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「蒼塔の記憶、囁くもの」

その扉をくぐった瞬間、世界は沈黙した。


 


 最果ての蒼塔――

 それは、この異世界の時空とはわずかに“位相のズレた場所”に存在していた。


 


 視界は、静寂な青。

 天井も壁も、足元までもが淡く発光する蒼色の結晶で構成されている。

 重力の感覚も、音の伝導も、地上とは明らかに異質だった。


 


「……息苦しくはないが、ここは完全に“異空間”だな」


 カイルが周囲を見渡す。

 彼の剣先が壁に触れると、鈍い音とともに空間が小さく波打った。


 


「私、ここを夢で何度も見ていた気がします……」


 リリアが、指先を壁にかざす。

 その瞬間、塔の内壁に“記憶映像”が浮かび上がった。


 


 それは――“まだこの世界に神がいた頃”の光景だった。


 


 ◆


 


 幻影の中に浮かぶのは、神官のような装束をまとった女性。

 その腕に抱かれているのは、まだ幼い赤子。

 背後には、塔の全貌と、祈る者たちの姿。


 


「これは……リリア……?」


「……私?」


 


 映像の中の女性は、こう言った。


「この子には、“精霊核”が宿っている。この世界と他界たかいを繋ぐ、唯一の継承体」

「いつの日か、扉が開かれる時、導く者として目覚めるだろう」


 


 映像が淡く消える。

 リリアは言葉を失い、その場に膝をつく。


「……私、普通のハーフエルフじゃなかった……。私の中に、“鍵”が埋め込まれてたなんて……」


「リリア」


 ユートが静かに彼女の背に手を置く。


「正体がどうだろうと、お前が“リリア”であることには変わりない」


「……でも……」


「でもも何もない。もしこの塔が“お前の記憶を戻す”ってんなら、オレが一緒に全部見る。何があっても、な?」


 


 リリアは、ぎゅっと彼の手を握った。


 それだけで、強さが戻る気がした。


 


 ◆


 


 第一層を抜けた三人は、次なる階層――“情報保存区画”へと踏み込んだ。


 そこには無数の魔導装置や、結晶体に封じられた知識の断片が並ぶ。

 だがその中央に、異様な気配が漂っていた。


「……魔力反応。“外部からの干渉”を感知」


 カイルの分析に、ユートが苦笑する。


「やっぱ来たか。オレらの旅に“静寂な探検”なんて言葉、ないもんな」


 


 床の結晶が砕け、漆黒の影が溢れ出す。


 それは“魔王軍・黒翼戦団”の先遣部隊――かつて魔王直属だった、元・人間の暗黒兵たち。


 


「おやおや、お揃いで。これが“蒼塔”か。面白いねぇ、勇者くんたち」


 先頭に立つのは、片目に仮面をつけた青年――ダナトス。


「お前、こないだ王都近くにいた奴か?」


「紹介が遅れたね。“闇の記録者”ダナトスだ。魔王陛下の命で、ここを封じるために来た。……本来、こんな遺物、目覚めさせちゃいけないんだよ」


「……その仮面、見覚えある。……かつて王国で禁忌研究を行った、“魂刻装具”の技術……」


 カイルが剣を抜く。

 だがダナトスは笑ったままだ。


「こっちの戦力は八人。君たちは三人。数の問題じゃない。情報量と動機の差で、君たちは必ず敗れる」


「へぇ……じゃあ、試してみる?」


 


 ユートが、塔の床を踏みしめた瞬間――塔そのものが彼の魔力に反応し、“結界”を逆起動した。


 


 ダナトスたちの足元から、蒼い紋章が浮かび上がる。


「なっ……情報操作が……こちらの魔力が拒絶されていく……?」


「悪いね。“この塔はオレらの味方”なんだわ」


 


 ユートの瞳が蒼く光る。


「ここで勝てなきゃ、どこで勝つよ?」


 


 ◆


 


 戦闘は開始された。


 空間がゆがみ、音が乱れ、蒼塔の中で“世界の再定義”が行われていく。


 リリアは回復魔法と支援結界を。

 カイルは機動と精密打撃で敵を翻弄し――

 そしてユートは、“因果の書き換え”で、戦場を支配した。


 


 塔の内部とは思えぬ大激戦。


 だが、彼らはそれを制し、ダナトスたちは撤退。


 


 残されたのは、倒れた暗黒兵たちの“記憶断片”。


 そこにはこう記されていた。


『魔王ゼクルスの目的は、ただの世界征服ではない。

 “世界の記憶を書き換える”こと。すべての起源を、魔のものとすることだ』


 


 ユートが小さくつぶやく。


「世界の書き換え……オレの力と、似すぎてるな」


 


 塔の奥には、まだ“封じられた知識”が眠っている。

 だが、それを知る者にとって――この戦いは、単なる冒険ではない。


 


 世界のルールに対する、“異物たちの反逆”だった。

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