戦、前編 ― 魔王ゼクルス襲来」
轟音とともに、空が裂けた。
霧の断層の上空――次元を割って現れたのは、巨大な“黒き楔”のような戦艦。
魔王ゼクルスの本陣、異界転移戦艦。
蒼塔に張られた多層結界が音を立てて崩れ、その裂け目から無数の魔族兵が侵入してくる。
先頭に立つのは、“闇の記録者”ダナトス。
その傍らには、仮面を外した漆黒の騎士団――“魔王親衛十三将”が並ぶ。
「やれやれ……準備が整った途端、正面突破とは。流石は魔王様、御自らご来臨とはね」
ダナトスは涼しい顔で塔の外壁に魔力を打ち込みながら、微笑む。
「勇者ユート。巫女リリア。……君たちに“最終警告”を与えに来た」
ユートは、蒼塔の最上層からその光景を見下ろしていた。
肩にはリリアが立ち、後ろにはカイルが剣を構える。
「お前ら、どこまで“記録”を壊せば気が済むんだよ」
「壊す? 違うさ。“書き換える”んだ。君がやっていることと、どこが違う?」
「オレは奪ってねえ。守ってるだけだ」
リリアが一歩前へ出る。
「この塔は、“過去を記録する場所”です。……未来を歪めるために使っていい場所じゃない」
「過去に縛られた者の言葉だ」
その声と共に、空が再び軋んだ。
そして現れる、“本物の魔王”ゼクルス。
人型をしたその巨体は、現実と非現実の中間に存在していた。
黒き外套の内側には、空間そのものが渦巻いており、その目は――全ての“可能性”を映していた。
「巫女よ。勇者よ。世界の記録を返せ」
「我はこの世界を一度終わらせる。そして、最初から“魔の名”で記述し直す」
「そのために、お前たちが邪魔だ」
「じゃあ……やるしかないってことか」
ユートは静かに目を閉じた。
その背に、塔の光が集まっていく。
次の瞬間、ゼクルスの背後に浮かぶ虚空が、ひとつの“形”を取った。
それは――《魔因果制御核》と呼ばれる巨大な装置。
この世界の“過去と未来”を強引に編集する禁忌の魔導兵器。
「来るぞ、ユート!!」
ゼクルスの目が光る。
その視線ひとつで、空間の“歴史”が書き換わる。
塔の空間が反転し、重力が反対方向に引き裂かれ、あらゆる“因果”が崩れ始める――
「リリア、準備はいいか!」
「はい……“精霊核、完全解放!”」
リリアの体から、蒼白い精霊の光がほとばしる。
その光は、世界に散らばる“本来の記録”を呼び戻す。
精霊たちの記憶が、塔へと流れ込んでいく。
「《記憶復元式・原初の詩篇》!」
リリアの詠唱と同時に、塔そのものが“対魔王用の記録防壁”として起動する。
光と闇、記録と改変の、正面衝突。
しかしゼクルスは、その全てを一瞥でねじ伏せる。
「無駄だ。記録など、力には勝てぬ。……だからこそ、記録を消すのだ」
次の瞬間――魔因果制御核が“空間再定義”を開始する。
リリアの詠唱がねじ曲げられ、カイルの剣が本来の角度で届かず、全ての“事実”が混乱する。
「……これが、“神に届く力”か……」
ユートがつぶやいた。
「なら、こっちも――出し惜しみはやめるわ」
ユートの背後に、蒼塔が完全に光を放つ。
彼の手が空中を切ると、そこに無数の“コード列”が現れた。
それは、この世界を構成する基礎――“物理演算式と魔法言語の融合”そのもの。
「《特異現実演算・第七式》」
空間の構造が再構築される。
ゼクルスの因果操作に、ユートが真正面から“書き換え”で対抗する。
空中で交差する、二つの“神に近い力”。
リリアはその中で、静かに祈りを込める。
「私たちの記録は、未来へ繋げるもの。消されていいものなんかじゃない……!」
塔の中心から、“記録の大精霊”が現れた。
その姿は、リリア自身の“可能性”でもあった。
「行きます、ユートさん……この力、全部、預けます!」
リリアの精霊核と、ユートの特異演算が完全に同期する。
その瞬間、ユートの身体が蒼光を纏い、“因果の支配者”に近づいた。
「――《最終定義:世界再整列》」
塔の内部に響く、再定義の詠唱。
ゼクルスの魔因果が崩れ始める。
だが、同時に――ゼクルスの“本体”が動き出した。
「小細工は終わりだ。ならば、“力”で決めよう」
塔の外壁が砕ける。
次回――ついに始まる、“世界の因果”を懸けた最初の決戦。




