「最強勇者、王都を去る」
王都ファルメリア、東門の前。
朝靄が街を包み、石畳には露が光っていた。
ユートは、門の前に立ち、背後を振り返る。
整備された街並み。屋根の赤い家々。無数の人々の声。……それらは、ほんの数日前まで自分にとって“異世界の舞台装置”でしかなかった。
だが今、確かにここで――関わりが生まれている。
「おーい、ユート。荷物、こっちに積んでるぞ」
「へいへい。俺の仕事それじゃない気がするけど、まあいいや」
カイルが荷車の上で手を振っていた。
新しい旅路に向け、食糧と装備を積み込んだ荷台。荷馬車ではなく、簡易の魔導滑車によるものだ。
騎士団出身の彼の人脈で、王都の補給線から最低限の支援を受けられるようになったのは大きい。
「リリアは?」
「食料の買い出しに。あと、ハーブとか応急薬も追加で欲しいってさ」
「……やっぱ、頼りになるわ」
「だろ。お前、旅中に“あー、薬忘れたー”とか言いそうだしな」
「言ったことある気がする」
冗談を交わす二人の姿は、まるで長年連れ添った相棒のようだった。
◆
やがて、リリアが戻ってくる。
白いフードのついた旅装に身を包み、背負い袋を肩に担いでいた。
「お待たせしました」
「うん、リリアっぽい。冒険者感すごい」
「そういうユートさんは……」
「じゃーん。ローブ一枚! 旅の軽装、略して軽率!」
「それ略す意味ありません……」
肩をすくめながらも、リリアは小さく笑った。
「……本当に、行くんですね。王都を」
「うん。呼ばれてない場所に行くのが旅ってやつでしょ?」
「“勇者の使命”は……?」
「それは“旅の途中”で考える。今のところ、魔王もオレに会いたがってる感じだし?」
「……やっぱり、あなたってよく分かりません」
その時だった。門の内側から数人の兵士が現れ、一人の青年を伴って現れた。
「……あれは……」
「……篠原ケイ、か」
整った軍服姿の青年――“もう一人の勇者”が、静かに歩み寄ってくる。
「ユート」
「よう、もう一人のオレ」
「勝手に出ていくつもりだったか?」
「うーん、言っても止めるじゃん。王様とか、あの宰相とかさ。だから、事後報告ってことで」
「……本当に君は、自由だな」
しばらく、二人は視線を交わしていた。
同じ“異世界転移者”。同じ“勇者”。だが、あまりにも違う思考、価値観。
「俺は、王国のために動くつもりだ。王の意志も、国民の願いも、信じてる」
「オレは、“リリアとカイルと自分”の判断で動く。あんま多く背負うと潰れんぞ?」
「……君が軽く見せてるだけで、本当は全部わかってるのも知ってる。だからこそ、怖いんだ」
ケイは、ユートの手に小さな紙束を手渡す。
「これは、東方地域の地図と、最近の魔王軍の出現記録だ。非公式の情報も含まれてる。……君が動けば、世界が動く。せめて、無駄に血が流れないように」
「……へぇ、ありがと。ちゃんと使うわ」
「――どうか、無事で」
握手の代わりに、軽く拳を合わせて別れる。
それは、互いの違いを認めた上での、初めての共闘の芽だった。
◆
東門が開く。
旅人の列に混じって、三人と一台の滑車がゆっくりと外へ出ていく。
「……いよいよ本番、だな」
「ええ。魔王領の影も濃くなっていくでしょう」
「ユート、次の目的地は?」
空を見上げて、ユートは答える。
「“最果ての蒼塔”って場所。……魔王軍が一度消滅したっていう、世界の“綻び”」
「なにそれ、聞いたことない……」
「地図にない場所。だから行く。面白そうだし、何かがある気がする」
風が吹いた。
この世界を救うのか、壊すのか、それともただ傍観するのか。
誰も知らないまま、ただ旅が、始まった。