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七月の夜に 満ちて

〝僕はただ、願ってた。〟


坊主頭を自分で軽く撫でて鏡の前で産毛のような髭を触る武彦たけひこは身なりが気になる中学二年生の男子だ。

武彦はため息混じりで赤ペンを持ちカレンダーに印をつける。

武彦は毎年、七月十三日から十六までの四日間を祖父の家で過ごす。五年前の土砂崩れで武彦の家族は家ごと土砂に埋まり、父親と母親、生まれたばかりの弟が犠牲になった。

レスキュー隊が父親と父親に抱きしめられた弟を土砂の中から出した時、武彦は大声で「お父さん!」と叫んだことを覚えている。

雨が降り続き救出活動は一時中断され、母親がどうか生きててくれている事だけを武彦は祈り続けたが救出活動は難航し、数日後そのまま母親の安否確認が取れないまま、捜索は中止されたのであった。

武彦は一人電車に乗り、窓の向こうの山を睨みつけた。

先祖の墓の前で手を合わす武彦に祖父は、一言「もう行こう」と呟くと墓を後にする。

武彦は手を合わせながら父親に話かけた

「母さんが見つかりますように。」

真剣に何度も祈り、目を開けると

「こんにちわ」と声をかけられた。

声をかけてきたのは自分と同じ年頃の少女であった。

突然声をかけられた武彦は少し無愛想に頭を下げた。

「私の家のお墓と隣なんですね」

「そうなんですか…はい…」

「そんなに真剣に祈ってくれたらご先祖様も喜びますね」

「先祖じゃなくて、父と弟です」

少しむくれた顔で武彦はその場を後にした。

土砂崩れがあった山は祖父の家から、数メートル離れた場所であった。

今は綺麗にされた土の壁に手を当て武彦は周辺を歩き回る。

「母さん…」

〝何か一つでいい、母の服でも骨でもいい、何か何か見つかってくれ。〟

その思いが武彦の心に棲みつく。

しばらく歩き回っていると、武彦は誰かに背中を叩かれた。

「なに、してるの?」

「わっ!」

さっき墓の前で話しかけてきた少女であった。

「ここ立ち入り禁止だよ?」

「自分だって…」

「私は、君が見えたから…」

「危ないから帰れよ…」

武彦は少女から目を逸らす

「探し物?一緒に探そうか?」

「いいから帰れよ!」

武彦は大きな声を出した自分に少し嫌気がした。

「ねぇ、七夕の短冊に何て書いた?」

「七夕?」

少女は突拍子もない質問をした。

「七夕なら、ついこの間終わっただろ」

「えっ?まだだよ?」

武彦は眉間にシワをよせながら少女を見る

「いや、もう7月13日…終わってる」

「違うよ、北海道では8月7日が七夕なんだよ」

「でもここは、北海道じゃないだろ」

「そっか…私、沙織さおり北海道から来たの。友達とか全然いなくて、あのよかったら友達になろうよ。」

黒い瞳で純粋な笑顔で武彦を見る。

「俺は、ここが嫌い。四日後には帰るから」

気恥ずかしそうにしながら素っ気なくその場を立ち去る武彦

「名前、名前何て言うの?」

沙織の言葉を無視しながら歩くも、武彦の背中目掛けて、沙織は何度も名前を聞いてくる。

根負けした武彦が投げやりに自分の名前を叫んだ

「た・け・ひ・こ」

「いい名前だね!」

武彦は少し微笑むと、すぐにムスッとした顔で歩き出した。


= 7月14日 =


空は今にも泣き出しそうな雨雲で覆われていた。武彦は墓の前で手を合わせ、父親に祈った

「今日こそは、母さんを」

「武ちゃん」

その声に一瞬、母に名前を呼ばれたような気がして驚いて振り向くと沙織がカッパ姿で立っていた。

「お前か…帰れよ」

「自分とこのお墓参りに来たっていいでしょう」

沙織は、ほっぺを膨らませた。

武彦はため息を吐くと逃げるように足早に歩き出した、しばらくすると足音が後ろから聞こえてくる、すぐに沙織だと気がつた

「ついて来んなよ」

「…だって今日は雨も降りそうで一人じゃ危ないと思って」

「ウザいから」

「今日も行くんでしょ、あそこに」

「お前さ、学校行けよ、だからいつまで経っても一人なんじゃないの」

沙織は少し悲しい顔をした

「武彦だって一人じゃん、去年も、その前の年も一人だった」

「…気持ち悪、ずっと知ってて笑ってたんだ」

「違う、そうじゃなくて」

「俺の、母さんはこの土の中で今も一人でいるんだ!五年前の土砂崩れで、母さんは死んだ」

武彦が感情的に大声を出すと、空からポツリポツリと雨が降ってきた。

「最悪だ…」

「ねぇ、いつより上の方を探そうよ」

沙織は武彦の手を取り走り出した。武彦は胸の鼓動が早くなるのを感じながら沙織に手を引かれるままいつもよりも少し高い場所まで斜面を登った所で雷が鳴り、沙織は両耳を塞ぎ武彦の胸に飛び込んだ

僅かに見つめ合う二人に優しく雨が互いの頬を濡らした

「今日はもう帰ろう」

武彦は沙織の手を握って離さなかった。


= 7月 14日 =

武彦は墓の父親に手を合わせる

「武ちゃん!これ書こう、七夕!」

沙織は短冊を武彦の目の前に差し出した。

武彦は短冊とペンを雑に取ると、〝沙織が俺を放ってくれて雷が怖くなくなりますように〟と殴り書きした。

「私は早く、武彦のお母さんが見つかりますようにって書いた!」

二人は昨日と同じ場所まで行くと大きな木の枝に短冊をくくりつけた。


= 7月15日 =


武彦が墓に手を合わせると、決まって沙織がやってくる

「ほら、行くぞ、どうせついて来るんだろ」

二人がいつもの場所に行くと、短冊は風で飛ばされてなくなていた

「きっと神様が取りに来たんだよ」

沙織が悲しそうな顔で呟いた

「神様なんていないさ」

武彦は沙織を見つめていた。

初夏の日差しが二人を照らす


= 7月16日 =


武彦は墓に手を合わせながら沙織を待っている自分がいた

「今日、帰っちゃうんだね」

「うん」

二人は会話もせずにいつもと同じ場所を歩き回る

「私たちってさ、一年に少しだけ会える彦星と織姫みたいだね、ほら名前も似てるし」

「俺は、毎日会いたいけど」

「えっ…」

山の風が二人の背中を押して、幼い二人は唇を重ねた

「武ちゃん帰るの今日の昼じゃなくて夕方にできないかな?」

沙織は涙を流していた

「何で?」

「会わせたい人がいるの」

武彦は夕暮れ時に墓の前に来ると、自分の母親が墓の前で手を合わせているのが目に入り涙がサラサラと流れ出す

「母さん…」

沙織が武彦の背中をさする

「母さん、生きてたんだ…死んでいたのは俺だった…」

母親の姿を見て全てを思い出した武彦。

最初に息を引き取った武彦だけが母親の無事を知らぬままだったのだ。

武彦の父と弟はもう天界にいるのはわかっていた。

武彦の祖父が現れ「もう行こう」と呟くと武彦は静かに頷いた。

「君はどうする?」

武彦の祖父が沙織に問いかける

「私はまだ行けないんです」

「今日を逃せば君は、また一人一年ここを彷徨う事になるよ」

「私は自分がいつ死んだのかを思い出せるその日まで私はここにいたいのです。」

武彦の祖父が静かに頷いた。


武彦の母は毎年月が照らす夜に墓へ来ていた。そして送り火を焚いていた。

武彦は事故の発生時刻に黄泉の国に帰っていた為、母の姿を見る事ができなかったのだ。

隣の墓で眠る沙織は全てを知っていた。

「沙織、ありがとう」

武彦が沙織の手を握ると、雷が鳴り沙織はハッとする

「私は七夕の夜に落雷に打たれて死んだ」

全てを思い出した沙織

「短冊の願いが叶ったのは、私の事を願ってくれたから…武ちゃんのおかげだね」


満月に照らせれて、二人の魂は遠い隣同士で眠ってる。





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