「揺らぐ魔力、目覚める声」
旅に出て三日目。
王都を離れ、緩やかな丘陵地帯を越えたユートたちは、湿地帯沿いの小さな集落「ユング村」に立ち寄っていた。
「……このあたりで“蒼塔”の情報を掴むには、まず地元民との接触からだな」
カイルが地図を広げ、古い村長の記録を指さす。
「“霧の断層”って呼ばれる場所がある。魔物の活動が不自然に抑えられてる地帯でな。そこが“塔”の入り口って説もある」
「“霧”ねぇ。ミスト系ボスでも出てきそうな名前……」
「笑いごとじゃないです。湿気の多い場所は、魔力の流れも乱れやすいんですから」
リリアは湿地の空気を感じ取りながら、眉をひそめた。
◆
その夜、集落外れの小屋を借りて休んでいた三人だったが――
リリアの様子が、急におかしくなる。
「はぁ……っ、胸が、熱い……」
「リリア? どうした――おい、魔力が異常に集中してるぞ!」
カイルが即座に駆け寄る。
リリアの体から、淡く蒼白い光が立ちのぼる。
それはまるで、空気中の“精霊因子”を暴走的に引き寄せているようだった。
「ユートさん……これ……何かが、呼んでる……」
彼女の声が震える。苦痛ではない、けれど“目覚め”に近いそれ。
その時、ユートの脳裏に、まるで風のささやきのような“声”が滑り込んだ。
……選ばれしものよ。
門は開かれた。
欠けた世界の記憶を、今こそ返すがいい……
「……今の、聞こえた?」
「え? 何か言いました?」
「……こりゃマジで“塔”に呼ばれてるわ。リリア、お前が鍵なんだな」
「鍵……?」
「うん。魔力の発信源が、完全に“塔”に向かってる」
ユートは、そっとリリアの肩に手を置いた。
「でも無理はすんな。オレが代わりに全部ぶっ壊してくるって選択肢もあるからさ」
「……いいえ。私は、もう逃げません」
その瞳には、これまでと違う意志が宿っていた。
◆
翌朝。
三人は“霧の断層”に向けて出発する。
辺りは昼でも薄暗く、漂う霧が視界を遮る。
「……っ、この辺りだけ重力が違うような……」
カイルが剣を片手に警戒を強める。
「魔力の密度、異常ですね。……ここ、自然じゃない」
「異世界で自然じゃないってもう笑えねぇな」
軽口を叩くユートの前方に、突如、霧が割れ――巨大な“影”が現れる。
高さ三メートルを超える四足獣。
全身が鎧のような鱗に覆われ、無数の眼が光っていた。
「……霧魔獣!」
「来たな、“門番”」
ユートが前に出ようとしたその瞬間――
「私が、やります」
リリアが、彼の前に立った。
「お、おいリリア、無理は――」
「大丈夫です。今なら……分かるんです、この力の流れが」
リリアの体を取り巻く魔力が、静かに輝き始めた。
その光は温かく、だが確かな“侵しがたい強さ”を帯びていた。
「《精霊再誕陣》――発動」
その瞬間、霧が、風に払われるように晴れた。
魔獣の脚部から“消失”が始まり、まるで存在そのものを否定されたように崩れていく。
「なっ……この力……」
カイルが驚愕する。
「因果改変……じゃない。“浄化”だ。これは……神性の……」
「すげー。リリア、ついにチート覚醒?」
「覚醒、って言わないでください!」
笑いながら、ユートが前に出て、残りの断末魔を軽く一蹴で処理する。
そして、霧の向こうに、ようやく“塔”が姿を見せた。
鋼鉄と蒼玉で構築された、不自然なほどに直線的な構造。
空間から浮かび上がるように存在するその建築は、明らかにこの世界の産物ではなかった。
「……これが、“最果ての蒼塔”」
「完全に文明違うな。現代と未来の融合、って感じ?」
「魔族の建築でもない。これは……もっと古い、“創造の時代”のものだ」
扉の前で、リリアがふと立ち止まる。
「……この塔、知ってます。夢で、何度も見たことがあるんです」
「記憶の断片か?」
「わかりません。でも……ここに、何かがある。私の“失われた意味”が」
塔の扉が、何の合図もなく、音もなく開いた。
そこから吹いた風は、懐かしく、そして遠い。
「行こう。次は、“世界の裏側”だ」
ユートは笑いながら、リリアの手を取った。