表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

「ようこそ異世界。されど歓迎なし。」

目を開けた瞬間、そこは――教室ではなかった。


 灰色の石造りの天井。鼻をかすめる香の煙。巨大なステンドグラスから差し込む光が、祭壇らしき場所に集中している。視界の端には、荘厳なローブを纏った神官らしき老人と、緊張に満ちた武人たち。そして──王冠を被った壮年の男が玉座に座っていた。


「……おぉ。我が言葉が通じておるか? 勇者殿よ」


 静寂を破って、王が重厚な声を響かせる。


「……ん? あれ? てか、ここどこ? あれ、オレ今、授業中……え、寝てた? って、いや、いやいやいやいやいや、なんでみんなコスプレしてんの? 演劇部? って、違うか、ここどこ!?」


 神殿に響き渡るユウトのツッコミに、その場の空気が一瞬だけ凍った。


「勇者よ。驚かれるのも無理はない。我々は貴殿を『世界の救い手』として、遥か異世界よりお呼びしたのだ」


「いやいや、マジで呼び方ラフすぎない!? 召喚するときってさ、もっとこう……“契約の刻印が刻まれし者よ”とか、“汝の魂を捧げよ”とかあるでしょ!? オレ、机に突っ伏してたら転移したぞ!?」


「儀式は……神官長が略しました」


「オイ神官、サボんな!」


 王の背後で縮こまる神官長。その光景に、王も側近も苦笑を堪えるのに必死だった。


 


 ◆


 


 結局、ひと通り説明を受けた。

 この国は「ファルメリア王国」。世界は「魔王ゼクルス」によって滅亡の危機に瀕しており、王家に伝わる古の儀式により「異世界の勇者」が召喚された……というわけらしい。


「ま、ここまではテンプレだな。あるあるあるある」


「勇者殿。貴殿には魔王討伐の任を。準備が整い次第、旅立っていただきます」


「おう。じゃあまず、宿な。飯つきで」


「……予算が、足りませんので……」


「は?」


「支給できるのは、こちらの“冒険者の基礎知識”冊子と、旅路の地図、あとパン一個です」


「雑う!! なんで勇者が自腹で泊まるんだよ!? パンって! 中学生の購買か!?」


 もはや誰もツッコめなかった。


 


 ◆


 


 こうしてユウトは、勇者として異世界に召喚されてわずか一時間足らずで、王宮から放り出された。

 所持金ゼロ。装備ゼロ。宿無し、食事もパン一個。唯一の武器は、地図と冊子と、謎のテンション。


「……あ〜、はいはい。異世界、舐めてんな? こっちのほうが舐めプだけど?」


 とりあえず、街へ向かって歩く。衛兵も誰一人として見送らない。


「魔王討伐ってさ……この国、どんだけ人材難なん?」


 


 ◆


 


 王都「リュクス」は、城下町にしては賑やかだった。石畳の道の両脇に並ぶ商店、喧噪と笑い声、香ばしいパンの香り。だが、歩いて数分でユウトは不穏な声を耳にする。


「こら! この娘、俺の財布を盗んだぞ!」


「ち、違いますっ……! 私は……!」


 人混みの中で、髪を引きずられ、地面に叩きつけられている少女がいた。


 ユウトは、足を止めた。


「……おいおい、なんだよ……」


 あまりにテンプレな展開に、逆に困惑する。


「……いや、スルーしてもよくない? でも……」


 少女の顔を見た瞬間、何かが引っかかった。


 美しい銀髪。涙を浮かべる瞳。見れば、耳がわずかに尖っている。――ハーフエルフか。


「……やれやれ。……もうパン、半分しか残ってないってのに」


 ユウトは、拾った小石を手に取る。


 そして──投げた。


 軽く、適当に。


 それが見事に暴れていた商人の額にヒットした。


「いだぁぁぁっ!? な、なにを……!」


 ユウトは、ため息混じりに言った。


「いや、なんとなく? てか、お前、顔がムカついたわ」


 少女と商人の周囲にいた人々が、ぽかんと口を開けた。


 


 ◆


 


「……ありがとうございました」


 そう言って頭を下げたのは、先ほどの少女だった。

 名は、リリア。事情を聞けば、財布を拾ったのは彼女だが、すぐに返そうとした矢先に濡れ衣を着せられたらしい。


「……ふーん。まあ、あるあるだな」


「勇者様なんですよね……?」


「うん、たぶん。今のところ勇者らしいことゼロだけどね」


「でも……助けてくれたのは、本当です」


 そのまま、彼女は少し俯いてから言った。


「お願いです。一緒に、行かせてください」


「え、宿ないからオレも野宿だよ?」


「私も……ありません」


「……はは、類は友を呼ぶってやつか。いいよ、行こうぜ。まずは、寝床探しからだな」


 


 ◆


 


 こうして、世界を救うはずの勇者と、居場所を失った少女の旅が始まった。


 


魔王討伐? あー、それは明日考えるわ。

世界を救う勇者様の、最初の一歩は、どうやら寝床の確保かららしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ